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モーター スポーツ コラム 2024年11月19日

ラリージャパン注目!日本のエース、勝田貴元のサーキット時代が凄かった。

モータースポーツコラム by 辻野 ヒロシ
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錚々たる顔ぶれの中心で笑顔をみせる勝田選手

錚々たる顔ぶれの中心で笑顔をみせる勝田選手

2024年11月21日(木)〜24日(日)に愛知県・岐阜県で開催されるWRC(世界ラリー選手権)の最終戦「ラリージャパン2024」。今年のワールドチャンピオン決定戦がここ日本で開催されます。「J SPORTS」ではオンデマンド配信とテレビ放送でラリージャパンの模様をライブでお届けします。

やはり注目は日本人ドライバーの勝田貴元(TOYOTA Gazoo Racing WRT)の活躍です。昨年のラリージャパンでも、急に押し寄せた寒波の中、10ステージで優勝。しかし、2日目のクラッシュが最後まで影響して総合5位。表彰台には届かずとなってしまいましたが、ラリージャパンで日本人が勝つ瞬間を見られるかもしれない、という気持ちが高まりましたね。勝田は2022年に3位表彰台を獲得していますし、波乱の展開になりがちなラリージャパンでは今年も大いにチャンスがあるでしょう。

そんな勝田貴元が元々レーシングカートからキャリアを始め、全日本F3選手権まで登り詰めたサーキット出身のレーシングドライバーだったことはご存知の方も多いでしょう。今やすっかりラリードライバーという肩書きが板につき、近年にラリードライバーとしての勝田を知った人はサーキットの印象は薄いかもしれませんが、実は彼はサーキットでも素晴らしい才能を発揮したドライバーだったのです。

そのキャリアを振り返ってみましょう。1993年、祖父、父ともにラリーのトップドライバーのファミリーで産まれた勝田は12歳でレーシングカートのレースに参戦します。まず、カート時代のキャリアハイライトとしては2008年にヤマハのワークスドライバーに抜擢され、全日本カート選手権の最高峰クラス(当時KF1)でデビューウインを飾っていることです。ヤマハワークスはカート界では将来有望な花形たちが起用される名門です。チャンピオンにこそなれなかったものの、フォーミュラにステップアップした後もタイヤメーカーのテストを任されるなどカートレーサーとしても優れた才能を発揮していました。

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【全SS LIVE配信】WRC世界ラリー選手権 2024 Round13 フォーラムエイト・ラリージャパン2024

そして、2009年には小林可夢偉らF1ドライバーも輩出したFTRS(フォーミュラ・トヨタ・レーシングスクール)で合格し、2010年にトヨタの育成ドライバーとしてフォーミュラカーデビューを果たします。ただ、勝田にとって残念だったことはリーマンショックの影響による大不況の到来で、トヨタが2009年末をもってF1での活動から撤退しまったことでした。当然、F1を目指していた勝田や同世代のドライバーたちにとっては急に夢を打ち砕かれた瞬間でした。

その当時のトヨタ育成ドライバーたちは夢を聞かれても「F1に行きたいです」と答える選手は少なく、「夢はSUPER GTでチャンピオンになること」と現実を見据えて語ることが多かったのです。本当に彼らにとって不運でした。

しかし、一度乗ってしまった船であり、彼らにとってはプロになるチャンス。勝田は2011年、当時の若手登竜門レース「FCJ」(フォーミュラ・チャレンジ・ジャパン)でシリーズチャンピオンを獲得します。実はこれ、今考えると凄いことです。当時のライバルはトヨタのWECドライバーとしてワールドチャンピオンも獲得した平川亮、SUPER GT/GT500クラスのチャンピオンにもなった平峰一貴、同じくGT500ドライバーの高星明誠、そしてGT300クラスで優勝も飾った元嶋佑弥など、今も勝つために必要な戦力として高い需要を持つトップドライバーたちと勝田は切磋琢磨していました。

FCJは今でいうFIA-F4のようなジュニアカテゴリーですが、マシンが一括管理されるシステムのレースで普段から練習できません。しかも、定期的にマシンと担当メカニックがシャッフルされるシステムになっていて、セッティングもほとんど固定だったため、マシンの個体差に成績が左右されることも多かったレースでした。2011年シーズンは途中、全く結果が出ない苦戦が続きますが、終盤戦に勝田は4連勝。特に3連戦の最終ラウンド・もてぎでは彼の強みであるブレーキング能力がまさに活かされる形で3連勝を成し遂げ、王座に輝いたのです。

