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ラグビーがなくなった。そう記すと「いつか始まるのだからなくなってはいない」と注文がつきそうな気もする。もちろん永遠に消えるはずはない。ただ、いまはない。ない世界をひととき知った。こういうときは読もう。ラグビーを読むのだ。以下、絶版の古い書物を含めて紹介したい。
雑誌や新聞のコラムをどう書こうかと考えて、まだアイデアが降ってこないときに棚から引き出す本のひとつに『大西鐵之祐ノート 荒ぶる魂』(講談社・益子俊志、清宮克幸監修)がある。かつて日本代表を率いた名監督の早稲田大学における保健体育の講義(1986年5月~12月)を主として編集されている。
大西鐵之祐には名著の『闘争の倫理』(鉄筆文庫)がある。もし入手できれば1972年が初版の『スポーツ作戦講座 ラグビー』(不昧堂)というほとんど奇妙なほど先駆的で緻密な技術書もある。大西イズムの大枠を知りたいなら語りおろしの『ラグビー 荒ぶる魂』(岩波新書)が最適だ。
しかし、自分の文章に引用するのでなく、大きくヒントを得たいときには、学生に向かって砕けた調子で語る『大西鐵之祐ノート』が頼りになる。新型コロナウィルスの感染拡大について思考する。緊急事態に試される知性について、きっと述べているはずだ。ほどなく見つかった。
「緊急事態という問題がある。例えば、親父とおふくろがポーンと死んでもうた。そしたらどうするか。また例えば、戦争での緊急事態。戦争に行ったら、すぐわかる。士官学校を出た商売軍人は、平生は威張っておる。(略)ところが、いっぺん戦闘がバーッと起こって、弾がポンポンポンと飛んできたら、腰を抜かしやがってワーワー言ってる」
デパートで火災が起きる。「ブワーッと逃げるだろう」。だが、あわてて階段へ殺到したら、そこにも悲劇は待っている。そして続ける。
「そういう事態を我々はいつも体験することはできない。親父が死んだり、あるいは地震が起こったり火事になったりしたら困るからな。ところがスポーツをやってると、ゲームのなかでは、それに似たような状態がいつも起こってくるんだ」
真剣勝負に臨む。難敵をやっつけるための方法を追求、必要な技術を身につける。その繰り返しによって「ピンチとチャンス」という緊急事態に際して「どうするかということ」を学ぶ。
「人生においても非常に重要だ。ピンチとチャンスのわからん人間はあかん。(略)入社して2~3年はしっかりやる。2~3年は上のやつも見とるんだ。次は課長になるちょっと前。そのときは上司がしっかり見よる。この二つのチャンス、さらに部長とか重役になるときのチャンス。そういうものさえしっかりわかれば、こうするんだということをやれば、昇進していく」
出世より大切なことがある。なんて口にしないところが勝負の人にふさわしい。さて、今回、読み返して、個人的に発想を得たのは、緊急事態に言及する前のくだり。
「哲学は死の哲学のほうがいいぞ。生の哲学よりも、ぼくは死の哲学のほうが好きだ。死が前にあるということで人間は非常に真剣になる。そのときに、人間は、はじめていかに生くべきかということがわかってくるということだ。そういうものを、スポーツは持っとるんだ。(略)極度の緊張。これをどう突破していくか。危険性とか恐怖というものをどう突破していくかという心構えもでき上っていく。だから、自分がいろんなことにぶつかった場合に、それを死を賭してでも突破していく何かを体得していくわけだ」
生前の本人のこんな言葉を聞いたのを思い出した。「スポーツと生死の問題は関係ないと一般には思われてる。でも、ぼくは関係がある気がするんだ。競争と闘争は違うのかもわからんね」。
次は、まさにゲームが延期されたり中止になって、アームチェア、揺り椅子でヒストリーを味わう一冊を。『ラグビーの世界史』(白水社・トニー・コリンズ著、北代美和子訳)。2015年刊行、19年に邦訳が出版された。英国の研究者による歴史書である。
ページをめくるたびに「知らないこと」を教えられる。一例で、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線において代表級のラグビー選手がもっとも命を落とした国は16人のドイツ。イングランドやスコットランドよりも多かった。ドラキュラを世に送り出した人物は、1860年代のアイルランドはダブリン大学の見事なラグビー選手だった。『Dracula』(1897年)の作者、ブラム・ストーカーは流血を辞さぬ激しくたくましいフォワードとして鳴らし、のちに吸血鬼の物語を書き上げた。
各地域、各国、それぞれの協会の軌跡。階級社会。男性優位思想。人種差別。アマチュアリズムからプロ容認への経緯。網羅的なのにちっとも退屈しない。それは著者が物語の力を熟知し、しかも、文筆の才能を有しているからだ。ヒストリーとはストーリーなり。読んでおもしろいエピソードの数々は、歴史家らしい文献の渉猟、引用箇所の誠実な明示によって、事実として担保される。すなわち裏づけのある物語。学問の制約があればこそ人間を綴る自由がそこにはあった。ざっと500ページで税抜き5800円。書架を窮屈にすることも確実だ。すぐに手の出る本ではあるまい。でも何試合分かのチケットと考えてはいかがだろうか。
もうひとつ19年の翻訳書を。『フィジーセブンズの奇跡』(辰巳出版・ベン・ライアン著、児島修訳)。リオデジャネイロ五輪でフィジーに同国史上初の金メダルをもたらしたイングランド人指導者の体験記は、ラグビーに限らずスポーツのコーチの必読書だろう。異文化に浸る。必然、地域主義や政治や貧弱な予算とぶつかる。どうしても勝ちたいので深く悩む。やがて「違うから同じ」という人間の普遍がわかる。栄光の回顧録はまた自省の記でもある。実によく勝つコーチなのにトロフィーを選手とともに掲げるのが好きではない。なぜか。「チーム写真が台無しになる」。金銭に執着しない生き方はそんな一節にも浮かんだ。
最後に。『傭兵の告白』(洋泉社・ジョン・ダニエル著、冨田ひろみ訳)を。2007年に刊行。12年に邦訳。1995年にラグビーのプロ化は容認された。ニュージーランドのなかなかのロックであった著者はさっそくフランスのクラブへ「傭兵」として渡り、9シーズンを過ごす。その体験と考察の書だ。もともとはオックスフォード大学で英文学を修めたジャーナリスト。プロ選手がプロのライターだった。まさにプロ創成期ならではの貴重な記録でもある。生々しい体験をユーモラスに描き、異なる文化にとまどいつつも敬意を忘れない。だから読後感がよい。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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