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待ちに待ったキックオフの笛に駆け出そうかという直前で、その瞬間はしばしお預けとなった。1月16日に開幕が予定されていた「ジャパンラグビー トップリーグ2021」は、複数のチームで新型コロナウイルス感染症の陽性者が確認されたため、開幕を延期することが1月14日に発表された。
ラグビーワールドカップ2019日本大会の熱狂からはや1年と2か月。トップリーグの激闘を最後に目にできた日からも、やがて1年が経つ。その間には高校と大学の公式戦がひと足先に始まり、それぞれ今年度のチャンピオンが決まった。国内最高峰リーグのシーズン到来を待つファン、選手および関係者の渇望は、頂点に達しているだろう。
見えない敵に翻弄され続けたこの1年。それでも各チームは、困難な状況の中で何度も苦境に直面しながら、懸命に準備を進めてきた。ここでは、昨季12年ぶりにトップリーグの舞台に帰ってきた三菱重工相模原ダイナボアーズの石井晃GMへのインタビューをもとに、ここまでの歩みやクラブとしての感染防止への取り組み、仕切り直しとなった開幕を前にした現在の心境を紹介したい。
三菱重工相模原ダイナボアーズ
三菱重工相模原で初めて所属選手の新型コロナウイルス感染症陽性者が確認されたのは、昨年4月のことだった。当時は世の中全体でもこの感染症に関する情報がほとんどなく、病気の実態がわからなかったため、「どういう判断基準で対応するかというところが非常に難しかった」と石井GMは振り返る。結果としてトップリーグで最初に陽性者が出たクラブとなり、リーグや自治体といかに情報をシェアしながら対応していくかを、手探りで進めていかなければならなかった。
「大変だったのは、敵が見えない、しかもどんな敵なのかわからない、ということです。何より地域の方々や他の社員への安全を考えなければならないので、まずは管轄の保健所に状況を報告し、すべての選手・スタッフに対してPCR検査や体調観察などを行いました」(石井GM、以下カッコ内は同)
三菱重工相模原ダイナボアーズ
トップリーグ自体が中止となったこともあってその後しばらくは全体的な活動を停止し、コロナへの対処法が徐々に明らかになってきた9月からチーム練習を再開。感染予防に細心の注意を払いつつ、待望のシーズン開幕に向けハードワークを重ねてきた。しかし12月、感染拡大防止に向けた取り組みとして全選手、スタッフを対象にスクリーニングのPCR検査を実施した結果、あらたに合計11名の陽性者が判明。さらなる感染拡大を防ぐため、ダイナボアーズは14日間の活動休止を余儀なくされた。
隔離生活ののちに再度PCR検査を行い、保健所の指導のもとで安全に活動できることを確認した上で、ふたたび練習を開始したのが12月30日。活動再開に際しては、クラブとして相当数の陽性者を出した事実を重く受け止め、チーム内の感染対策ガイドラインを見直し、より強い行動制限をかけることを決めた。
不要不急の外出は認めず、外食および会食の禁止をあらためて徹底した。体調管理用のアプリを導入し、週ごとの行動履歴の提出も義務づけた。個人のプライバシーにまで踏み込むことにはためらいもあったが、安全にラグビーを行うために必要なことと覚悟を決めて、ウイルスを持ち込む可能性がある経路を徹底的に遮断した。
ダイナボアーズには社員選手もいるため、職場と選手が互いに不安を抱かず仕事にあたれるよう、リモートを活用した勤務体系と業務内容に調整してもらうことも各部署にお願いした。石井GMをはじめとするフロントのスタッフも、現場に携わる役職以外はリモートでのやりとりを基本にして、極力練習場を訪れないようにしているという。
「まずは感染者を出さない、万が一感染者が出たとしても拡大しないことを最優先に考えています。いろんなことを犠牲にしなければなりませんし、大変な部分はすごくありますが、みんなで、安全にラグビーをやるために必要なことですから。きっと他のチームの方々も、そう理解して取り組んでいらっしゃると思います」
一方で、チームを運営する立場として気を配っているのが、様々な部分で制限を強いられる選手たちの精神面のサポートだ。ラグビーをできなくなる苦しみを味わったことで、選手、スタッフの感染対策への意識はより一層高まった。ただし、それによって今まで以上に負荷がかかっていることも忘れてはならないと肝に銘じる。
「たったひとりの感染がチームやリーグに影響を及ぼすという状況は、選手はもちろんその家族に対しても相当なストレスがかかることになります。選手の中には小さい子どもがいるケースも多い。そのあたりをどうケアしていくかは、今後の課題だと思います」
開幕2日前に延期が決まったのはもちろん残念だったが、ここでいったん立ち止まったのは「ラグビーの価値を守る上で大切な決断だったと思います」と石井GMは言う。世の中の状況を無視して強行したところで、人々の支持は得られない。チーム活動が地域における感染拡大につながったり、医療資源や医療従事者に負担をかけたりすることがないよう、リーグ全体でもう一度認識を共有し、結束して同じ方向へ進むことが、ラグビーの未来につながっていくと信じている。
三菱重工相模原ダイナボアーズ
「ラグビーはただでさえ1チームの人数が多い競技です。外国人選手もたくさんいて、文化も習慣も違う人間が集まっている。その中でこうした感染対策を徹底するのは本当に大変です。だからこそ、ラグビー界全体でひとつのチームになることが大事になる。今回トップリーグがこうした判断をしたことは、今後の方向性としてラグビー独自の価値を持つリーグを目指していくという部分にもつながると思います」
トップリーグの新たな開幕日は2月20日に決まった。今度こそ全チームで一斉にスタートを切り、最後まで走り抜くために、クラブ、運営側を合わせてすべての関係者がいま、懸命に準備に奔走している。
「コロナのことがどんどんわかってきて、ガイドラインやルールもかなり確立されてきました。大切なのはいかに個人の意識を高め、それをチーム、リーグ全体で共有できるか。リスクをゼロにはできない中で感染者を出さないためには、それしかありません。去年の中止からもうすぐ1年ですし、なんとかみんなで前進できるようにしたい。まさにラグビーの精神が求められていると思います」
文:直江 光信
直江 光信
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。熊本高校→早稲田大学卒。熊本高校でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に「早稲田ラグビー 進化への闘争」(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。
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