勝田貴元(TOYOTA Gazoo Racing WRT)

勝田貴元(TOYOTA Gazoo Racing WRT)

チャンピオンになったほとんどのドライバーがスーパーフォーミュラやGT500で優勝するまでに至ったジュニアカテゴリーでチャンピオンになったわけですから、彼がラリーに転向することがなく、サーキットレースのキャリアを続けていれば、今は日本のトップカテゴリーを制するドライバーになっていた可能性が非常に高いと思います。

F3にステップアップしてからも中山雄一、松下信治、野尻智紀、千代勝正らと争い、優勝も飾っていますから、少なくとも順調にプロドライバーとしてステップアップをしていったはずです。

そんな彼の転機となったのはトヨタがWRC復帰に合わせて立ち上げた若手発掘プロジェクト「ラリーチャレンジプログラム」への挑戦です。同プログラムのオーディションを受けて選出された勝田はその後、フィンランドでの特訓に参加し、完全にラリードライバーに転向します。この時代の勝田にインタビューした時は「ラリーは全然違う世界で、サーキット走行の突っ込み癖が直らない」という話をしていました。クラッシュが頻発し、当時の担当者からはステップアップできるかギリギリのラインにいると聞いていました。まさに崖っぷちに居たことは今考えられると信じられませんね。

サーキットでの鋭く、強いブレーキングは彼の強みであり、一度身体に染み付いてしまったものを取り去るのは大変な作業だっただろうと想像します。相手よりも奥まで突っ込んでバトルをするサーキットレースと違い、毎回違うコース、路面状態の中で走るラリーでは時にはマージンを取り、全体をマネージメントする能力が求められます。まずは何事もなくしっかりフィニッシュすることが肝心です。

さらに同じコースを繰り返し走り、ラップタイムを落とさずに走る「再現性」が要求されるサーキット走行と違い、ラリーでは異なる路面に対する適応力、そしてペースノートを読むコ・ドライバーとの信頼関係も重要になってきます。自分一人でレースをしているわけではないということを当時の勝田は語っていました。

その後、勝田貴元はラリードライバーとして急成長を遂げ、2021年からはWRCにフル参戦を開始。今季もサファリラリーで表彰台に立つなど結果を残せるドライバーへと大きく成長しているのはご存知の通りです。

TOYOTA Gazoo Racing WRT

TOYOTA Gazoo Racing WRT

若いジュニアフォーミュラ時代から変わっていないのですが、勝田はどんなに苦しく悩ましい状況でも決して真顔で愚痴ったりする姿は見せない選手です。取材する側が分からない事を非常に分かりやすい言葉で丁寧に説明してくれる能力は彼の大きな武器でもあると思っています。WRCのレギュラードライバーになってからも飾ることなく、少年の頃のままの勝田貴元がいつもそこに居るのです。

ラリーのルール、面白さ、凄さ、魅力を映像だけで伝えるのはなかなか難しいことだと思います。近年はスポーツカーに乗る人もスポーツドライビングを楽しむ人も少なく、快適なクルマを好む人が増えてきている時代ですから、より実社会とのギャップは大きくなりつつあります。しかし、そんな時代だからこそ、誰にでも分かりやすい言葉でメッセージを発信し、ラリーに詳しくない人でも楽しい気分にさせてしまう勝田。彼は一流のアスリートとして必要な要素を多く持ち合わせている稀有な存在ですよ。

ラリーファミリーの家に産まれながらも、もがき、苦しみ、努力を重ねたからこそ今の立場がある。生まれ育った愛知県が舞台のラリージャパンで勝田貴元が栄光を掴み取る瞬間をぜひ見たいですね!頑張って!

文:辻野ヒロシ

辻野 ヒロシ

辻野 ヒロシ

1976年 鈴鹿市出身。アメリカ留学後、ラジオDJとして2002年より京都、大阪、名古屋などで活動。並行して2004年から鈴鹿サーキットで場内実況のレースアナウンサーに。
以後、テレビ中継のアナウンサーやリポーターとしても活動し、現在は鈴鹿サーキットの7割以上のレースイベントで実況、MCを行う。ジャーナリストとしてもWEB媒体を中心に執筆。海外のF1グランプリやマカオF3など海外取材も行っている。

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