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おしまいの始まりにひとつの感激があった。サンウルブズ、開幕節に勝つ。スーパーラグビーにおいて白星をつかんでの発進は「初めて」だ。そして「これが最後」でもある。
トップリーグのシーズンと重なった。国内主力級の参加は難しい。もとより本年限りのサヨナラも決まっている。ファンの期待は薄かった。そう書いて間違いではない。なんて他人事を装うのはズルで、白状するなら、本稿の筆者も同じだった。
だから福岡からの朗報に酔っぱらいたくなった。36-27。レベルズを堂々と退ける。東京都内のサンウルブズ熱烈支持の主人の酒場で、カチンと褐色ビールのグラスを鳴らした。次戦は、2月15日、秩父宮ラグビー場における対チーフス。現代の名将のひとり、前ウェールズ監督のウォーレン・ガットランドが率いるニュージーランドのフランチャイズを破るのは簡単ではあるまい。でも、そんな難儀もまたうれしくなる。
選手の会場入りの直後、フランカーで先発の布巻峻介をJSPORTSがインタビューした。
写真:布巻 峻介選手
「約4週間という短い期間にも最高の準備ができたと思っています」
自軍の開幕試合前に「よい準備ができなかった」とマイクに口にするラグビー選手はこの世にいない。ではパナソニックワイルドナイツ所属、10番のゲーム理解と12番のパス能力を備えた7番もありきたりな「辞令」を述べたのか。違う。この人は心にないことは言わない。ほどなく、それは証明された。
空港のそばのスタジアムに終了の笛が響き、ややあって記者会見が始まる。 サンウルブズの大久保直弥HC(ヘッドコーチ)は言った。
写真:大久保直弥HC(ヘッドコーチ)
「サンウルブズ、大丈夫か、という声もあったようなので、この勝利を機にわれわれが寄せ集めではないとわかっていただけたらうれしいです」
ふたつのコメントのあいだに太陽カラーのジャージィの具体的な攻守があった。
開始1分。いまでも昨年のワールドカップのジャパンの一員であったような気にさせられる実力者、布巻が見事なターンオーバーを成功させる。よき予感を呼ぶ幕開けだ。同8分過ぎ。右ラインアウト起点、近場の縦を突き、短く右へ持ち出し、ラックから元南アフリカ代表の9番、ルディ・ペイジがショートサイドで巧みに時間をつくり、天理大学「3回生」(ある大阪出身のファンが『関西の大学の選手には3回生、関東なら3年生と中継で呼び分けられるとゾクっくる』といつか話していた)の14番、シオサイア・フィフィタが急がず「タメ」をつくって一気に抜けた。左展開。元イングランド代表のベン・テオからパナソニックの森谷圭介、12ー13のミッドフィールドにパスは渡りフィニッシュはかなった。
もうひとつトライの場面を。後半21分。スクラムからの右8ー9、ナンバー8の共同キャプテン、スーパーラグビーにこれで93試合出場のジェイク・シャッツから、寸前に途中交替で入った早稲田大学4年、もちろん初登場のSH齋藤直人へつなぎ、これみよがしでなく自然に前へ出た両CTBのおとりの背中に滑らかなパスを通す。10番、南アフリカA代表のガース・エイプリルがそのままインゴールへ。G成功で34ー13と差を広げる貴重なスコアだった。
上記の両得点には緻密な準備の匂いがする。複雑ではないけれど効果的な仕掛けをいわば粛々と遂行する。ぶつかり合うコンタクトの細部も仕込まれていた。大久保HC以下、沢木敬介コーチングコーディター、ネイサン・グレイ、田村義和、指導陣の努力の成果である。このサンウルブズでは日本のHCが最上級プロのレベルで多国籍チームを率いる。ここにも「おしまいのシーズンの初めて」があった。これから容易でない連戦が待ち受ける。とても楽観はできない。それでも事実としての開幕節勝利に、ますます英語の支配する近年の国際ラグビーにあって、日本に生まれ育ちジャパニーズを母語とするコーチの能力は証明された。
2020年のサンウルブズにはさまざまな背景の個性が集う。まずコーチ席がそうだ。かつて日本代表の不屈のFW、大久保HCは、神奈川の法政大学第二高校ではバレーボール部に所属していた。スクラム担当の田村コーチは青森の弘前実業高校でなんと写真部、卒業後、自衛隊に進んで楕円球と出合い、やがてヤマハの強力スクラムの象徴となった。だからどうなのかと聞かれると困る。ただ、選ばれし者のスーパーラグビー、そのひとつのチームのコーチングスタッフ計4人のうち、ふたりまでが高校では未経験というのは興味深い。ラグビーはいいスポーツなのだ。
写真:谷田部洸太郎選手
ロックの谷田部洸太郎は、この日、いつものようにひたひたと体を張って、オーストラリア代表ワラビーズの主力を複数並べた相手をやっつけた。でも経歴は必ずしもトップ級ではなかった。群馬の樹徳高校入学時、背は「183㎝」に達していたのに体重は「63㎏」のやせっぽち、各運動部の勧誘会、おっかなそうな先生に「お前にはラグビーしかない」と声をかけられて、中学では平凡な陸上部員の新入生は入部してしまう。後年、一流になって、こう語るのを聞いた。「ラグビーという言葉を知らないときにラグビーしかないといわれて」。名言だ。国士館大学時代は2部リーグ暮らし、そこからパナソニックに縁がつながり、ざっと5年の下積みを経て、まずタックルで存在を示し、とうとうここまできた。
愛称ウルブズにはエリートもいる。今季加入のテオはニュージーランド生まれ、もともとは13人制のラグビーリーグで活躍、15人制でレスターにスカウトされ、イングランド代表の道を歩んだ。キャップ18。昨年のワールドカップのメンバーを外れると、それがニュースとなった。17年には栄えあるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズでもオールブラックスとのテストマッチに名を連ねている。樹徳高校の体育館で何も知らずに運命をたぐった元細身少年とのふいの交錯もまたラグビーならではかもしれない。
福岡のレベルファイブスタジアム、あるいはテレビ受像機の前、谷田部を、布巻を、シャッツを、ペイジを、エイプリルを、齋藤を、テオを、森谷を、フィフィタを、サンウルブズを凝視した者は、その日、ひとつの長き記憶を得た。俺たちに明日はない。そうかもしれない。しかし記憶の「その日」は、明日になっても「その日」なのである。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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