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スタジアムへ最寄りの駅から向かうバスを愛している。ことに下部リーグのクラブの手配してくれるシャトル便は格別だ。いかにも「本当にラグビーが好きな人」だけが乗っている感じがする。
5月5日午前9時50分の近鉄の白子駅前。そろそろシャトルバスの発つ時間だ。三重交通Gスポーツの杜の会場まで30分弱といったところか。
リーグワンD2の三重ホンダヒートがD1のNECグリーンロケッツ東葛に挑む。入替戦の第1戦である。満席と混雑の車中が正午キックオフの試合の重みを示している。
最後部の長い席の真ん中に腰かけて、すぐ前の左右2列、立っているファンを含めて、まわりに15名、そのうちの老若3人が静かに文庫本を読んでいる。ある瞬間、スマートフォンに目を落とす者は2人だった。勝った。きっと、いい試合になる。
いい試合になった。34-29でヒートの白星。いろいろなことが起きた。緊張の決戦は「緊急事態」の連続でもあった。
勝者から見ると、上々の滑り出しで前半29分には20ー0 → 想定外だろう右プロップの連続負傷で押し合いなしのノーコンテストとなり、ルールにより14人に → さらにシンビンで13人 → 猛追を浴びる → 苦しい時間帯に歓喜のスコア → 最後の最後に5点差に詰められる…という展開だった。
前半16分、右プロップの吉岡大貴が負傷で退き、南アフリカ出身のマティウス・バッソンが入る。同時にナンバー8のパブロ・マテーラはベンチに去った。アルゼンチン代表のキャップは91、世界の顔である。入替戦における「大」の字のつく中心人物のはずだ。
選手登録におけるカテゴリA(日本代表実績あり/資格あり)がフィールドに11人いなくてはならない。その規則のためだとはわかった。ただ先発メンバーに海外生まれの選手はひしめいているので「ここはマテーラを残すべき」と放送解説席で口にしそうになった。
しかし公式の「当日メンバー確認リスト」を手元であらためると、すでにカテゴリAにくくられるカタカナの名も複数あり、プレースキックの重要性や控えの構成などを考慮すればワールドクラスの背番号8に泣いてもらうしかなさそうだった。
ジャパンラグビー リーグワン2022-23
【入替戦 第1節 D1/D2 第1戦-1ハイライト】三重ホンダヒート(D2 2位) vs. グリーンロケッツ東葛(D1 11位)
痛い。でもヒートは崩れない。ところが27-12の後半9分、こんどはバッソンが脚を傷めてプレーを続けられなくなる。専門職の右プロップがこれで底をついた。ノーコンテストで14人に減員。6番の小林亮太もタッチラインの外へ向かった。こういう大勝負には欠かせぬクラブの魂だ。さらに、その10分後には4番のヴィリアミ・アフ・カイポウリにイエローのカードが突き出される。
痛い。後半21分のところで27-24。正直、逆転は不可避と考えた。だがヒートは踏ん張る。同31分、罰を終えて戻った直後のカイポウリがトライを奪った。バスの中の沈黙の読書家たちもきっと「おー」と発声したはずだ。
14人が13人になって14人に戻ると、なんだか15人がそろったような勢いを得られた。このあたりも激しいコンタクトをともなうラグビーらしい心理だろう。
勝利会見でヒートの上田泰平ヘッドコーチは言った。
「この状況はまったく想定していませんでしたが、13人になった場合はもはや戦術どうのこうのではない」
正直だ。広報チームがコメントを練り上げたら「あらゆる状況を想定しながら準備はしてきました」と答える。でもスクラムを支える同じポジションの人間が前後半のそれぞれ16分と9分でいなくなると想像するのは難しい。
入替戦を英語ではこうも表現する。「Replacement Battle」。なんとなくいい。ゲームでなくバトル。そこでは何が起きても動じぬ心のあり方が問われる。
5月13日。第2戦が行われる。こんどはグリーンロケッツの本拠、柏の葉公園総合競技場 がバトルフィールドになる。5点差をめぐり、どう結末が転がろうと不思議ではない。
ヒートのフロントローの編成(第1戦の終盤、攻守に欠かせぬ左プロップの鶴川達彦も負傷退場)を含め、執筆時には第2戦のメンバーも発表されていない。それでも5月5日の鈴鹿でのひとつの闘争を8日後の明暗と切り離して書きたかった。ヒートは8番と7番を失いながら、残った者すべてが8番と7番のように体を張った。
パブロ・マテーラはチームの人であった。前半終了後、ロッカー室へ戻る仲間をベンチの前で迎え、ひとりひとりに手を差し出す。
すると背番号9、33歳の山路健太だけが腰のあたりをポンと叩き返した。いたわり、敬い、感謝もするように。「ああ、そういうことなんだな」と思った。そういうことがどういうことかは言葉にしづらい。ただ、そういうことなのだ。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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