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シーズン前に引退宣言し、最後のトップリーグに臨んだ五郎丸歩選手は第3節で今季初先発すると、約3年半ぶりのトライをあげるなど15得点をあげて、マン・オブ・ザ・マッチに輝いた。まだ現役でプレーできるのでは?という声もあるなか、本人はどんな気持ちでプレーしているのか。ヤマハ発動機ジュビロへの想い、日本代表での快挙など現役時代の思い出などについて語ってもらった。「生まれ変わったら、○○できる選手になりたい」とうコメントも。最後のシーズンを駆け抜ける胸の内に耳を傾けてみた。
五郎丸歩選手
──引退を表明されてのシーズンが始まっています。例年通りの戦いができていますか。
「最初に2敗しましたし、リコーブラックラムズには10年ぶりに負けました。指導体制から変わって、新たなチャレンジをしている過渡期なのかなという気はしています。ベテラン、中堅、若手がいて、世代交代が行われているのがヤマハの現状だと思います。僕自身はいつも通りで、あまり浮き沈みがない人なので淡々とプレーしていますね」
──一試合一試合、これが最後なんだという寂しさはありますか。
「寂しさは常に付きまといますね。(引退は)いずれ来るものですし、現状を最大限に楽しみならがやっていくのがベストだと思っています」
──第3節ではトライもして、マン・オブ・ザ・マッチを受賞しています。まだまだプレーできるという声もありますね。
「あれが3年半ぶりのトライだと記事で読みましたが、そんなに長いことトライしないフルバックはなかなかいないですよね(笑)。その日が誕生日だった母へのプレゼントにもなったし、ヤマハとしてはファーストステージで唯一の東京開催でしたから、元気な姿を見せることができて良かったと思います」
──改めてシーズン前の引退発表について聞きたいのですが、何かきっかけはあったのですか。
「今シーズンでラストというのは早い段階で決めていました。これまで応援してくださった皆さん、2015年にラグビーワールドカップを機に応援をしてくださった多くのファンやスポンサーの方々に対して、節目として挨拶をしておきたかったのです。監督や大田尾竜彦コーチからは『まだまだ現役でできるし、チームに残してほしいものもいっぱいある。プレイングコーチとして来年以降もやってほしい』という話はいただきました。でも、自分の性格上それはできない。一つのことに集中してやってきた人間ですから、二つを掛け持ちすることは、チームとっても良くないし、自分に向いていないことだと思ったので、チームに了承を得てああいう会見になりました」
インタビュー動画
五郎丸歩選手インタビュー|ラグビー トップリーグ2021 ヤマハ発動機ジュビロ
──ヤマハと契約するときに、35歳で辞めると決めていたと話していましたが、そんなにピタっと決めていたんですか。
「35歳で辞めようと思って契約したわけではありませんが、35という数字がずっと頭にはありました。40は無理だなと(笑)。節目の35で線を引こうという感じです」
──そうやって線を引いた方が頑張ることができるのですか。
「そうですね。2015年のラグビーワールドカップ(RWC)も代表は引退すると決めていたから頑張ることができたと思います」
──あらかじめ決めて動くというのは性格的なものですか。
「そうですね。白黒はっきりしたい性格なので、決めちゃった方が頑張れるんです」
──RWC2015は、ラグビー人生の中で大きな出来事だったでしょうね。
「自分にとっては大きすぎましたね。あの時の日本代表は、日本で行われるRWC2019の成功のために、歴史を変えて国内のラグビーに対する見方などを変えなくてはいけないということで始まりました。2015年大会では自分達が望んだ形で勝つことができた。準々決勝には進出できませんでしたが、最低限、達成したかったラインを越えて帰国できたのは嬉しかったですね」
五郎丸歩選手
──五郎丸選手の人気も沸騰しました。
「五郎丸ポーズやプレースキックという分かりやすいところにスポットが当たってしまったので、小さな頃からラグビーをやってきた人間として違和感がありました。一人にフォーカスを当てるスポーツではないと思っていたので。でも、ラグビーを知らなかった人たちがこっちを向いてくれているのに、そんな発言をすることはラグビー界のプラスにならないし、ラグビーの人気を高めていくことが自分の新たな役割だと思うようになりました。チーム(ヤマハ)もラグビーを広めて来いと、背中を押してくれたので非常にやりやすい環境でラグビーの広報活動をすることができました」
──2019年の日本大会の成功を見たとき、本当に嬉しかったでしょうね。
「開幕戦のロシア戦で、スタジアムを見たとき、涙が出そうになりました。自分たちが2015年に戦っていた時に、こういうふうになってほしいなって思った光景が目の前に広がっていましたから。感無量でした」
──ヤマハ発動機ジュビロに13年間所属されました。チームに対しては今どんな想いですか。
