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日本大学アメリカンフットボール部の指導者の仕掛けた「青春の損壊」がむごい。もちろん、ひとつはスポーツの範疇に収まらぬ悪質なタックルを背中に浴びた関西学院大学の罪なき選手の傷だ。もうひとつ、当該の日本大学部員から剥奪された「自分らしく生きる」権利も。
本稿執筆時点では、事実の確定はなされていない。しかし、非道のタックルをした選手の実名を明かし、姿をさらしての記者会見の内容を疑うのは難しい。ああいうことなのだ。学内の権力者でもある監督、メッセンジャーとしてのコーチ、そして本人、そこに本当のコミュニケーションは存在しない。ほのめかしを装う命令。忖度。服従。意思疎通の欠けた人間集団では弱い立場の者たちが弛緩するか萎縮する。今回は後者だった。その先に「思考不能」は生じた。
スポーツの勝負では「決まったことを迷わずやり抜く」と強い。チームづくりの過程で、貫いたからこそわかる間違いを実感できて、結果、応用や修正がむしろ滑らかに運ぶ。
ただし、それは監督やコーチの知性と努力と人格が前提だ。熟慮を重ね、国内外の情報を集め、そのうえで、あえて戦法や強化法をかっちりと定め、チームと個人を観察、いま遂行している方針が正しいのかを常に検証する。全部員ひとりずつとの意思疎通は不可欠だ。指導者はいつでもリッスンしなくてはならない。耳を傾け、また傾け、最後に監督が決める。いざ決めたら簡単に妥協はしない。
コミュニケーションを認めぬ独裁的指導は、普通、栄光に届かない。格上に大敗、同格にも敗れるだろう。ただし戦力が潤沢なら、ピリピリと緊張するだけでも、ぼんやりと緩んでいるよりは結果につながる。うまくて大きくて速い選手がたくさんいて、歪んではいても、強権によって、少なくとも体力と緊張感は保たれる。素質と経験の優位が実相をカムフラージュしているとも解釈できる。他方、選手層の薄いチームに意思疎通なしの強権がはびこると、もっと弱くなる。
日本大学広報部は、5月22日のコメントで、「つぶせ」は「思い切って当たれ」という意味だと述べた。なるほどラグビーの「殺せ」も「相手をきつい防御で無力化する」や「正当なタックルで激しく倒し切る」のいわば符丁だ。「つぶせ」は「スクラムで壊滅させろ」かもしれない。しかし、そのことは、コーチに「殺せ」と気合いを入れられた選手が、フェアネスの範疇に必ずとどまるチームだから言えるのだ。現実に刑事罰のささやかれるタックルで壊したなら、そこでの「つぶせ」は「意図的に負傷させろ」と重なる。
クラブに「どんなに勝ちたくても、ここから先には踏み出さない」という文化が浸透していれば、まさに、ロッカー室の「つぶせ」は「思い切り当たれ」に等しい。今回の件は残念にもそれとは違った。言葉を封じた指導者が、ひとりずつの青春を私物化した。
今回のような出来事があると、どうしても「勝利への執着」の分は悪くなる。でも競技スポーツとは、もとより勝利を追求するものだ。そうでないと楽しめない。低山でなしにチョモランマ登頂をめざすには厳しい鍛錬、強固な規律、つまり「快くない時間」を経なくてはならない。常に快適なだけでは個人も集団も成長しない。「快」はもろい。
指導者は、ときに試練を課すからこそ、個の尊厳を大切にしなくてはならない。コミュニケーションは酸素だ。スポーツ、たとえばラグビーに真剣に取り組むと、練習を通して、その瞬間にはとても辛く感じるが、あとで省みると、ふと微笑するような経験をできる。いやなこと、そのあとのよいこと、なんとか乗り切りながら、自然にストレスへの耐性を身につけ、苦しいときにもなくさぬフェアネスの値打ちをつかむ。
しかし、今回の日本大学の選手は、何十年か過ぎて、仮に社会的にも私的にも成功できたとしても、なお、このことを「省みる微笑」にはできない。監督の敗北である。
最後に。辛かっただろう記者会見に臨んだ20歳の若者は、きっと、いや絶対に、同じ過ちを繰り返さない。スポーツとは挫折に学ぶ再起の機会でもある。せひ、アメリカンフットボールを、そうはいかぬのなら、それこそラグビーに転じてでも、闘争的スポーツにもういっぺん取り組んでもらいたい。広い世界には、激しく厳しく、なお、きれいで自由なスポーツの場はたくさん存在する。
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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