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特別な土地に特別な結果がもたらされた。釜石でウルグアイがフィジーに勝つ。30ー27。深いところの精神を揺さぶるような3点差である。
前半13分42秒、「きれいに晴れた日の三陸の空」と同色ジャージィの背番号2、ヘルマン・ケスラーがこぼれ球にくらいついた。芝に吸い込まれるように。そこから9番のサンティアゴ・アラタがトライラインを越える。3年前のワールドカップの忘れがたき名場面だ。
あの日、2019年9月25日。鵜住居の復興スタジアムの実況解説席は室外のオープンな空間にあった。試合は終わっても、しばらく放送は続く。マイクを装着したまま、ふと横目で脇の階段のあたりに目をやると、ウルグアイの初老の男どもが肩を組んで泣き始めた。音もなく涙している。
あれにはまいった。「取材パスを首にさげる限りはお客さんになるな」を心がける身としてジャパンが南アフリカをやっつけてもその場で平静は保てた。たったいまウルグアイがフィジーを破っても胸に一片の氷は残しているつもりだ。でも不意打ちは厳しい。端正なジャケットを着た紳士のあまりにも無垢な泣き顔に危うく寄り切られところだった
ウルグアイがやってくる。6月18日は東京・秩父宮、同25日にミクニワールドスタジアム北九州で日本代表とぶつかる。前者はNDS(ナショナル・デベロップメント・スコッド)のメンバーで編成される。
愛称は「ロス・テロス」。国鳥にちなむ。森羅万象に通じる旧知のラグビー好きがしっかり調べてくれて「Tero」は「タゲリ」の一種の「ナンベイタゲリ」を示すとわかった。
あの釜石の午後、キックオフの2時間ほど前にスタジアム周辺を散歩していたら、ウルグアイからのサポーターなのだろう、長身の女性が大きな「ナンベイタゲリ」をあしらったレプリカの長袖ジャージィをまとい小さな道を歩き回っている。
そんなに大きくない鳥の大きなエンブレムはよいものだ。異国でひとりきりの散策姿もまたよかった。あの1990年代風のジャージィがほしい。ようやく発見、入手するまで2年を要した。
今回来日の顔ぶれが発表された。選手は26名。フランスとイタリアのクラブ在籍の3名を除き、すべてウルグアイはモンテビデオのペニャロール所属である。先日、南米のスーパーラグビー、SLAR(スーパーリーガ・アメリカーナ・デ・ラグビー)を制したばかりだ。7人がノンキャップ。負傷やヨーロッパのクラブに拘束されて不参加の実力者も少なくないが、優勝クラブの単独編成に限りなく近く、その観点では備えはできている。
エステバン・メネセス監督は、アルゼンチン、ブラジル、チリ、パラグアイ、コロンビアのスーパークラブとともに構成されるSLARを勝ち抜いたペニャロールについて語っている。
「各チームの実力が接近、心技体のすべてにおいてハードだ。(略)多くの選手が台頭してきており、テロスのさまざまなポジションのベースが拡大されている」(URU)
ジャパン戦についてはこう述べた。
「強度に富んで、ダイナミックかつ攻防が速く、コンタクトの激しいゲームになると想像している」(同)
ウルグアイのラグビーの始まりには諸説がある。1865年にはモンテビデオの「市のクリケットクラブ会員によってプレイされていたと言われる」(『ラグビーの世界史』)。ただし「よりたしかな証拠によれば、英国人選手とウルグアイ選手のあいだで一八八〇年に試合がおこなわれた」(同)。協会設立は1951年1月。もっぱら英語の話者やカトリック系の富裕な学校とその卒業生のサークル内でスクラムは組まれてきた。
世界の強豪であった事実はない。ピューマやジャガーのごとく大物に襲いかかる隣国アルゼンチンとは異なり、おおむね体長30cm強のテロスのような存在だった。ただし弱虫とも違う。スクラムやモールは小岩のように固い。タックルを逃げたら、とたんにチームに居場所はなくなるだろう。国内の「小」の側(『大』はもちろんサッカーだ)であろうと自尊心は揺るがない。釜石の鬼気と歓喜を見たらわかる。
「プロ精神を発揮できた」。フィジー戦直後のファン・マヌエル・ガミナラ主将のコメントを思い出す。プロ精神とは?
「金銭とは何の関係もありません。私たちが示した献身と情熱と自己犠牲のことです」
トップ国のプロフェッショナルの努力。経済の見返りなんて薄いか皆無のアマチュアの純粋性。それらが誇りを媒介として金星に溶け合った。
最後にウルグアイのラグビー人の発した言葉を。
「愛情と連帯があれば不可能はない」
モンテビデオのカトリック系学校の卒業生クラブ、オールド・クリスチャンズのカルリトス・パエスが述べている。チーム仲間のナンド・パラードがーの著書『Miracle in the Andes』にそうある。
ここだけ切り取ると薄っぺらなビジネス指南のようだ。しかし、発言者、それを紹介する著者がどちらも「アンデスの聖餐」のサバイバーと知れば重みは変わる。
ウルグアイのラグビーには欠かせぬストーリーなので過去にも書いた。以下、簡単な解説を。1972年10月13日。ウルグアイ空軍の双発機がアンデスの崖に衝突、雪に埋まる。事故機をチャーターしたのがオールド・クリスチャンズ。チリのサンティアゴで親善試合を計画、選手と家族ら計45名(うち乗員5名)が搭乗した。機体の白は雪山と重なり捜索は難航、打ち切られる。当日の死亡、行方不明は17名、16日後の雪崩もあり計29名が命を落とし、約70日後に16名が生還した。
苦難に「ラグビーのチーム」は機能した。医療、墜落機内の居住環境整備、飲料水確保のグループをそれぞれ編成、医学生が負傷者の治療にあたり、機転の効く者は太陽光線で雪を溶かし、座席の内側に貼られていたアルミホイルを用いて水供給装置をこしらえた。
食糧が問題だった。10日目に重要なミーティングが開かれた。のちに有名な小児循環器専門医となるロベルト・カネッサが聖餐、すなわち雪で腐敗を免れる死者の肉の摂取を提案する。「魂は天にある」。やがて、そのカネッサと後年にモーターレースのドライバーや日用品企業の経営で大成功を収めるパラードは人里を探すための下山を試みる。ラグビーのスパイクを履き、ストッキングに「食糧」を詰めて。出発8日後、川の向こうにチリの農民を見つけて仲間との生還を果たした。
奇蹟から50年のテストマッチ。格上のブレイブ・ブロッサムズは勝利すべきだ。いつもながらの「愛情と連帯」でとことん抵抗するロス・テロスに。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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