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戸田レフリー
2003年のトップリーグ元年から18年間、計137試合を担当したレジェンド、戸田京介レフリーに独占インタビュー!
トップリーグ2021の準々決勝「クボタ×神戸製鋼」をもって第一線を退いた戸田レフリーは、愛知県春日井市出身、A級レフリーでは最年長となる1970年4月5日生まれの51歳だ。
軽妙な“戸田節”をまじえた独自のレフリングのファンは多く、トップレベルの担当は最後とあって惜しむ声もあった。果たして戸田レフリーが語る、あの名勝負の舞台裏、そして今後の展望とは――。
戸田レフリーが語る「トップリーグ今昔物語」
――まずトップリーグ2021の担当試合で、マネジメントに手応えのあった試合というと?
〈戸田京介レフリーの「トップリーグ2021」担当試合〉
・リーグ開幕戦「トヨタ自動車(○34―33●)東芝」
・リーグ第4節「キヤノン(○40―32●)ヤマハ発動機」
・リーグ第6節「NTTコム(○40―21●)宗像サニックス」
・プレーオフ準々決勝「クボタ(○23―21●)神戸製鋼」
今シーズンはトータル4試合担当しました。一番良くマネジメントできたのは、やっぱり準々決勝の「クボタ×神戸製鋼」ですが、リーグ戦では「ヤマハ発動機×キヤノン」のゲームですかね。
キヤノンは開幕から3連敗で臨んだゲームではありましたが、惜敗でしたしチーム力はあるなという印象を持っていました。さらにキヤノンの沢木君(敬介監督)は策士です。必ず何か仕掛けてくるだろうなと。もともとヤマハ発動機も地力があるので、ゲーム前から「これは楽しいゲームになるぞ」という期待がありました。
キヤノンの田村君(優/スタンドオフ)のゲームマネジメントが秀逸で、シーソーゲームになりましたね。ヤマハ発動機の五郎丸君(歩/フルバック)や太田尾君(竜彦/コーチング・コーディネーター)にとっては、本拠地であるヤマハスタジアムの最終戦ということもあり、ヤマハ発動機が負けてしまったことは残念ですが、たくさん詰めかけた観客もエキサイトしたと思います。
――今シーズンはニュージーランド代表SHのTJ・ペレナラ(NTTドコモ)など世界的スターもいました。
残念ながらペレナラ選手が出ていた試合を公式戦で担当することはありませんでしたが、プレシーズンで、HondaとNTTドコモの練習試合を吹いたことがあったんですね。
彼は前半だけの出場でしたが「よう喋る子だな」と思っていました。でもね、あれだけの世界的な選手にも関わらず、すっごく気さくでフレンドリーなんですよ。「超一流」選手というのはピッチ上のパフォーマンスだけではなくて、ピッチを離れたところも含めて「超一流」選手なんだね、とマッチオフィシャルのみんなで話題にしていたくらいです。
――2003年のトップリーグ元年からレフリーを担当されています。数え切れないとは思いますが、印象的な選手を挙げるとすると?
みんなキャラクターが濃くて、それでいて紳士的。人それぞれで良いと思います。最近では僕がお父さんみたいな歳になってしまったからか、みんな僕の言うことをよく聞いてくれます(笑)。
クボタ 立川選手(右)
ん~、そうですね。今シーズン担当したチームから挙げると…。クボタの立川君(理道/CTB・SO)は抜群に良い子ですね。トヨタ自動車の茂野君(海人/SH)もとっても良い子ですよ。最近はみんなすごく良い子が多いんです。パフォーマンスはもとより心もきちんと整えている選手が多い。
そもそも選手って僕ら以上にゲーム中は興奮状態にあります。あれだけ激しく身体をぶつけ合うから、更にヒートアップする。よくケンカが起こらないなと本当に感心しますよ。その精神状態の中で、しかも彼らは「ルールを正しく守ろう」とする。叱られるとかペナルティを取られるからではなく、「正しく守ろうする文化」のフィロソフィーが、選手一人ひとり根付いていることは本当に凄いことです。
そうそう、昔だったら、NECのNO8だった箕内君(拓郎/現日野ヘッドコーチ)は人格者でしたね。プレーも凄くて、試合中に徹底的にマークされてもこじ開けたり、仲間を使ったり。とにかく箕内にボールを渡せばなんとかしてくれるという感じで、間近で「すごいなあ」と感心していました。冷静になって思い返せば良い選手はもっともっとたくさんいると思います。
――「最近はみんなすごく良い子」ということですが、選手とレフリーが敵対的だった時代もあるのですか?
