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ジョー・バイデン。81歳。先に米国の大統領選挙のレースから退く決断をした。どうして、こんな話を。この第46代のプレジデントは「ラグビー者」であるからだ。ここについては後述したい。
4年前。演説会場の聴衆の前に小走りで現れた。年配者なのに身のこなしが美しい。たまたまニュース映像で目にして直感が働いた。「この人は運動部できっとレギュラーだった」。さっそくパソコンのふたを開いて調べる。的中。若き日のジョー・バイデンは上々のアスリートだった。
デラウェア州のアーチミア・アカデミー高校でフットボール、すなわちアメリカン・フットボール部のワイドレシーバーを務めた。1960年のシーズンには好調のチームで10度のタッチダウンに成功している。当時の監督、ジョン・ウォルシュは「彼(バイデン)はわが16年の指導歴における最優秀のレシーバーのひとり」(ニューヨーク・タイムズ)と認めた。元クォーターバックのビル・ピーターマンの証言。「わたしはタッチダウンにつながるパスをジョーに20回投げた。そのうちの19回を彼はつかんだ」(ESPN)。上手だったのだ。
いくらか時を進めて、1974年11月23日のアイルランド・ダブリン。かのランズダウン・ロード競技場のどこかに新進の政治家、バイデンの姿はあった。こちらは同じ楕円のフットボールでもそのボールがひとまわり太い競技のスタジアムである。
ラグビーのアイルランドはオールブラックスと対戦、6ー15で敗れた。「雨。グラウンドはヘビー」と記録に残る午後、のちの超大国の大統領も「35000」の観衆のひとりに過ぎなかった。
2016年7月。ジョー・バイデンは当時のオバマ政権の副大統領の立場でニュージーランドを訪れる。現地でオールブラックスのジェローム・カイノらと面会している。そこで一言。
「わたしがこの地を訪問した本当の理由はこれです」
ホワイトハウスのアーカイブにレコードは保存されていた。トヨタ自動車にも在籍したカイノが言った。「あなたはフルバックであったと聞いています」。73歳のバイデンは「そのとおり」と答え、こう述べた。
「弟もラグビーの選手でした。私が若い議員で、議会が閉会中のある日、彼が『オールブラックスがアイルランドで4戦する』と言ったのです。私たちはすぐ荷物をまとめて追いかけることにしました」
「議会閉会中」をヒントに資料にあたると、前述のテストマッチにたどり着いた。バイデン家のルーツはアイルランド島の西部にあった。何十年もあとになって、アイルランド代表キャップ95のFB、いま38歳のロブ・カーニーとの血縁関係も明らかになる。
副大統領ジョーはジョークをまじえて明かした。
「400年前、法科大学院のころに1年間だけラグビーをプレーしました」
経歴を確かめたら1965年にシラキュースの法科大学院に進んでいる。在籍は3年。ちゃんと調査したジャーナリストがいた。
米国の『The Rugby Network』に「そうだと言ってよ、ジョー(ラグビー選手だったと認めてよ、の意味だろうか)」という記事を寄せたマーティン・ペンゲリィ記者は書いた。「シラキュース大学ラグビー部のウェブサイトに『バイデン』に関する記述は発見できない」。なにしろ創部が1969年なのだ。しかし同窓生からのメールで謎は解ける。
「ラグビー部が公式に創設される以前、いくつかのチームが存在し、試合を行っていたという事実が存在します。したがってジョー・バイデンが法科大学院在学中にラグビーをプレーする機会はありました」
アメリカン・フットボールをよく行ない、ラグビー・フットボールはかじった、というあたりだろうか。いずれにせよ本コラムの立場では「こちら側」にわずかであれ籍はあった。50年前のあの日、雨のダブリンでテストマッチを見つめ、伝説のロック、ウィリー・ジョン・マクブライド主将の率いる胸にシャムロックの15人に声援を送ったのは確かだ。
そういえば、第43代大統領のジョージW・ブッシュはイェール大学ラグビー部のWTBであった。7年前にコラムの話題に取り上げようと、あれこれ部員時代の逸話をさぐった。好きなのは、チームの同僚であった医師、モンティー・ダウンズの述懐。
「試合の流れを変えるようなプレーをした記憶はまったくない。ただし彼はいるべき場所にいた。試合後には必ずパーティーが開かれる。ビールを絶え間なく酌み交わし、愉快なソングを歌い続ける。めったやたらと彼がフレンドリーだったことを思い出しますね」(ハワイアン・アドバタイザー紙)
米国の大統領は究極の権力者である。核のボタンを押すかもしれないのだ。ラグビーをしていたから、ラグビーが大好きだから、それをもって信じるに足ると考えるのは危険だ。ただ、同じその人であるのなら、タックルやスクラムの痛さを知らないより知っているほうがよいだろう。
落語家の立川志の春はイェール大学ラグビー部の出身である。本名は小島一哲。1990年代後半、スタンドオフとして打倒ハーバードに若き血をたぎらせた。千葉の渋谷教育学園幕張高校では空手部、卒業後の米留学を志すと、ちょうど再放送で例の「スクール☆ウォーズ」が始まっており、心をもっていかれた。かくして異国で入部を果たす。
11年前に本人が話した。「最終学年はニューイングランド地区の大学2部リーグで優勝しました」。ただし宿敵ハーバードが「なんらかの不祥事を起こして」伝統の定期戦は中止となった。いまも「勝てた」の無念は消えない。
こちらの場合は、それをもって、すなわちラグビーに励んだから全面支持に回ってもかまわない。どうか、ごひいきを。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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