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圧巻の走りを見せたリアム・ローソン
シリーズも中盤戦に突入した2023年の全日本スーパーフォーミュラ選手権。 “ピット戦略”がキーワードとなった第4戦オートポリスはでは、最近F1行きの噂も上がっているリアム・ローソンが、初経験となるオートポリスで圧巻の走りをみせた。
“王者不在”という波乱から始まった九州決戦
体調不良の野尻に代わって急遽抜擢された大津弘樹
前回の第3戦鈴鹿では、宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)が初優勝を飾り、ランキング首位の野尻智紀(TEAM MUGEN)がリタイアに終わったことにより、上位陣のポイント差が一気に縮まった。
中盤戦の始まりとなる第4戦オートポリス大会で、誰がチャンピオン争いの主導権を握るのかに注目が集まったが、開幕前日の金曜日に驚きのニュースが飛び込んできた。野尻が現地に来てから体調不良を訴え、肺気胸の診断を受け、レースを欠場することに。代役には大津弘樹が抜擢され、金曜日の夕方にチームから電話を受け、急いで準備してその日の最終便で熊本へ移動し、土曜のフリー走行からマシンに乗り込んで走行に臨んだ。
王者不在という予想外の1戦が始まったのだが、土曜朝のフリー走行から速さを見せたのが、ローソンだった。オートポリスを走るのは今回が初めてという状況ながら、フリー走行ではいきなりトップタイムを記録。午後の予選でも問題なくQ2に進出し、2番グリッドを獲得した。
「ターン8でわずかにスライドしてしまったのが勿体なかった」とローソン。そのミスがなければ、ポールポジションも獲得できたという表情をみせるほど、今週末は自信に満ち溢れている様子だった。
戦略勝負となった第4戦。デメリットな部分を自身の走りでカバー
リアム・ローソン
日曜日の午前に行われたフリー走行2回目でも、1分30秒台のラップを刻むなど安定した走りをみせていたローソン。すっかり優勝候補の一角として、周囲も警戒していたが、決勝レースでは、我々の予想をさらに上回る走りをみせた。
スタートでは、3番グリッドの阪口晴南(P.MU/CERUMO・INGING)の先行を許してしまったローソン。序盤は阪口のペースに付き合う形となってしまったが、無理に追い抜きにいく素振りをみせず、冷静にチャンスが来るのを待った。
今シーズンの彼の戦いぶりをみると、相手より先にタイヤ交換を済ませ、順位を逆転する“アンダーカット”の戦略を得意としている。とはいえ、オートポリスはタイヤに厳しいコースということもあり、早めのタイミングでタイヤ交換をすると、後半でタイヤが厳しくなってペースダウンにつながる懸念もあった。
加えて、今回は複数のライバルが力強いペースで走っていることもあり、誰をターゲットにして、ピットのタイミングを決めるのか、各チームともに判断に悩みながらレースを進めていった印象があった。
その中で、15号車陣営は13周を終えたところでローソンをピットへ呼び込んだ。すでにタイヤ交換を終えて、後方から追い上げてきている牧野任祐(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)をけん制しつつ、前を走るP.MU/CERUMO・INGING勢に対してアンダーカットを仕掛けていくと言うのが狙いだった。
つまり、ローソンはピットアウト直後から複数ドライバーの動向を意識しながら、ペースアップをしなければいけなかったのだが、TEAM MUGENの素早いピット作業にも助けられ、ひとつひとつミッションを遂行していく。
まずは牧野の前でコースに復帰を果たすと、開幕戦でも魅せたアウトラップでの速さを活かし、翌周にピットインした阪口を逆転。まずは1人目のアンダーカットに成功する。
ここから、トップを走る坪井翔(P.MU/CERUMO・INGING)との差を縮めにかかったローソンだが、前方にはピットに入っていない後方集団が現れた。彼らのペースに付き合ってしまうと、坪井の逆転は叶わないため、狭いオートポリスで前を行くマシンを追い抜いていかなければならない。
初めてオートポリスでレースをする彼にとっては、さすがに難題かと思われたが、ここでもローソンは粛々とミッションを遂行し、自力で数台をパスすると、トップ集団と同じ1分31秒台のペースに戻し、25周目にタイヤ交換をした坪井の逆転にも成功した。
戦略としては完璧な内容だったローソン&15号車陣営だったが、このままで終わらないのがスーパーフォーミュラというレース。アクシデントの影響で30周目にセーフティカーが入ったのだ。
セーフティカーが入った30周目
これで前後のギャップがリセットされたうえに、2番手の坪井、使った周回数の多いタイヤを履いている状態となったローソン。普通に考えれば不利な展開で、実際に本人も「一瞬は不安を感じた」と語るが、レース再開からの終盤戦でも、F1候補生の強さを見せつけられた。
レース再開直後の2周で自己ベストのラップタイムを連発し、坪井に対して2.5秒のギャップを築くと、最後は一番タイヤが新しい宮田が迫ってくることを想定してタイヤをセーブ。最終ラップは、残っているオーバーテイクシステムを全て放出。最後まで隙を見せない走りで逃げ切り、見事今季2勝目を飾った。
「早めにピットに入る戦略でいって、トラフィックもあったが、うまく追い抜くことができて、ギリギリで2人(坪井と宮田)の前に出ることができた。終盤の15周くらいは、とにかくタイヤを温存しながらポジションを維持できるように頑張った。今回も素晴らしい仕事をしてくれたTEAM MUGENと、体調不良で参戦できなくても、現地にいてチームのために動いてくれた野尻選手に感謝している」
こうして自分の勝利に酔いしれることなく、周囲への感謝のコメントを忘れないローソン。これも彼の強さの源なのかもしれない。
今回のレースでは、優勝争いに絡んだドライバーが複数人おり、それぞれの状況を鑑みて、どのタイミングでタイヤ交換をするかが、勝敗の分かれ目となった1戦だった。
どの戦略を選んでも、メリットとデメリットがあるという状況だったが、特にローソンに関しては、選んだ戦略のデメリットとなる部分を、自分自身の走りでかき消していけたことが、勝利につながったのだろう。
“言い訳をせず、自分にできることは何でもやる”オートポリスで垣間見えた彼が初コースで強い理由
リアム・ローソン(左)と田中洋克監督(右)
そして何より、多くのファンや関係者が驚いているであろうことが、初経験となるオートポリスで、これだけの好結果を残せたこと。これについてローソンは「シミュレーターで何度も練習を繰り返したし、オンボード映像も細かくチェックした。とにかく、得られる情報は全て集めて、自分のものにしようと思った」とコメントしていた。
彼の高い適応力を裏付けるのは容易ではないが……もしかすると、F1のオラクル・レッドブル・レーシングでリザーブドライバーを兼務していることが、大きな影響を与えているようだ。
リザーブドライバーとして、時にはサーキットで万が一に備えてチームに帯同しているときもあれば、レッドブルのファクトリー内にあるシミュレーターで様々なテストを行い、データ収集やフィードバック、セッティングの評価などをすることもあるのだという。
シミュレーターという限られた環境下で、正確な評価が求められる仕事だが、それをこなしていくなかで、彼も気づいていないうちに身についているものがあるのだろう。
事前にスーパーフォーミュラの車両を使って実走行でのテストができなかったことを言い訳にするのではなく、限られた環境下で、コース攻略のために参考になる情報全てに目と耳を傾け、レースで勝利する上で必要な運も引き寄せられるように、自身にできることは何でもやる。この貪欲さが、今季の快進撃の要因なのかもしれない。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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