僕のレフリングが稚拙だったから、とは思います。ただ昔は選手とレフリーが戦っていましたね。「俺に矛先を向けてもダメだ。戦うべき相手は俺じゃない。」という話をよくしたくらいです(笑)。
でもトップリーグが発展するなかで、「反則をすると点数を取られる」という認識がチームに落ち着いてきましたね。レフリーとどんなコミュニケーションをすればいかに反則せずに自分たちのラグビーができるか、ということをテクニックとして分かっている。それが文化として浸透して、現在はすごく良い関係を作る環境が出来ていますね。
――屈強な男達の試合をマネジメントするレフリーは、あらためて大変な仕事ですね。
ありがとうございます。これはこじつけかもしれませんが、そもそも自分がレフリー向きのキャラクターだったのかも…ということがあると思います。これは自分の母親に聞いた話で恐縮なんですが、母親が言うには「あんたはレフリー向きだったのかもしれないね」というわけです。
――どういうことでしょうか?
僕は百貨店の屋上にちょっとした遊園地があった時代に生まれているんですが、小学校に上がる前、春日井(愛知県)の清水屋という百貨店の屋上で、母親から100円、200円を貰って「好きなものに乗っておいで」と言われたらしいんです。――いや、僕は全然覚えてないんですよ。ただ母親が言うには「あんたはゴーカートに乗る人でもなくて、見ている人でもなかった」「柵の中に入ってゴーカートの交通整理をする人だった」というんです。「もしかしたらその頃からレフリーのセンスがあったのかもしれないね…」と。
あとは、レフリーで学んだことを教員に活かそう、反対に教員で学んだことをレフリーで活かそう、という意識、作業を継続させてきたことが活きていますね。
例えば、レフリーは立ち位置が重要ですが、体育教師として怪我をさせないために、「自分がどこに立てば子供達全員が視界に入るだろうか」と考えたり、縄跳びのできない子に「どんな効果的な言葉掛けをすればできるようになるのか」と考えたり。そうした積み重ね、日頃の生活が、そのままラグビーのレフリーに活きたんじゃないかと感じています。
走行距離は月間300キロ。プライベートはストイック。
戸田レフリー
――第一線からは退くことになりますが、引き続きランニングなどの運動は継続されるのですか?
もちろん走ります。今でも基本的には毎朝走っていて、1か月300キロは走っています。シーズン中は怪我が心配で追い込めなかったのですが、ひと段落したのでこれから走り込んで行こうと思っています。
体育教師なので学校でも走っていますよ。この時期はスポーツテストがあり「20mのシャトルラン」をやるんです。これは徐々に早くなるドレミファソラシドの音階に合わせて20mをどれだけ折り返し走れるかという種目です。
僕はシャトルランを100回(2km)を1コマの授業で2本走るようにしています。1日に4コマの体育の授業があるときはトータルで16キロ、生徒にまじって一緒に走ります。生徒を鼓舞する意味合いもあります。「おじさんも頑張っているんだ。君たちが頑張れないはずはない」と。
最近はコロナの関係でマラソン大会が中止になっていますが、一昨年くらいまでコンスタントにマラソンもしていました。
――マラソンのベストタイムは?
2時間52分29秒です。47歳で出場した京都マラソンでした。市民ランナーにとっては「サブスリー」(3時間を切ること)がステイタスなのでそこは満足しているんですが、「サブエガ」というのがあって、この「エガ」は芸人の江頭2時50分さんのこと。2時間50分を切るのがまたひとつ壁なんですね。1キロを4分フラットで走り続けると達成できるんです。
――若い頃ではなく、47歳で3時間を切るのは凄いです!
