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SUPER GT 第6戦:嵯峨宏紀(No.31 TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT)「ウィニングラップでは、5年間勝てなかった思いを噛みしめていたが……意外と冷静だった」
SUPER GT あの瞬間 by 島村 元子辛子蓮根に扮した嵯峨選手
「SUPER GT あの瞬間」と題して、レース内容をドライバー自身に振り返ってもらう本企画。一部映像化し本コラムの最終ページで視聴可能である一方、本コラムでは余すことなく全文を紹介する。
オートポリス戦を迎えるまでノーハンディだったNo.31 TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT。唯一無二のハイブリッド車両としてシステム開発を続ける中、さらに今シーズンはFR化によるセットアップにも尽力してきた。さまざまな”産みの苦しみ”を経て、ようやく掴み取った初勝利までの道のりを嵯峨宏紀選手に訊いた。
──待望の今季初優勝がポール・トゥ・ウィンとなりました。
嵯峨:プリウスで勝ったのは、2016年(第4戦SUGO大会)以来です。ポール・トゥ・ウィンだと昔、ウェットのレースであったかも(※1)。ドライだと初めてかもしれないですね。
※1:2015年第8戦もてぎ大会でポール・トゥ・ウィン。ウェットの予選で嵯峨自らがポールポジションを獲得。決勝は、序盤はウェット、後半はドライコンディションでの一戦だった。
──今シーズンはなかなか結果が残せず、関係者の皆さんとともに開発に携わる立場として、なんとかしたいという思いが膨らんでいたのではないですか? またフラストレーションは溜まりませんでしたか?
嵯峨:フラストレーションというよりも……(参戦車両が2019年から)PHV(プラグインハイブリッド)になって、東京オートサロンで参戦発表をしたときに『プリウス史上というかapr史上、良くなるか悪くなるかわからない』とコメントしたのですが、まさにそのとおりでした。ほんとにトライ&エラーの連続で……。同じプリウスですがエンジンが大きく変わり、FR車両になったことで、今まで使ってきたバックデータがまったく役に立たない中での戦いでした。データをコツコツ積み重ねてきた中での勝利だったので喜びもひとしおでしたし、この方向で正解なのかな、というものがようやく見つかったので。ちょっとホッとしました。
僕たちの車両_GT300車両は、GT3と異なる魅力があって。自分たちで開発していろいろ足りないものは新たに部品を作ったりしてコツコツとやっているので、そういう部分で言うとやりがいを感じています。(FIA)GT3のようにいじるところが少ないというか、基本的に買ってきたパッケージで、基本的にタイヤ選択しかできない車両に比べると、難しさもあるし楽しさの部分もありますね。
──レース後、コンビを組む中山友貴選手、金曽裕人監督と並び立ったとき、皆さんが優勝をしみじみと味わっているような雰囲気が印象的でした。
嵯峨:正直、オートポリスでは勝てるとは思ってなかったんです。半分はしみじみ、半分はビックリで”なにが起きちゃったの!?”という感じだし……。おそらくは競馬で言うところの”万馬券”みたいな感じで。僕らが勝つとは誰も思ってなかったのでほんとにビックリしました(笑)。
ポールポジションを獲得
──ポールポジション獲得を果たした予選のアタックを振り返ってください。
嵯峨:レースウィークの流れとして、まずタイヤチョイス__ハードタイヤとソフトタイヤをどのチームでも2スペックくらい持ってきて、その中でタイヤを選択します。加えてセッティングをコンディションに合わせて行うのですが、aprではひとりのドライバーが『今週(の担当)は嵯峨です』とか『(コンビを組む)中山(友貴)です』 みたいな感じで(行う)。昔からそうなんです。で、やらない方は基本的にチェックで乗るだけなんです。(担当者は)ニュータイヤを2セットテストをするので予選Q1を担当して、チェックする方がQ2に行くというのが今までの流れでした。今回、僕がセッティングとタイヤ選択の担当だったのですが、手応えがあって……。
予選でかなり上位に行けそうな雰囲気があったし、『ポール(ポジション)が獲れるんじゃないか』という自信があったので、チームと中山選手とも話をして、『申し訳ないけれど、Q2担当させてくれ』と。口約束ですが(苦笑)、『必ずいい結果を出してくるから』と言って(予選に)行きました。一方、Q1担当の中山選手がトップで帰ってくるとは思わなかったので(笑)、『あれっ!? 友貴がQ2行ったほうが良かったんじゃね!?』と思いつつ、ドキドキしながらQ2に行きました。実際、想像以上いいいタイムだったので、自分としてもホッとしました。
──予選日でどんどんいい流れになった分、決勝に向けて優勝へのプレッシャーは大きくなりませんでしたか?
