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日本のセブンズを知り尽くした男が満を持して現場の先頭に立つ。2018年5月21日、日本ラグビーフットボール協会は、東京オリンピックに向けて強化を続ける男子セブンズ日本代表のヘッドコーチに岩渕健輔氏(42歳)が就任することを発表した。このニュースを聞いて驚いた人は多かっただろう。岩渕氏といえば、2017年1月より、男女7人制の総監督(Team Japan 2020男女7人制総監督)を務めていた。マネージメント側にいた人が現場の最前線に立つことになったわけだ。総監督は兼務する。
2016年のリオ五輪以降、男子セブンズ日本代表を率いていたダミアン・カラウナヘッドコーチは、2年の契約期間を満了し、2018年5月31日付で退任する。カラウナHCの退任理由について、総監督の立場として岩渕氏は「契約時に決めていたターゲットをいくつクリアしたか、クリアできなかったか、そうしたことを総合的にレビューしての結果です」と話した。
次期HCについては、岩渕総監督としても数名の海外のコーチをピックアップしていたという。しかし、日本協会の強化委員会は岩渕氏を推した。坂本典幸専務理事は世界トップレベルのセブンズの知見を選手たちに落とし込んだカラウナHCの功績を称えつつ、次のように説明している。「東京オリンピック2020 でのメダル獲得を視野に入れたときに、選手の所属するチームや企業のこと、日本人選手のことをより理解出来る日本人の HC が相応しいのではないかと考え、岡村会長や関係スタッフと協議した結果、セブンズにずっと携わってきた岩渕総監督に男子セブンズ日本代表HCに就任してもらうことを決めました」
セブンズの世界は強豪国といえども競技人口は少なく、国代表レベルでしか世界トップレベルの指導経験は積めない。したがって、ヘッドコーチの選択肢は少ない。その中で、青山学院大学時代の1996年からセブンズ日本代表に選出され、選手、コーチ、マネージメントサイドで日本のセブンズを長らく支えてきた岩渕氏を推す声は以前からあった。しかし、ケンブリッジ大学卒業で国際的な人脈も広く、マネージメント能力にも長けた岩渕氏は、2016年まで15人制日本代表も含む日本代表GMを務めるなど、若くして全体を統括する立場に就いていた。
今回、ヘッドコーチ就任を引き受けた理由についてはこう説明している。「東京で、現場に立ってメダルを獲るということを、自分がやらなければならない。そう判断しました。セブンズ日本代表のコーチとしてかかわるようになったのも、オリンピックの種目に採用されるかもしれないということを知っていたからです。(カラウナHCが)残してくれた世界トップの考え方、理論を発展させ、さらにいいチームをつくっていきたいと思います」。
岩渕HCは、2015年の15人制ラグビーワールドカップ(RWC)、2016年のリオ五輪のセブンズ日本代表の両方をGMとして支えたが、この時までの強化を「プロジェクト型」と称している。RWCであれば南アフリカ、リオ五輪であればニュージーランドという強豪国にターゲットを絞っての強化という意味だ。これによって世界を驚かせたわけだが、結局は本来の目的であったベスト8、メダル獲得を逃した。2020年の東京でメダルを獲得するためには、大会を通して力を発揮できる「地力」を身につけなくてはいけない。それが新HCのミッションになる。
男子はまだしも、女子総監督との両立は難しいのではないか、という声もあるが、岩渕HCは「他競技を見渡しても珍しいのですが、セブンズは男女が同じ場所で同じ時期に世界大会を行うことが多い。男女が連携をとることが求められる競技ですので、可能だと思っています」と説明した。