そもそも僕がマラソンを始めたのは、父親をガンで亡くした6年前からなんです。
父親が毎日苦しいと言いながら命懸けで闘病しているのに、俺は何をのほほんと怠惰な生活を送っているんだ、と思ったんですね。毎日できることは何だろうと考えて、どんなことがあっても毎日10キロ走ろうと思った。それから毎日走り始めて、マラソンに出たら良い記録が出て優勝したりしたものだから、そこから本格的に走り始めたんです。
名勝負「クボタ×神戸製鋼」の舞台裏
クボタ vs. 神戸製鋼
――最後の担当試合となったプレーオフ準々決勝「クボタ対神戸製鋼」は名勝負になりました。舞台は静岡のエコパスタジアムでしたね。
試合を担当する当日の朝は、ルーティンとしてジョギングをしていて、秩父宮だったら皇居、花園だったら大阪城周辺、福岡だったら博多駅の近くから大濠公園を回る15キロくらいのコースを走ります。
クボタ×神戸製鋼はエコパスタジアムだったので、掛川駅の近くに泊まって、朝5時から15キロくらい走りました。
いつもはスマホを携帯して写真を撮ったりしているんですが、その日だけは「景色を目に焼き付けよう」と思って、何を持たずに走り始めました。そうしたら、掛川城を上っている時に「こうして週末に泊まって走るのも今日で最後か」と、ものすごーくセンチメンタルな気持ちになったんですね。今日は噛みしめて吹こう、と思いましたね。
――キックオフまではどんな気持ちで過ごしていましたか?
しんみりしたのは朝だけですね。スイッチを切り替えるのは得意だと思っていて、2秒あれば切り替えられます。いろんな人に「最後ちゃうんか」と言われましたが、「いや、いつも通りです」と。
そもそもなんですが、クボタ対神戸製鋼が最後ということをごく一部の仲間に伝えたのは5月7日で、試合の2日前です。
そうしたらその後から若いレフリーとかいろんな人から「最後なんですって?」と連絡が来て、試合当日はジェイスポーツで解説していた菊谷崇さんも番組冒頭で「この試合で戸田さんが最後らしい」と言い、日本テレビの安村君(直樹/アナウンサー)が試合前に「戸田さんちょっといいですか。長い間お疲れ様でした」と言ってくるんです。ここまで知っているんだと驚きましたね。
――そして始まったクボタ対神戸製鋼ですが、内容についてはどんな感想を持っていますか?
クボタが非常に良い立ち上がりで、序盤にポンポンと2トライを取りました。実は試合前、クボタのロッカールームに入った時から「かなり集中しているな」「これは良いスタートになるぞ」という直感はありました。
前半はとても締まっていて、反則も少なかったですね。セットプレーもビシッと決まっていて、こちらとしても良いゲームだなという感触がありました。
――前半29分、クボタのSOバーナード・フォーリーの危険なタックルに対してレッドカードを提示しました。
レッドカードに関してはワールドラグビーから出されている「ヘッドコンタクトプロセス」のガイドライン通りです。
パッと見た瞬間に「うわ、レッドや」と思いましたが、どのレフリーもそうですが、レッドはもちろんイエローも出したくないわけです。ですから、かなり時間をかけてクリップを巻き戻したり、止めたりして、軽減要因を探しました。でも、残念ながら無かったです。
イエローの判定を下せばクボタにとってはいいですが、神戸製鋼からしたら「なぜレッドじゃないんだ」となりますよね。だからやっぱり公平性、信頼感を担保するためにはガイドライン通りしかないんです。賛否両論があることは分かっていますが、あれは仕方がなかったですね。
クボタ vs. 神戸製鋼
――その後、神戸製鋼が14人になったクボタ陣に迫り、前半36分には「シビれるね」というコメントもありました(笑)。
あの言葉を使った理由は、もちろん実際にシビれるから言ったことがひとつと、もうひとつは自分自身をクールダウンさせるためです。
