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オペティ・ヘル
ガツンと当たる。バカーンとぶちかます。ゴーンと吹っ飛ばす。どれとも違う。音がほとんど聞こえない。なのにタックルに向かった選手は朽ちて地面に横たわる。擬音を用いると「ホーワーーン」といったところ。濁点の必要はない。
クボタスピアーズ船橋・東京ベイの右プロップ、オペティ・ヘルの突進が止まらない。リーグワン開幕で日本列島のラグビー好きは23歳の怪物を発見した。トライアル期間を経て2019年9月に契約発表だから知る人は知っていた。ただし、その後の負傷もあって多くは新リーグで初めて凝視した。
トンガ王国出身。身長190cm、体重は127kg。雄大な骨格よりもさらに攻守のスケールは大きい。1月22日の第3節、コベルコ神戸スティーラーズを向こうに大いに暴れた。ランのみならず、空想上の巨人が岩石を投げ捨てたかのごときタックル、ボールにからむ柔らかさなど多面的な身体能力や球技感覚を発揮した。敵地での22ー27の黒星にあって「スター誕生」のときめきを広げた。
実はスターはここに誕生したわけではなく、とっくに世に出ていた。一例で2016年10月に英国ウェールズのメディアが、映像で広まった17歳のオぺティ・ヘルの破壊力について書いている。
「早々にワラビーズに呼ばれるだろう。センセーショナルな新卒業生の活躍はジョナ・ロムーにそっくりだ」(Wales Online)
ジョナ・ロムー。オールブラックスの巨漢ウイング、1995年のワールドカップのヒーローだ。タックルを仕掛けた者を「芝の上のカーペット」とさせたトンガ系の怪物ランナーである。のちのスピアーズの3番はさっそく偉大な故人に重ねられている。
オぺティ・ヘルはトンガ王国に生まれた。ラグビーの奨学制度でオーストラリア・シドニーのニューイントン校に留学する。ちなみ同校は「オーストラリアの学校で最初にラグビーをプレイした一校」(『ラグビーの世界史』)である。かつてのトンガ国王、タウファアハウ・トゥポウ4世(そろばん教育をきっかけに大東文化大学に留学生を送り出した人物。そこから現在の日本とトンガのラグビーの強い結びつきは始まった)もここに学んだ。
シドニーの学校シーンでは際立った。2016年、オーストラリア高校代表でニュージーランド同代表との「スクールテストマッチ」に出場、両チームよりひとりずつ選ばれる「ブロンズ・ブート賞」を得た。過去の受賞者にはジョージ・スミス(元サントリー)、デビッド・ポーコック(元パナソニック)、リアム・ギル(NTTコミュニケーションズシャイニングアークス東京ベイ浦安)、サム・ケーン、アーディ・サヴェア(いずれもオールブラックス)など大物が並ぶ。
ところが同年を最後に新星は消える。スピアーズのトライアルに出現するのは「2019年5月」(契約時の本人のコメント)。さて、どこにいたのか。
オペティ・ヘル
先の1月29日のスピアーズーNECグリーンロケッツ東葛戦の前に調べたら、キリスト教宗派のサイトのトンガにおけるストーリーに思いがけず答えが見つかった。以下、抄訳。
「オぺティはニューイントン校に学んで、フランスのラグビーのクラブへ加わる話もあった。母の励ましや勧めに従い、オファーを断ってトンガへ帰国、ほどなく伝道活動に出た」(CHURCH NEWS)
アフリカ大陸のガーナの西アクラ管区で務めを果たした。2019年5月の前掲記事には「同月24日に帰国予定」とある。いずれにせよそのころスピアーズの練習に参加することで約2年の空白より復帰を果たす。「オペティのお姉さんがチームのトゥパ フィナウの奥さん」(スピアーズの部員)という血縁を含む人脈、それにトップリーグのクボタ時代からの「目利き」の合わせ技が大器を捕捉した。
グリーンロケッツ東葛戦では突破のみならずハンドリングの柔らかさも存分に示した。コンタクトの瞬間に上体をこわばらせて跳ね飛ばすのでなく、ただ加速するだけでタックルを無力化できる。だから腕に余裕というか自由がある。オフロードはほとんど初期設定に近い。
スクラムのアンカー(船をぐらつかせぬイカリ)である右のプロップなのに、そのスクラムについて触れていない。オーストラリア高校代表で名を高めたのちに同国の専門メディアがヘルの寸評を載せた。
「ニュージーランド戦でのタフな局面での爆発的突進が光る。ただオーストラリアはスクラムではやや苦しんだ。もう少しセットピースのコーチングを受ければ間違いなく将来の展望はひらく」(Rugby News)
スピアーズでは、南アフリカ代表スプリングボクスのフッカー、マルコム・マークスと肩を合わせる。元背番号2、小柄でも粘り強かった後藤満久コーチの指導にも浴する。リーグワンでのここまでのスクラムは及第だろう。可能性の吹きこぼれるヘルの場合、そのときの評価は常に満点ではない。よくて及第。明日はもっとよくなるからだ。
さあジャパンへ。逸材の「発見」にそう発声したくなる。ただの取材者なのに青田買いのスカウトの気持ちだ。でも、しばらく静観しよう。
いま胸の桜を望んでいても、もしトンガの母がこう諭したら。「祖国に戻って教会に通いなさい。この土地でラグビーを続けるのです」。それならやむなし。なんて、ただの想像なのに胸の中で自分を納得させている。精神分析学的には「いなくなるのがどこか不安」なのだろうか。あのタックル(神戸戦の後半8分44秒)を見てしまったから仕方がない。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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