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大久保直弥氏がヤマハ発動機ジュビロのヘッドコーチに就任 スーパーラグビー史上日本人初のヘッドコーチが、最後のトップリーグで頂点を目指す
村上晃一ラグビーコラム by 村上 晃一スーパーラグビーの日本人初のヘッドコーチである。ヒトコム サンウルブズのラストシーズンの指揮を執り、熱い想いでチームを引っ張った。相手よりも運動量豊富に動き回り、緻密な戦略で上位進出を狙ったが、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、シーズン途中でスーパーラグビー2020は打ち切られた。戦ったのは6試合のみ。無念の大久保直弥ヘッドコーチだが、短い期間で結束し、開幕戦初勝利など歴史を作ったチームを誇り高く語った。その動向が注目されていたが、7月27日、ヤマハ発動機ジュビロのヘッドコーチ就任が発表された。大久保ヘッドコーチは大学からラグビーを始めて日本代表入りした数少ない選手の一人だ。屈強な肉体と精神力で活躍し、1999年、2003年のラグビーワールドカップに出場。サントリーサンゴリアスではキャプテンを務めて日本一に貢献。コーチとしては、サントリーのFWコーチ、監督、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスのFWコーチなどを歴任した。満を持してトップリーグ所属チームの監督を務める。なぜ、ヤマハ発動機だったのか、どんなチーム作りを目指すのか、その胸の内を伺った。
──就任の経緯、決断した理由を聞かせてください。
「現在のヤマハ発動機ジュビロのGM兼監督である堀川隆延さんとは、2018年のNDS(ナショナル・デベロップメント・スコッド)ニュージーランド遠征でお会いしました。堀川さんがヘッドコーチで、僕がアシスタントコーチとして帯同しました。そのとき、お互いのラグビー観や、チームのマネージメントについて話し、この人と一緒に仕事がしたいと思ったのがスタートです」
──その頃からヤマハのことは頭にあったということですか。
「いえ、まだ具体的ではなかったです。直接話があったのは今年のサンウルブズの活動が始まる前です」
──ヤマハの元監督であり、サントリーの先輩でもある清宮克幸さんには相談しましたか。
「先に堀川さんから伝わっていたと思います。清宮さんからヤマハのチームのこと、会社がよくサポートしてくれるということなど伺いました」
──サントリーサンゴリアス、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスでもコーチを務めてきましたが、対戦する相手としてのヤマハ発動機ジュビロには、どんなイメージを持っていましたか。
「ヤマハはラグビー界の広島東洋カープだと思います。日本人スタッフが知恵を絞って、どうやって人を育て、強いチームを倒すかを工夫する。そういう部分にヤマハらしさを感じていました。スクラムという大きな強みもある。対戦する相手としては嫌な存在でした」
──実際に関わってチームのイメージが変わりましたか。
「僕は今、ヤマハらしさとは何かを学んでいる立場です。ヤマハはゼロから始めるチームではなく、確固たるベースがあります。それを崩すことはありません。ひとつでもプラスアルファができれば嬉しいです」
──コーチ陣の中での話し合いは、いつ頃から始めていたのですか。
「6月中旬くらいからですかね。ヤマハの強みを生かすベストなシナリオを考えると、神戸製鋼、サントリーのように、ボールインプレー時間を長くすることだけがベストではない。もちろん、どんな状況にも対応できないといけないのですが、僕たちの強みでプレーするベストのシナリオについて話し合っています」
──新シーズンのスローガン、合言葉は決まっていますか。
「スローガンは去年と変わらずMAXIMIZE(マキシマイズ)。チーム、個人のパフォーマンスを最大化するため常に全力を尽くします。また、【ファイブ・ハーツ(5 Hearts)】というチーム内のキーワードもあり、チームを強化するための5つの要素について、コーチそれぞれ担当があります。ヤマハ発動機のブランドスローガンの『Revs your Heart(レヴズ ユア ハート)』は、お客様に心が躍る瞬間を提供していきたいという思いが込められていますが、ラグビーでも5つのハートが観る人々の心を躍らせるような試合をしたいと考えています」
──GM兼監督が堀川隆延さんで、大久保さんはヘッドコーチ。この役割分担はどうなるのですか。
「最終的な決定権は堀川さんが持っています。僕はチームマネージメントに加えて、スタッフ、選手がつながりをもって仕事ができるようにする役割です」
インタビュー動画
ヤマハ発動機ジュビロのヘッドコーチに就任した大久保直弥氏にインタビュー
──ハイパフォーマンスコーチが長谷川慎さん、コーチングコーディネーターが大田尾竜彦さん。この違いは何ですか。
「長谷川慎さんには、選手個々のパフォーマンスを高めるためにどういうアプローチをしていくのか、そのスケジューリング、オーガナイゼーションをお願いしています。スクラムをコーチしなくなるという意味ではありません。僕は大きなところで全体のスケジュールを組みますが、細かいところは大田尾竜彦とS&Cコーチに任せています。竜彦はヤマハのレジェンドだし、ヤマハらしさを分かっている。そこは彼に助けてもらっています」
──サンウルブズのヘッドコーチを経験したことで何か変化はありましたか。