「想いは強いです。早稲田大学でずっと15番を背負って、4年のうち3回大学日本一になることができました。ヤマハ入りが発表された時、周囲から、なんでヤマハなの?とよく言われました。でも自分はこのチームに大きな可能性を感じていました。山村亮さん、大田尾竜彦さんという高校(佐賀工業)の先輩が所属していたこともありますが、新たな道を切り開くため、チームとして初の日本一を獲りに行く作業は刺激的だと思いました。そうやってプロ選手として入ったチームでしたが、リーマンショックの影響もあってプロ選手が廃止された。下部リーグとの入替戦を経験するという苦しい時期もありました。そこから這い上がって、清宮監督の下で日本一を獲ることができた。トップリーグの中で自分たちが一番日本一を喜べたチームなのではないかと感じています。もう一度あの空間を味わいたくて、みんなと戦っている今も刺激的です。チームメイトだけではなく、会社、地域の方々のサポートもあった。都心のチームとは違う魅力がヤマハにはあります。いい時ばかりではない経験をさせてもらったという意味でもヤマハには恩を感じています」
──プロ選手が廃止になったときが、精神的にも一番きつかったときですか。
「きつかったですね。社業もやりましたから。僕はバイトすらしたことがなかった人間で、あの時ばかりは、なんでこのチームに入ったんだろうって思いましたね。でも、そう思ったのは一瞬でした。ラグビー部の中だけにいると同じような考え方の人ばかりと一緒にいることになります。まったく違う考えを持った人たちと働くのは自分を成長させてくれると思って、プラスに考えるようになりました」
──デスクワークだったのですか。
「そうです。広報宣伝部で働いていました。最初に行ったときは、職場の人たちはラグビーに関心のない人が多かったです。自分にとっては、プレー以外のことで頑張ることで、こちらを見てもらうというチャレンジでした。分からないことは聞いて、初歩的なところから人間関係を築いていきました。広報宣伝部なので会社のことをすべて把握している人が多い。僕はヤマハのバイクの名前すら略して言われると何なのか全然分からなかった。だから端から端までバイクの名前は覚えました。僕はバイクの広報車両の管理をしていたので名前を覚えないと始まらなかったんです」
──精神的に苦しい時などは、どうやって乗り越えて来たのですか。
「僕は『人生プラマイゼロ』と考えています。沈めば上がる、上がれば沈む。だから、僕は気持ちに起伏がないんです。試合でミスしても、次にいいプレーをすればいいと思います」
──違うチームに行く選択をしようとしたことはありましたか。
「なかったです。プロが廃止になったときも、チームメイトに『みんな残ったほうがいいんじゃないか』と話しました。僕は大学1年の終わりにはヤマハに行こうと決めていましたから、他のチームのリクルートは一切受けていません。一学年上の矢富勇毅さんよりも決めるのが早かったから、一緒に行こうよ、って後輩が言うという、わけのわからない図式がありました(笑)」
──そこまで思い入れがあると、トップリーグの最後のシーズンで優勝したいという気持ちも強いでしょうね。
「もちろんです。最初に入団したときの監督も今の堀川隆延さんですから」
──今年はプレーオフに全チームが出てくるので、まだまだチャンスがありますが、どうすればヤマハは優勝できますか。
「課題を修正している中で、いま非常にいい方向に向かっていると思います。ヤマハらしさを突き詰めながらシンプルに戦うのがいいと思います。ここ数試合複雑なことをしていたので」
──進路は白紙とのことですが、なんらかの形でこれからもラグビーには関わっていくのですか。
「ラグビーの普及には全力を注ぎたいと思います」
──残りの試合で成し遂げたいことは何ですか。
「1試合でも多く出て、プレーでファンの皆さんに感謝の気持ちを伝えること。それが自分に課された使命だと思います」
──来季から新リーグになりますね。どんな期待感がありますか。
「いま、トップリーグのチームでアカデミーを持っているところはほとんどないですよね。ピラミッド型の組織が新リーグによってできるのは良いと思います。次世代の子供達が、ジュニアチーム入りしてトップを目指すというシンプルな形が出来上がればいいですね」
──今後、ラグビー人気を高めるためには、どんなことが必要だと感じますか。
「スタジアムに来て試合を見て帰るというのが国内リーグの現状です。新リーグではそこにどれだけの付加価値が付けられるかでしょう。僕は南半球(オーストラリア)と北半球(フランス)のチームを経験しましたが、試合を見るだけではなく、プラスアルファの何かがそこにあった。家族で一日中楽しめる空間が提供されていた。そういったところは日本のラグビーは遅れているという感じはしますね」
──スター選手にも出てきてほしいですね。期待している若い選手はいますか。
「パナソニックワイルドナイツのWTB竹山晃暉選手や、クボタスピアーズのSO岸岡智樹選手は期待しています。日本人のLOにも出てきてほしいと思っています。大野均さんが引退して、その後を継ぐ若い日本人LOが出てきていないので、均さんみたいな鉄人に出てきてほしいですね」
──やっぱり、大野選手は凄かったと。
