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横井章さん
確信は流行を突き抜ける。そして確信は流行に先んじる。
横井章さん、この先は、ラグビー界の永遠の公人なので、敬称略を許してもらい、元日本代表キャプテンの横井章が見事に示している。
スポーツライターには喜びがある。おもにふたつ。取材を終えて、気の合う同業者と酒場というグラウンドへ駆け出す瞬間の高揚。もうひとつは、インタビューによって賢者に競技の本質を教えられ、思考の礎を獲得できる幸運。
横井章は1970年から5シーズン続けてジャパンの主将を務めた。ポジションはCTBである。当時の資料を引くとサイズは「165センチ、68キロ」。のちに触れる直近の著書には「163センチ、58キロ」との自身の記述もある。どのみち小柄。ヨーイドンで100mを走れば鈍足だった。本人は「13秒台」とかつて明かしている。しかし富士山の稜線のような肩から首へのフォルム、きわめて短い距離で加速可能なフットワークが猛タックルや猛ダッシュを可能とした。大阪の大手前高校ではバスケットボール部、対人で接近したところでのパスは他に類なきタイミングだった。
2001年夏、2007年初夏、2008年秋(取材当日、アドバイザーを務めた関西学院大学が49年ぶりに同志社大学に勝った。選手のひとりが『横井イズムのおかげです』と頭を下げたのを覚えている)、2015年夏に話を聞いた。そこで述べていたことは、はっきり書いてしまえば、すべて正解だった。現実を語って、まるで予言のようでもあった。あとから世界がそうなった。
「相手が動く前に、こちらが動いて、弱い形にしておいて、つぶす」
21年前、極度に前へ出る「日本式シャロー防御」の究極の具現者は言った。「小よく大を制しうる」ための活路である。そいつを南アフリカの大男たちが実践したらワールドカップで優勝した。
「なんでキックパスを使わないのか」
これは15年前の言葉。もっと以前より唱えていた。いわく、それは公認された「前へのパス」だ。肉弾戦の繰り返しを省略できるので体格や競技歴で追いかける側の味方となりうる。現在、クロスフィールドのキック、さらには横井が攻撃法として唱えた「グラバー(防御ラインの裏へ転がすキック)」はますます国際的な潮流である。
「抜くところは自分たちで決める」
14年前の一言。大意はこうだ。あいたスペースを見つけてボールを運ぶのは、いわば「力のある側の論理」である。パスのスキル、足の速さ、ゲーム経験の蓄積で上回れば、めざす空間への到達で防御に先行できる。しかし、持たざるチームであるなら、仮に防御の人員が並んでいても、抜くと決めたら、その場で仕掛ける。ファーストレシーバーの背中から、そして内と外の「3つの選択肢」を常に持ちながら短いパスでゲインを切る。
この発言の4年後あたりから国内では広く知られる「シェイプ」にも近いが、横井理論はより簡素だ。「打つ手が多いと高校や大学では時間が足りなくなる。3択でよい」。そして「抜くところは自分たちで決める」根本思想は、現在のアイルランドやフランスのアタック原理に一脈通ずるような気がする。
「接点でボールを動かす」
14年前の提案。「外国人のオフロードはタックルの上に乗っかってボールをいかす。しかし小が大を相手にそれはできない。ならどうするか。下に当たってボールを動かすほかないでしょう」。これこそは現役時代の横井の得意のプレーだった。前傾のまま防御に接近、当たるか当たらないかのところで、低さにより空間をこしらえ、両腕の自由を確保、ボールを動かした。オフロードの先駆にして、未来形にして、「小」を救う知恵でもある。鋭い。接点でボールがわずかに動く。低い位置の手渡しでサポートが突破する。防御システムは機能しない。いまこそ追求すべき方法だ。
継承と創造
現在81歳。本年5月末日に著書が世に出た。『継承と創造』(ベースボール・マガジン社)。「20年余りのコーチング経験」により体系化された「私の考え」がたっぷり示されている。「身の丈に合ったラグビー」で身の丈を超える結果を残す。そんな道筋が惜しげもなく明かされる。ありがちな「いまトップ国ではこういう防御システムが主流」といった海外理論の紹介とは明確に一線を画す。
タイトルの「創造」の意味は深い。まず「ラグビーにおける判断とは、創造、クリエートではなく、選択、チョイスです」と言い切る。ひとつの「型」を持つことで創造は選択に簡略化される。
そのうえで「日本の特性に合ったラグビーを創造していく」必要を説く。ここでの「日本」とは「自分のチーム」と同じ意味である。漠然とした創造を避けることで独自性を創造する。深い。
身の丈に合ったラグビーの成果はジャパンのみならず、所属の三菱自工京都でも顕著だった。1971年度、早稲田大学出身の横井ら5人を除いて、あとは高校卒業の無名選手の陣容で、各大学の有名実力者をこちらは14人並べたリコーを22ー11で破って社会人日本一となった。もっと称えられてよい快挙である。
かの大西鐵之祐監督のジャパンにあってキャプテンとして「バックスの練習法を考案していた」(2001年のインタビュー)。借り物ではない具体的な練習を自分の頭で考え、組み立てられるコーチは少ない。選手はもっと少ない。それをできる人の著書はもっともっと少ない。
競技ルール、トレーニングの知見、環境は変わる。しかし「身の丈に合ったラグビー」はどんな時代にも求められる。トレンドを超越する一冊である。
いよいよ大学ラグビーの開幕。自由な研究を許される学生と指導者に求められるのは、戦法、理論、技術の開発である。「いま正しい」方法を知識としてはつかみ、なお模倣を避ける。研究室やミーティング部屋で吟味、練習試合で実験を繰り返し、身の丈に合わぬならバッサリと棄てる。世のどこにもない攻撃陣形を3部リーグの知られざる「頭脳」が設計したら痛快ではないか。
独自の方法を掲げ、究める。すると刻々と変化する攻防にあっても判断の軸が定まり「表か裏か」に集約できる。
スタイルとは熟考と決断の産物である。自分のチームにふさわしい戦法は、そこにいる構成員ひとりひとりの資質や個性を観察、それを洞察へ高める意思によって築かれる。
先日、日本代表と近鉄の偉大なロック、ここも敬意をこめつつ敬称略で、小笠原博が亡くなった。横井章の盟友であった。日本ラグビー史のオールタイムベストの文句なしのひとりである人物は21年前、みずからの以下の逸話を教えてくれた。
師と慕う大西鐵之祐監督の去った後のジャパン、ある指導者が「オールブラックスはいまこういうディフェンスをしている」と解説した。
小笠原博が手を挙げた。
「それを日本人の我々がやるんですか」
横井章がその場にいたら黙ってうなずいたはずだ。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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