セブンズ日本代表の選手招集の難しさについては、「15人制のRWCの翌年にオリンピックがあるという順番は変わらないでしょう。多くの選手がRWCを目指したあとに、オリンピックに挑戦しようとしています」と理解を示し、こう説明した。「セブンズで大事なのは、選手を集めてチームを作るというより、ずっと来てくれる選手を鍛えて強くすることです。15人制と7人制はそれぞれが競技として成熟しており、両方できる選手は少なくなっています。日本で言えば、2015年のRWCと2016年のオリンピックの両方に出たのは福岡堅樹だけです。セブンズにベストメンバーが集まっていないと感じる方は、15人制の日本代表選手の顔が浮かんでいると思いますが、リオ五輪までの強化に関わっていたメンバーの多くが今年もセブンズ日本代表でプレーしていますし、実際にはセブンズの中でステップアップしてきた選手が多い。ユース世代から選手を発掘、育成するセブンズアカデミー(一期生は福岡堅樹、松島幸太朗ら)からも選手が育っています」
日本協会とセブンズの専任契約を結んでいるのは、小澤大キャプテン、鶴ケ崎好昭、林大成の3名だけだが、リオ五輪のメンバーでもあった坂井克行(豊田自動織機シャトルズ)ほか、橋野皓介(キヤノンイーグルス)、本村直樹(ホンダヒート)らは常時参加し、中心メンバーは固まっている。これらの選手を鍛え上げ、そこにRWC2019後に五輪に挑戦する選手が出てきて「良い競争」が生まれ、さらに強いチームができあがっていくことを岩渕HCも望んでいる。
長らくセブンズ日本代表の活動に携わってきた岩渕HCは過去のデータを活用し、他競技の代表チームとの交流を深め、スポーツ界の最先端の情報を収集しながら強化にあたる。メダル獲得のために「世界一のものをいくつ作れるか」が肝だとも話した。今年の4月、香港で開催されたワールドラグビーセブンズ 2018-2019 シリーズ コアチーム予選大会で、セブンズ日本代表は優勝し、今年の11月から始まるセブンズシリーズ全大会に出場できるコアチーム昇格を達成した。一年おきに昇降格を繰り返しており、定着できないのが実状だが、2020年に向かって世界の舞台で戦える機会が増えたのは歓迎すべきことだ。
「来シーズンは11月下旬のドバイ大会から始まります。いまから6カ月しかありません。その間に、セブンズのワールドカップ(アメリカ、7月開催)があり、アジア競技大会、アジアセブンズシリーズがある。それぞれの大会に向かって良いコンディションを整えていくことも大事ですが、オリンピックに向けては、ワールドシリーズで結果を出していくことが大事です。そこでベスト8、ベスト4に入るような戦いを経験しておかないと、メダルは獲得できない。短期的な結果を求めながら、長期的な強化を進める必要がある。大会がたくさんありますが、その中で選手に負荷をかけて鍛えていきたいと思います」
東京五輪の出場枠は男女ともに開催国が確実に出場できるかどうか決まっていない。日本代表も予選を突破しなくてはならない可能性がある。リオ五輪を例にとれば、ワールドシリーズの4位以内か各大陸予選の1位になることが必要だ。最低でもアジアの1位になる実力をつけておかないと、出場を逃す可能性もある。岩渕HCがリオ五輪後に痛感したのは、日本ラグビー界史上最高の4位になっても、帰国後、何も起こらなかったということだ。メダルを獲得しない限り日本では話題にならない。そのため、東京オリンピックには自身のすべてを賭けて臨む覚悟だ。就任会見の夜、港区と日本協会が開催する「みなとスポーツフォーラム」では、聴衆に向かって最後にこう語った。
「東京オリンピックまで800日を切っています。これまでのラグビーの状況を考えれば、東京オリンピックでメダルを獲る以外、結果を出せたとは言えない。そのために、(今後の強化において)一つのミスもなくやってく必要があります。2019年も含めて、2020年も皆さんの応援がないと良い結果は出ないと思います。800日後に、日本ラグビーの先の50年が決まってしまう。そういう覚悟でやってまいります。ぜひ応援よろしくお願いいたします」
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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