「サンウルブズでは、アイデンティティーを確立し、共通認識を持つことがスタートでした。自分の持っている知識だけをあてはめようとしても上手くいかない。バックボーンの違う選手が集まったとき、どういうプロセスで、どうコミュニケーションをとればいいのか、チームのアイデンティティー、風土を理解し、何を提供するかというプロセスは、ものすごく勉強になりました」
──コーチングは楽しいですか。
「楽しいです。終わりがない仕事で、勉強し、成長し続けなければいけない。毎年変化するルールの解釈にどうアジャストするか。常にアップデートが必要なのはラグビーの面白さです」
──理想のチーム作りはありますか。
「強いクラブは20年、30年経っても確固としたプレースタイルを持っている。誰がコーチをしようとも、クラブのプレースタイルに対してみんなプライドがある。サッカーのバルセロナがそうですよね。ヤマハに携わってきた人たちが培ってきたものを、僕たちはより良くし、それが20年後、30年後につながっていく、というのが理想です」
──今年の具体的な目標は。
「もちろん、優勝です。堀川監督の言葉を借りれば、記憶に残るチームであり、なおかつNO1のチームです」
──記憶と記録の両方に残るチームですね。
「5 Heartsを最大化(マキシマイズ)した時に優勝できればベストです。自分たちのスタイルを崩して勝っても未来につながらない。ヤマハらしく勝つことがベストだと思います」
──沢木敬介さんは、キヤノンイーグルスをどんなチームにしたいかと問いかけると、「写真に撮りたくなるチーム」と言いました。大久保さんは、そういうイメージはありますか。
「彼はいつも写真写りを気にしてますからね(笑)。その発想で行くと、僕はヤマハのSRというバイクに乗っていました。SRはヤマハを代表するバイクです。そのエンジニアの方の『変わらないために、変わり続ける』という言葉があります。感銘を受けました。市場が変わってもSRらしさ変わらない。でも、進化している。自分たちのクラブもそうありたいと率直に思いました」
──ヤマハのヘッドコーチに就任が決まったとき、サンウルブズで一緒に戦った沢木敬介さんとは話をされたのですか。
「コミュニケーションはとっていました。サンウルブズで最後まで一緒にやれたら良かったのですけどね。また、どこかで一緒にやることがあるかもしれませんが」
──一緒にやるとしたら、それは日本代表ですか。
「そういう夢はあります。僕も日本代表でプレーしていた選手として、いつか日本人の監督、コーチでRWCに行く姿を見てみたい。それが僕ではなく、沢木でも他の誰がなっても祝福します。みんなで切磋琢磨し、国際舞台で活躍することが日本人コーチの目標にならなくてはいけないと思っています。僕と沢木はサンウルブズで経験させてもらったことを、周りに還元したいと考えています」
──ヤマハで期待の選手はいますか。
「みんな一生懸命だし、素直だし、楽しみです。五郎丸歩はこのまま終わる選手ではない。矢富勇毅、三村勇飛丸、山村亮などレガシーを持った選手が、次の世代の選手を背中で引っ張ってくれるはずです。そこにも期待しています」
──日本代表のヘル ウヴェが新しくバイスキャプテンになりましたね。
「ウヴェはプレーだけではなく、リーダーシップある存在に成長してほしい。日本人と外国人選手の間に入って、ヤマハらしさを伝えるなどチームを引っ張ってもらいたい。日本代表選手としても、後半20分のインパクトプレーヤーではなく、80分間プレーできる選手を目指してほしいと思っています」
──コーチとして、今後、どんな目標がありますか。
「ゴールのない世界ですからね。情熱がある限り、選手のパフォーマンスを上げるため、自分に何ができるかを考える。その繰り返しです」
──トップリーグの開幕を心待ちにしているファンの皆さんにメッセージをお願いします。
「こういうチャンスをいただいたことに感謝しています。ヤマハの土台を築いた人たちとつながりながら、20年後、30年後の未来に向けて、僕らができることを最大限の努力で積み重ねたいと思っています。いつも世界を意識していたいし、世界で勝てるヤマハ発動機ジュビロに期待してもらいたいと思います」
取材を終えて、ふと大久保さんの現役の頃が思い出された。抜群のリーダーシップを発揮したサントリーのキャプテン時代や、箕内拓郎、伊藤剛臣、齊藤祐也といった歴代屈指の日本代表FW第三列の中で黙々と体を張り続けた姿だ。黙して語らずというタイプの選手だった。それが、今回のインタビューではどんな質問にも笑顔で応じ、分かりやすく説明してくれた。コーチとして選手の問いかけに丁寧に答える姿が重なった。1975年生まれは、ラグビー界では黄金世代と言われる。大久保直弥、沢木敬介、箕内拓郎(日野レッドドルフィンズ)は皆、今季からトップリーグのヘッドコーチになった。この他、テストマッチのトライ世界記録を持つ大畑大介さん、日本ラグビーフットボール協会の岩渕健輔専務理事もいる。皆、日本代表でともに戦った仲間だ。大久保対沢木、大久保対箕内、ヘッドコーチの同期対決も話題になるだろう。近年の順位から見ればヤマハは優勝を狙える位置にいる。2022年からは新リーグが発足する予定で、ジャパンラグビートップリーグはあと一回で終了する。最後のトップリーグの頂点に立つのはどのチームなのか。楽しみがまた一つ増えた。
文:村上晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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