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ノーサイド直後、リーチ マイケルは喜び方を忘れたような表情をしていた。「どうしてだろうね。勝った瞬間、堀江さんが最後の試合だということもあって、さびしさ半分、喜び半分というか」。おそらく、理由はそれだけではない。15歳で来日し、札幌山の手高校、東海大学、東芝ブレイブルーパス東京(BL東京)で20年以上戦ってきて初めての日本一だった。チームとしては14シーズンぶりの国内リーグ優勝だ。それなのに喜びは爆発せず、埼玉パナソニックワイルドナイツ(埼玉WK)の選手たちと握手し、抱き合い、健闘をたたえ合った。その姿にこの試合の価値が凝縮されていた。
2024年5月26日、国立競技場にはリーグワン史上最多の56,486人の大観衆が集った。午後3時5分、BL東京SOリッチー・モウンガのキックオフで激闘は始まった。埼玉WKのWTB竹山晃暉が得意のキックで大きく蹴り返しチャンスを作る。埼玉WKの猛攻が続き、SH小山大輝がインゴールにボールを押さえたかに見えたが、TMO(映像判定)の末、モウンガとリーチが2人がかりのタックルでノックオンを誘っていたことが判明する。それでも埼玉WKはSO松田力也のPGで先制。3点をリードした。
その後も両チームは攻守に激しくぶつかり合った。BL東京のトライチャンスで埼玉WKのFLラクラン・ボーシェーが相手の腕をかかえるタックルでパスミスを誘えば、リーチはFB山沢拓也をゴールライン直前で捕まえてトライを許さない。20分、埼玉WKがSO松田力也のPGで追加点をあげると、27分、BL東京は埼玉WKゴール前のスクラムから右オープンに展開し、WTBジョネ・ナイカブラが3人のタックルを受けながらトライ。モウンガがゴールも決めて、7-6と逆転する。
35分、モウンガがPGを追加し、10-6とすると、37分、ナイカブラが右タッチライン際を快走。あと10mというところで埼玉WKのWTBマリカ・コロインベテに止められたが、これが襟首をつかむ危険なタックルとなり、コロインベテはシンビン(10分間の一時退場)となる。前半の終盤、攻め続けたBL東京だが、埼玉WKの堅守の前にトライは取り切れず。時の経つのを忘れる攻防が続いた。
ジャパンラグビー リーグワン2023-24 D1 プレーオフトーナメント
【決勝ハイライト動画】埼玉ワイルドナイツ vs. 東芝ブレイブルーパス東京
後半、先に手を打ったのは埼玉WKだった。やや圧力を受けていたスクラムのFW第一列を全員交代させたのだ。今季限りで引退を表明しているHO堀江翔太の登場に国立が沸いた。しかし、BL東京のスクラムはその後も安定し、後半5分には攻め込んだラインアウトからの攻撃でナイカブラが右タッチライン際を抜け出してトライ。モウンガが難しいゴールを決め、17-6とリードを広げた。
小山大輝(埼玉ワイルドナイツ)
埼玉WKも食らいつく。後半12分、モウンガのロングキックを切り返して流れをつかむ。松田の防御背後のキックを追った竹山が足にかけ、ゴールライン直前まで迫る。BL東京の松永拓朗が懸命の戻りでこのボールを確保。すかさず埼玉WKのFLベン・ガンターがジャッカルでボールを奪いそのままトライ。ピンチとチャンスは隣りあわせ。幾重にも好プレーが重なる攻防が観客を魅了する。28分にはボーシェーのジャッカルでチャンスを得た埼玉WKが小山のトライで逆転。松田のゴールも決まって、17-20とする。一つのタックル、パス、ラン、反則が勝敗を分ける緊迫感ある激闘に、観客席の胸の鼓動が聞こえてくるようだった。