TMO(ビデオ判定)になってすぐ結論を出そうとすると一点しか見れない、という感覚が自分にあり、自分のスタイルとしてちょっと茶化したことを言うことで冷静になれるんですね。今回はたまたま受け入れてくれた方が多かったようですが、もちろん人によっては何をふざけているんだという方がいるかもしれない。ただ目的はゲームを良くするためです。
――試合は14人のクボタが23-21で勝ち、チーム初の4強入りを決めました。試合後、クボタのフラン・ルディケHCと立川理道キャプテンが訪ねてきたそうですね。
ルディケHCとキャプテンの立川君がレフリールームを訪ねてきて、ブルーのクボタのジャージーと、彼らが履いていた母の日用のピンクソックスを頂いて、立川君には「これで大垣の町を走ってください」と言われました。
それから立川君が「いろんな節目の試合で戸田さんに吹いてもらって光栄です。初めてベスト4に行けた試合のレフリーが、戸田さんで本当に良かった」なんて言うわけです。正直、涙が出ましたよ。でも泣かないぞと意地を張って我慢しました。
――ただ試合直後には涙を流し、ピッチから引き揚げていらっしゃいました。
なんやかんや言っても「最後」でしたね。そもそも最後になったゲームが、文句なしに良いゲームでした。良いゲームを吹いたという安心感、満足感、達成感…。あとは「これが最後なんだ」という寂しさ、空しさ、というのかな。
戸田レフリー
そうして試合後にメインスタンド側に引き上げていったら、スタンドの観客の皆さんが手を「おつかれさまー!」と手を振ってくれたんですね。なかには手作りのボードを持っている方もいて『戸田さん 今までありがとう』と書いてある。プロ野球とかコンサートでよく見るアレですよ。これほど人様に「ありがとう」なんて言われたことは今までないから、そのボードを見た瞬間、ポロポロッと涙が出てきたんです。本当に瞬間的に、でした。
その時の写真がSNSにアップされていたようで、知り合いから「こんな写真があった」と後に送られてきました。その写真を見返して、あまり自分を褒めるタイプではないですが――自分は頑張ったなと思いました。でも、まだまだやれるな、もったいないな、という思いがごちゃ混ぜで…(笑)。まあ、いろいろです。
今後は伝道師として活動?気になる戸田レフリーの今後
――現在赴任している高校(岐阜県立大垣養老高校)にはラグビー部がないそうですが、今後はラグビーとどう関わっていくのですか?
岐阜県ラグビー協会の高校委員長になりました。高校の強化・普及、指導者発掘・育成がメインになりますね。岐阜県の中で頑張ることはもちろんあります。
あとは来年開幕予定の新しいリーグで、レフリー委員会としてTMOなのか何なのか、私をどう使うのかまだ分かりませんが、何かしらの形で貢献できればと思っています。
――講演などを通して、ご自身の経験を伝えていく予定は?
スポーツにはそれぞれの良さがありますが、私は体育教師もやりながら30年近くラグビーに携わってきました。
ライフワークとして続けてきたレフリー、ラグビーのお陰で人生がこんなにもハッピーなので「こんなに素敵なスポーツがあるよ」と還元したいんですね。もちろん皆さんに合うかどうかは別として、ラグビーで育ってきた人間として、大人として、ラグビーで培った思い、経験は伝道していきたいと思います。もし講演の依頼があったら無償でやらせて頂きます!
2時間を超えるロングインタビューは、戸田レフリーの知識、経験、ラグビー愛が散りばめられた濃密な時間となった。ますます意気軒昂、エネルギッシュな戸田レフリーのさらなる活躍を願ってやまない。
文:多羅正崇
多羅 正崇
スポーツジャーナリスト。法政二高-法政大学でラグビー部に所属し、大学1年時にスタンドオフとしてU19日本代表候補に選出。法政大学大学院日本文学専攻卒。「Number」「ジェイ・スポーツ」「ラグビーマガジン」等に記事を寄稿.。スポーツにおけるハラスメントゼロを目的とした一般社団法人「スポーツハラスメントZERO協会」で理事を務める。
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