嵯峨:今年、僕らは開幕から5戦、ぜんぜん箸にも棒にもかからない順位でやってきて、ノーポイントのレースが続き……基本的にはタイトルに無関係だから、なんのプレッシャーもなくて。決勝朝の時点では『ポイントが獲れたらいいな』と思っていたのですが、朝のフリー走行(決勝前のウォームアップ走行)では、スゴくぶっちぎったタイムでトップだったので……。普通、朝(ウォームアップ走行)はみんなガソリン満タンにしてレースラップを想定して走るので、『あれっ!? これはいけるぞ』と、ちょっと(チーム内の)雰囲気が変わりました。
それに、朝のフリー走行(ウォームアップ走行)でトップタイムだった時点で基本的に勝ちは約束されているレースだから、なにもなければ勝てるよ、と(いう気持ちになった)。ただ何もなくレースすることが一番難しいという状況だったし、とにかく何事も起こさないように淡々と走ることだけを心がけ……。緊張もしましたが、緊張しないように淡々と『これはテスト、テストだ』って暗示をかけながら走っていました(笑)。
(ポールポジション記者会見では、あえて「優勝を目指します」と言わなかったのは)あのパターンで勝てなかったことが何度もあったので、(今回も)勝てると思ってなかったんです。実際、ウォームアップ走行が終わるまでは、ロングはそんなに速くないんだろうなと思っていたし、(決勝でも)セーフティカーが入ったりしてダメになるんじゃないかとレースが終わるまで思ってました(苦笑)。
SGTドライバートークショー
──そういえば、決勝朝に行われる(GT300、GT500各予選トップ3から各チーム1名ずつが出演する)「SGTドライバートークショー」でも、別の選手がポールポジションと紹介されていましたね。
嵯峨:それくらい今年は僕らはまったく目立ってなかったので(苦笑)。それにおかしな話ですが、せっかくたまにトップを走ったら、全然映像にも映らなくて、目立つことができなかったという……。
──レースはスタート直後から波乱の展開になりました。ピットでは、どんな気持ちで見守っていましたか?
嵯峨:心境は良くなかったです。実は、今回からGT300車両は給油リストリクターが追加になったんです。結果、給油時間が前回のレースよりも5-6秒遅くなるという計算になっていました。なので、その分のマージンを稼いできてからピットに入ってこなきゃいけないというのが、ファーストスティントドライバー(中山)の使命でした。ところがセーフティカーが入るたびに(マージンが)なくなるので、ちょっとツラいものがありましたね。レースでは、最後のセーフティカー(総合19周目~24周終わりまで)が入ったタイミングの直後が、スティント的にもピットインして(ドライバーが)代われるタイミングだったんです。
一方、その前に、ピットレーンオープンになったとき(14周終了時)にピットインして、ドライバーチェンジせずガソリン補給やタイヤ交換だけを終わらせて、次のピット作業を短くして逆転するという定石の作戦を採ったチームもいたんです。これをやられると、次のピットレーンオープンで(31号車を含む)全員がピットに入ったときに逆転されてしまうという絵が浮かんだし、(走行中の)彼(中山)もベテランだから走りながら(その可能性があることを)わかっていて……。このままだと負けるという状況だったので、あえて今回はセーフティカーが終わったあとにすぐ入らず、もう1回プッシュしてマージンを稼いでから(ピットに)入るという作戦に変えたんです。セーフティカーのリスクを考えたら、本来は前半ショートスティント、後半ロングスティントというのが今のGT300の流れですが、あえて今回は(スティントを)”ハーフ・ハーフ”くらいまで引っ張ったのが今回のターニングポイントだったし、その結果、トップでレースに戻れた要因にもなりました。
トップチェッカーを受ける31号車
──嵯峨選手のスティントに入ってすぐ、アウトラップの61号車を抜き、2番手が96号車に変わりました。その後はうまくレースをコントロールできたのですか?
嵯峨:(ピット作業では)給油(時間)の問題もあるので、どのくらいの位置で(コースに)戻れるかわからない中、ホームストレートに入ったときに、スバル(No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT)が(ピットから)出てきました。そこが今回のレースのすべてで、これを抜いてしまって、後方の96号車(K-tunes RC F GT3)に抜かれさえしなければ……ある程度の差がついてしまえば、もう勝ちは確定だと思って死ぬ気でプッシュしました。レース終盤はクルージングしていましたが、一方でタイヤの問題があって。前半はいいけれど後半にピックアップでペースが落ちることがわかっていたので、(レース運びとして)前半のうちに相手に精神的なものを含め、致命的なタイム差をつけることが今回のレースで勝つための最低条件だったのかなと思いますね。
──どのあたりから、『優勝できる』という思いになりましたか? また、途中、余計な雑念は浮かびませんでしたか?