試合を決めたのは後半34分、BL東京の交代WTB森勇登の逆転トライだった。交代出場のCTB眞野泰地の突破、LOアニセ・サムエラの突進などで13フェーズの連続攻撃から右タッチライン際を松永が抜け出し、ナイカブラ、森とつないでインゴールへ持ち込んだのだ。スコアは、24-20。しかし、このまま試合は終わらない。さらに観る者の胸を熱くしたのはこの後だ。埼玉WKは一人一人が丁寧にボールをつなぎ、16フェーズにも及ぶ連続攻撃から交代出場のWTB長田智希がインゴールに躍り込む。歓喜の埼玉WKサポーター。力を振り絞ってタックルを続けたBL東京の選手たちは膝をつき、天を仰いだ。野武士軍団の王座奪還を誰もが信じた。
しかし、TMOのチェックが入る。TMOはトライに至る3フェーズ前まで確認することができる。埼玉WKが高いスキルでパスをつないだため、最後も長い連続攻撃に見えたが、ラック、モールがなければフェーズにはカウントされない。さかのぼる範囲内で堀江翔太のパスが前に投げるスローフォワードと判定されトライはキャンセル。その後、わずかに時間が残り、埼玉WKに攻撃機会が巡ったが、最後はナイカブラのジャッカルで万事休す。勝者と敗者が紙一重の激闘は幕を閉じた。プレーヤーオブザマッチは、爆発的なスピードで2トライをあげたナイカブラが選ばれた。
ジョネ・ナイカブラ(東芝ブレイブルーパス東京)
勝利の立役者の一人モウンガは「最後のTMOはスローフォワードだと思っていましたが、きょうは運がありました」と安どの表情を見せた。交代出場で活躍した眞野泰地は「勝つカルチャーがあったからこそ、最後に勝つことができたと思います」と東芝府中時代からBL東京に根付く勝利の文化を語った。クラブとして14年ぶりの優勝だが、リーグワンの前身トップリーグでは5度優勝している常勝軍団だった。先人たちがその文化を伝え、プロクラブになってさらに磨き上げてきたからこその優勝だということだ。「マイケルさん(リーチ)がキャプテンになって、チーム力が自然に上がりました。みんながマイケルさんを勝たせたいと思っていましたから」。みんなが愛するキャプテンは、初体験の胴上げで棒のような姿勢で宙を舞い、笑いを誘った。
堀江翔太(埼玉ワイルドナイツ)
敗れた埼玉WKだが、その底力を見せつける終盤の猛攻だった。引退する堀江翔太は気丈にピッチ上でのインタビューに応えた。「応援ありがとうございました。プロ選手としてプレーオフで負けたら意味がないと思いますけど、今まで勝ち続けたことは誇りです。試合に出たメンバー、出ていないメンバー関係なく胸を張っていいと思います。悔いなくラグビー人生を終えることができました。生まれ変わってもラグビーはしません。それくらい十分にラグビーをできて、幸せです。引き続き日本ラグビーの応援をお願いします」。観客の声援に応え、ピッチを去る直前、こらえきれずに涙を流した。
拮抗した好試合が相次いだ今季のリーグワンの最後にふさわしいファイナルだった。今季のディビジョン1は、世界のビッグネームが多数活躍し、日本生まれの選手もレベルアップ。運動量豊富で戦術的にも質も高い試合が多かった。東京サントリーサンゴリアス、横浜キヤノンイーグルス、コベルコ神戸スティーラーズ、クボタスピアアーズ船橋・東京ベイ、トヨタヴェルブリッツが最後までトップ4争いを繰り広げ、静岡ブルーレヴズ、三菱重工相模原ダイナボアーズも着実に力をつけた。花園近鉄ライナーズが入替戦で敗れて浦安D-Rocksと入れ替わることになったが、来季もさらに拮抗した戦いが繰り広げられるだろう。来季の開幕が待ち遠しいが、6月からはリーグワンの選手たちが結束して戦う日本代表シリーズでラグビーを楽しみたい。
文: 村上 晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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