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松尾雄治氏/ 2012年チャリティーマッチ_新日鐵釜石OB vs. 神戸製鋼OB
どこか北のほうの土地に「ノスタルジア」という名の酒場はないか。薄い出汁のおでんが真夏の夕方でもうまそうな。いくらか年齢を重ねると「懐かしさ」こそが人生の友とわかる。少々の苦さをともないながら、ささやかな幸せを呼び起こす。
わがラグビーのノスタルジア。それは新日本製鐵釜石、略して、新日鉄釜石である。1978年度~84年度に7シーズン連続で日本選手権を制した。
花園ラグビー場の名物のヤジを浴びぬ唯一の名古屋から向こうのチームであった。勝ちまくるのに威張らない。高校卒業の無名の少年が頬を削る氷の風に筋金を入れられて、いつしか無敵の集団の一員となる。辛口ファンも辛辣な文句を発するのをためらわれた。
ぐっと時を経て2024年3月10日。いわば末裔に当たる日本製鉄釜石シーウェイブスが地元、釜石鵜住居復興スタジアムに九州電力キューデンヴォルテクスを迎える。
「東日本大震災復興祈念試合」。祈念の二文字がズシンとくる。リーグワンのディビジョン2の首位がかかるわけではないけれど、その日付が、大切なシーズンのとりわけ大切な試合である事実を示している。
2011年3月11日。テレビ画面ではどこかゆったりと映り、そこにいた者にとってはおそろしく速かっただろう大波の列がここを襲った。
「あれ、くるっと回りますよ」
いつか鵜住居のタクシー乗務員が言った。津波に呑まれ、なんども全身は回転、幸運にも住居の屋根にうまく乗れて、そこで一夜を明かしたそうだ。くるっと。東京のスポーツライターの能力の届かぬ言葉だ。
さて未来につながるノスタルジアはきっとある。震災復興祈念試合を数日後に控えるシーウェイブスの今後はもちろん、さまざまなクラブの進歩にも結ばれる往年のチャンピオンの方法、思想を考えてみた。
全盛の新日鉄釜石は「のに」のチームだった。
押せるのに無理に押さない。どこからでも展開できるのに簡単にボールを散らさない。最高のキッカーがいるのに蹴ってばかりでもない。大学のトップ級を何人も採用できそうなのに東北の高校の原石をこつこつと集める。とことん頂点をめざしているのに近道を進まない。悠々、でも、のろくはない。焦らずに急いだ。
新日鉄釜石はなぜ負けなかったのか。結論。貫いたからだ。
かつての取材をもとに解説したい。発言はすべて筆者が直接、当事者に聞いた内容である。
最初に釜石ラグビーの黄金期へ至る歩みについて。1995年、市口順亮(敬称略、以下同)に教えてもらった。往時の京都大学ナンバー8で製鐵所へは技術職で入社、練習理論構築や高校生獲得など現役引退後も長くラグビー部を支えた。
強化を始めた1965年度~社会人大会初制覇の1970年度までの「第1期」は「最後までパスで抜く」展開重視のチームを志した。「高校卒が主体。リーダーの大学卒は年に2名強採用」の大方針に「走る」は合致した。当時の社会人ラグビーでは異質である。
しかし70年度の日本選手権、学生王者の早稲田大学に16―30で敗れる。もっと軽量でもっと集散のよい相手に長所をそがれた。
「このままでは限界がある」。盛んな議論が部内で交わされて「大型化」の方針を打ち立てる。合言葉は「8―8艦隊」。当時は巨漢のサイズ、FWの平均180cm、85kgを目標とした。
すると何が起こるか。1974年ごろに押せず、走れもしないチームができた。もういっぺん議論。「元に戻すか」。やはり「続けよう」。これがよかった。
2シーズン後に貫徹は芽を吹く。76年度の日本選手権、早稲田をこんどは27―12で破る。FWの平均サイズは「180cm・84kg」に達していた。
「(70年度に)早稲田に負けていなかったら7連覇はなかった。スクラムは支えるだけという展開重視を続けたでしょう」(市口)
連覇のチームの日常の練習はフィールド30周のランで始まる。V5当時の岩手日報の担当記者、湯田保道は「夕方5時半からの練習。2時間半のうち2時間はグラウンドのまわりをクルックルッ走ってばかり。でも見ていて退屈しないんです」と話してくれた。
高く重くなっても低く軽いころのレベルで走り込む。そのうえでウエイトトレーニングに励み、パスのキャッチに特化するようなスキル分解のドリル、ポジションの隔たりのない抜き合いなど、中央を離れた土地だからこその「凝り固まらない」独自の練習を創造した。タックルなしでスペースを攻略し合う「タッチフットボール」は市口によれば「1967年には始めていた」。釜石の選手はみなタイミングをずらしてのパスや転がるボールをすくい上げるのが上手だった。
大きな絵を描いて(高校卒主体。最後までパスで抜く展開重視)貫く。途中で引っ込めないから本当の反省をできる。吟味の上、次の段階を積み上げる(大型化)。一時の停滞(押せず、走れず)に迷わず、クラブの根(走り、つなぐ)を軽視もせず、成熟へと悠々と急いだ(V7)。
くっきりとした方針を掲げ、少数のリーダー(ふたりのジャパンのキャプテン、森重隆、松尾雄治)を軸にすえて、到達像より逆算、そこにいるひとりひとりを鍛える。「なんの目的でどういう意味の練習をしているか常に考えさせられた」(元日本代表の名フッカー、和田透)。突き詰めるので独自性は生まれる。短絡的にならぬ「のに」の境地である。
指導者や主力選手のプロ化は焦りを招く。5人のエースをあわてて呼ぶよりも、ひとりのリーダー候補に声をかけよう。獲得できたら好不調に一喜一憂はせず、徹底的にその人の個性や能力を信じて、チームの真ん中にすえる。
本物が存在すれば名も無き若者もまた本物へと近づく。1984年だったか。新日鉄釜石と明治大学との練習試合を観戦した。国際的な名手、松尾雄治主将が10番、隣の12番か13番は高校を出た新人であった。
人間の成長の瞬間が続いた。一緒に戦い、ひとつのプレーの直後、ポジショニングやランの角度を当代のマエストロに教わる。誰も知らないラグビー選手がゲーム中にどんどんうまくなった。
伝統芸能や職人仕事の伝承のイメージ。現場をともにする師弟の「伝え、伝わる力」がよくわかった。現在も錆びつかぬ有力なチーム強化法のはずである。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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