嵯峨:96号車が最初の5、6周でぶわーっと離れたので、『これは勝ったな』と思いました。ただ、プリウスは他のクルマよりトラブルが多いということがどうしてもつきまとっているので(苦笑)……あとは『壊れないように』といたわりながら走っていました。基本的に勝ちを確信したのは、96号車を離したときですね。それから接触には気をつけました。そこそこセーフティ(なペース)で走っていても後ろが離れていくというマージンが今回はあったので、GT500との接触とコース上のデブリ(タイヤカスなどのゴミや破片)を拾わないように、といつもよりも”安全運転”を心がけてずっと走っているような状態でした。
待望の今季初勝利
──待望のトップチェッカーを受けた瞬間は?
嵯峨:すごくホッとしました。ファイナルラップが長いなぁ、と思いましたね。『後ろからGT500のトップが来てるよ』と言うことだったので、『よしよし、これ抜かせたらこれがファイナルラップになる!』とあえて(GT500勝者であるNo.8 ARTA NSX-GTに)先へ行ってもらいました(苦笑)。がんばればもう1周できたんですけど、早めに終わらせる戦略を採りました。ウィニングラップでは、5年間勝てなかった思いを噛みしめていましたが……意外と冷静でした。クルマやタイヤの状況、どういう風にタイムが落ちていくのかを無線で走りながら伝えていたんですが、向こう(ピット側)は聞いてなかったかもしれません。ワーワー騒いでましたから(笑)。
──残り2戦に向けて、意気込みを聞かせてください。
嵯峨:前回もてぎ(第4戦)は、残念ながらトラブルがあって”逆ポールポジション”(クラス29位)だったので……。次は本当のポールポジションに戻ってこれるといいのですが、そう簡単ではないでしょうし。ミッドシップのときは、結構調子が良くて何度も表彰台に立つくらい相性が良かったんです。FRに変わってからは苦手とする部類のコースになって。ただ、テストで回生ブレーキの問題が解消したので、もしかしたらミッドシップ時代のときのような速さが戻っているかもしれない……という(期待が)5、6割あるので、もしかしたらいい戦いができるんじゃないかなと思っています。幸い(サクセス)ウェイトも30kgしか乗らないので、流れさえ掴めれば、タイヤ(選択)さえ外さなければ、トラブルが起こらなければ……色んなことがありますが、もう一度トップ争いができるんじゃないかという手応えがあります。オートポリスであれだけぶっちぎったクルマが、もてぎで遅いと思いたくないんですよね(苦笑)。がんばります!
──ところで、嵯峨選手といえば、SUPER GTでのファンサービスの一環である「オールドライバーズアピアランス」。なぜあのようなパフォーマンスをすることになったのですか?
嵯峨:久保凛太郎選手と組んだ年(2017年)に始めたんですが、最初は『オールドライバーズアピアランスっていうのがあって、ドライバーが手を振るんだって』みたいなことをチームマネージャーから聞いて……でも、手を振るだけならつまらないから、なにかやる? みたいなことになって、ちょっと小ネタを入れたのが始まりでした。で、毎回『俺ら目立って、視聴率を取れるんじゃね!?』と、ちょっとずつエスカレートしていったのが、今に至ります(笑)。でもネタがなくなってきて……。(各サーキットにゆかりのある)”ご当地もの”も尽きてきたし、時事ネタも難しいし。今にして思えばオートポリスはハロウィンでも良かったなと。今回、”からし蓮根”に扮したんですが、考えてみたら(サーキットのある)大分じゃなくて熊本(の郷土料理)だったんですよね。まぁ、わかってくれるとは思うんですけど(苦笑)。
──最後に、この企画恒例の今日あった”ちょとした幸せ”を教えてください。
嵯峨:えぇっと……。そういえば機能ゴルフ行ったんですが、1回バーディがありました。それくらいですかね(笑)。もうね、この歳(38歳)になると(レースでの)疲労が2日、3日後くらいにくるので、腰痛と戦いながらゴルフをしたから……(苦笑)。楽しいことをやってるはずなのに、最近、ツラいんですよね(笑)。
【SUPER GT あの瞬間】
SUPER GT 第6戦:嵯峨宏紀(No.31 TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT)
文:島村元子
島村 元子
日本モータースポーツ記者会所属、大阪府出身。モータースポーツとの出会いはオートバイレース。大学在籍中に自動車関係の広告代理店でアルバイトを始め、サンデーレースを取材したのが原点となり次第に活動の場を広げる。現在はSUPER GT、スーパーフォーミュラを中心に、ル・マン24時間レースでも現地取材を行う。
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