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松島幸太朗
日本代表の苦難の歴史を知る人々にとって、隔世の感がある試合だっただろう。イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの精鋭を集めた「ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ」と日本代表が堂々たる戦いを繰り広げたからだ。10-28と、4トライを奪われる敗北ではあったが、互角にスクラムを組み、モールの前進を許さず、後半のテンポアップでライオンズのディフェンスを慌てさせた。2019年のラグビーワールドカップ以降、コロナ禍で代表活動が休止となり、ようやく今年の5月下旬から準備を始めたことを思えば、日本代表選手たちの地力アップを感じる内容だった。
6月26日(土)、スコットランドのエジンバラのマレーフィールドには、入場制限のなかで約16,500人の観衆が集った。リーチ マイケル主将を先頭に紺色の「夜桜ジャージー」をまとった日本代表がピッチに走り出た。続いて、マスコットのぬいぐるみ「ビル」を片手にしたアラン ウィン・ジョーンズ主将(ウェールズ)が先陣を切り、ライオンズが登場する。国歌斉唱は日本代表のみ。英国&アイルランド共和国連合のライオンズは歌わない。
ラグビー界でもっとも格の高いチームといっても過言ではないライオンズと日本代表の歴史的一戦は、現地時間午後3時(日本時間午後11時)に始まった。開始1分、日本代表WTB松島幸太朗と、ライオンズWTBでシックスネーションズのトライ王ドゥーハン・ファンデルメルヴァ(スコットランド)が一対一で勝負する。ボールを持った松島が右タッチライン際を抜け出そうとするが、ファンデルメルヴァがかろうじてジャージーをつかみ、タッチラインの外に押し出した。松島のスピードがライオンズを翻弄することを予感させるプレーだった。
前半5分、ゴールラインを背負ってのディフェンスで粘った日本代表は、ラインアウトからの攻撃でSO田村優がオフロードパス、ディフェンスに接近したパスでチャンスを作る。もう一つ右にパスがつながればトライになったかもしれない有効な攻撃だったが、FLピーター・ラブスカフニが捕まってしまう。このとき、ライオンズが見せたのが上半身を抱え込んでボールを出せなくする「チョークタックル」だ。序盤のライオンズは体格では劣る日本代表の弱みをついて、チョークタックルを連発し、日本代表の素早いテンポをつぶそうとしてきた。これに日本代表は苦しむ。
ライオンズは、前半7分にアラン ウィン・ジョーンズ主将が肩を痛めて退場するアクシデントに見舞われるが、12分、CTBバンディ・アキ(アイルランド)の突進でゴールに迫り、最後はWTBジョシュ・アダムス(ウェールズ)のトライで先制。18分にはファンデルメルヴァがタッチライン際の僅かなスペースを駆け抜けてトライ。いずれも難しいゴールをSOダン・ビガー(ウェールズ)が決めて、14-0とする。23分には、日本代表の反則を誘ってPKからタッチキックでラインアウト。ここからモールを押し込み、日本代表のCTB中村亮土もモールディフェンスに入ったところで、CTBロビー・ヘンショウ(アイルランド)が縦に走り込んでトライし、21-0とリードを広げた。ここまでは接点で圧力を受ける日本代表のミス、反則が目立った。
後半も先にトライを取ったのはライオンズだった。9分、日本代表の前に出るディフェンスのギャップをついて、FLタイグ・バーン(アイルランド)が走り込み、28-0とする。ここで、日本代表ベンチが動く。PRヴァル アサエリ愛、FL姫野和樹、テビタ・タタフ、SH齋藤直人を投入し、攻撃をテンポアップした。姫野、タタフの突進力と、齊藤の素早いパスワークはライオンズにプレッシャーを与えた。
19分、ライオンズのゴール前でラインアウトを得た日本代表は、姫野がボールを持ち出し、タタフのサポートを受けながらトライ。ライオンズとの初対決での初トライをあげる。その後も、素早いパスワークでボールを動かし続け、トライチャンスを作った日本代表だったが、スコアはSO田村優がPGを追加し、28-10とするにとどまった。
ミスや反則で自陣に押し込まれ、ディフェンスの連携が崩れて失点することが多かったが、素早いパスでディフェンスの的を絞らせず、松島幸太朗が何度もラインブレイクでタックラーを置き去りにするなど日本代表が観客を沸かせるシーンは多かった。ジェイミー・ジョセフヘッドコーチも「18 か月ぶりのテストマッチだが、チームがまとまってこの試合に臨めたことを誇りに思う。後半は、スピード勝負ができたし、スキルでも勝負ができた」と手ごたえを語った。
「人生に一度しかないチャンス。いい準備をして勝ちに行きました。ブレイクダウン周りのプレッシャーで速いラグビーができませんでしたが、攻撃を継続できたときはスペースにボールを運べたと思います」(リーチ マイケル)。「前半ペナルティをきっかけに失点を許しましたが、スクラムはしっかり通用したと思います」(稲垣啓太)。この他、ライオンズをリスペクトした上で通用した部分を語る選手が多かった。
唯一のトライをあげた姫野は、「スーパーラグビーで確たる自信ができ、ライオンズを大きく見すぎることなく戦えました」とコメントした。2019年ラグビーワールドカップ(RWC)でのベスト8、姫野、松島の海外での活躍は、日本ラグビー全体に自信を与えている。齊藤直人、テビタ・タタフなど国際舞台での経験の浅い選手たちののびのびとしたプレーがそれを物語っていた。ベスト8以上の結果が求められる2023年RWCに向かって、ライオンズ相手に前向きな反省ができる試合ができた。悪くないスタートである。
文:村上 晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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