「オン、オフのフィールドともに凄かったです。42歳まで現役って、どうやったらできるんですかね(笑)。僕だと、あと7年プレーしないといけない。考えられませんよ。ヤマハのCTB鹿尾寛太が40歳までやるって言っていますけど(笑)」
──40歳まではできないと考える理由はありますか。
「ルールが変わってきていることもあって、今のラグビーは走る量が増えました。それに、キックを蹴らないスタイルになってきている。そうすると、僕の武器(ロングキック)を生かせないですよね。22mライン内にボールを持ち込んでダイレクトのタッチキックが蹴れなくなってきたあたりから、あれ、俺の生きる道、無くなってない?って(笑)、大学生の頃はそれができたので、22mラインの中からばんばんタッチキックを蹴っていましたからね」
──そのルールになったのは、かなり前ですよ(笑)。たしかに以前よりFBの走る量が多くなりましたね。※2008年より試験的ルールとして採用された。
「ランニング主体になると、松島幸太朗とか福岡堅樹のようなバックスリー(WTB、FB)が強いですよね」
──松島、福岡のスピードは羨ましいですか。
「羨ましいですよ。あんなに気持ちよくトライしてみたいです(笑)」
──その松島選手はプランスのトップ14で活躍してます。
「日本ラグビーに新しい風を吹かせてくれたと思います。フランスのトップ14は成熟したリーグですし、世界のトップスターが集まるところです。その中で、スタメンで出場してトライもしている。次世代の子供の目標にもなりますよね。一昔前は、スーパーラグビーもフランスのリーグも別世界の人がやっているようなイメージがありましたよね。スーパーラグビーは田中史朗選手や、堀江翔太選手がプレーしたことで近づいた。でも、フランスやイングランドはまだまだ遠かった。それを松島がぐっと引き寄せてくれましたね」
──これからハイネケンカップ(欧州クラブ王座決定戦)の決勝トーナメントが始まります。J SPORTSで放送されるのですが、ヨーロッパのクラブ戦の見どころはどんなところですか。
「体が大きく、フィジカルなラグビーをするので見ていて面白いですよ。観客、スタジアムの雰囲気もRWCに近いものがあります。観客席は例年だといつも満員ですよね。スーパーラグビーとは一味違ったフィジカルの強さを楽しめます」
──トップリーグはリーグ戦が終わると、プレーオフに入ります。優勝するためにヤマハが倒さなければいけない相手はどこですか。
「いまのリーグ戦を見ていると、非常に調子がいいのは、レッドカンファレンスではサントリーサンゴリアスですね。クボタスピアーズもいいし、トヨタ自動車ヴェルブリッツも充実している。ホワイトカンファレンスはパナソニックワイルドナイツのディフェンスがまったく崩れない。神戸製鋼コベルコスティーラーズもいい。優勝争いはこの5チームが軸になるでしょうね」
──優勝するためにはどこかを倒さなくてはいけない。ヤマハはどう挑みますか。
「対戦相手によって戦術が変わるので一概には言えませんが、スクラムで相手に優るのはここ10年くらいやってきているので、この芯はぶらさずいきたいです」
──スクラムについては、顕著な差が出なくなってきましたね。
「ヤマハが弱くなったというよりも、周りがレベルアップしたということだと思います。長谷川慎さんが日本代表をコーチしたことで、ヤマハの大切にしてきたノウハウが各チームに広まったし、スクラムが大事だということに各チームがフォーカスし始めましたよね」
──ここまでのラグビー人生で、やってみたかったけれど、できなかったことはありますか。
「海外での活躍はできなかったですよね。それは率直に認めますし、生まれ変わったら海外で活躍する選手になりたいです」
──高校、大学時代のことでもいいですよ。
「高校は2年生のときに大失敗しました(2003年1月の全国大会準々決勝で自らのミスで敗退)。でも、それがあったからこそ今まで頑張ってくることができた。高校生とか若い人に言いたいのは、どこかで失敗することがあると思いますけど、ネガティブにとらえず、その時の気持ちを忘れずにラグビーを続けていくことが大事だということです」
──引退したら、クラブチームでプレーしてみたいと思いますか。
「そういう環境があったらいいですよね。ニュージーランドだったら自分の地元のクラブに帰ってやりますよね。真剣にはやりませんが遊び程度には仲間とやると思います」
大学生の頃から何度もインタビューしてきたが、いつだって五郎丸選手は飾らない言葉で分かりやすく自らの考え方を語ってくれた。2015年のラグビーワールドカップで彼を取り巻く環境が一気に変わっても、それは同じだ。3歳から始めたラグビーで、全力で走り抜ける時間はあと少し。最後の瞬間、彼はどんな表情を見せるのだろう。日本ラグビーの認知度を飛躍的に向上させた立役者のラストシーズン。感謝の思いを込め、その雄姿を少しでも長く見ていたい。
文:村上 晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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