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福住仁嶺(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)と優勝の喜びを分かち合う杉崎エンジニア。
スポーツランドSUGOを舞台にして行われた2021年の全日本スーパーフォーミュラ選手権第4戦。毎年この大会では数多くの波乱が生まれ、その度に“SUGOの魔物が仕業”と言われることが多いのだが、今年のSUGOの魔物が用意したのは、波乱ではなく、感動のシーンだった。
土曜日の公式予選はあいにくのウェットコンディション。幸い大きなアクシデントなどは発生しなかったが、雨量が刻々と変化する難しいセッションとなった。そこで光る走りをみせたのが関口雄飛(carenex TEAM IMPUL)だった。
Q1のBグループで4番手通過を果たすと。Q2Bグループでは赤旗中断もあった影響でノックアウトになってしまう可能性もあったのだが、再開後のわずか1周のチャンスを見事に決めて2番手通過を果たした。
そこから、さらにマシンを微調整してQ3に臨むとライバルを圧倒する1分19秒231を叩き出し、2018年の第6戦岡山以来となるポールポジションを手にした。
3年ぶりにPP獲得をした関口雄飛(carenex TEAM IMPUL)。
予選直後のパルクフェルメでマイクを向けられた関口は、久しぶりのポールポジション返り咲きに思わず感極まった。いつもは強気な姿勢とコメントを披露していたのだが、特に昨年のスーパーフォーミュラではシーズンを通して勝利がなく、星野一義監督が最も好む“一番”というポジションから遠ざかっていた。
一方、チームメイトの平川は常にトップ集団でバトルを繰り広げ、周囲からの評価も非常に戦った。それに対し関口は満足のいく結果を残すことができないレースが続いた。「このままいくと翌年のシートも危ないのではないか?」そんな噂がパドックでもチラホラと聞こえてくることもあった。
そこに追い打ちをかけるように開幕前のテストではトラブルが連発し、思うように走れない時もあるなど、今シーズンが始まってからも歯車が噛み合わない日が続いた。
本人は毅然とした振る舞いを見せていたが、その胸の内は決して穏やかなものではなかったに違いない。今まで隠し続けていた苦悩が、パルクフェルメでの涙となって現れた瞬間だったような気がした。
「レースで勝ってもいないのに、帰ってくる途中で……けっこう、熱いものがこみ上げてきました。たまにそういう選手を見て『なんでああいう感じなのか?』と思っていた方だったんですが……今回、その気持ちがよくわかりました」
結果は3位であったが、SUGO大会は復活の狼煙を上げる一戦になったに違いない。
この勢いで得意のSUGOで久しぶりの勝利を目指した関口。“一番重要な要素”と記者会見でも強調して語っていたスタートをしっかりと決め、前半はレースをリードしたのだが、後半スティントでライバルの逆転を許し3位でフィニッシュ。それでも復活の狼煙を上げる1戦となったことは間違いないだろう。
その関口と途中のピットストップで逆転し、レース後半はライバルの追随を許さない力強い走りをみせたのが、福住仁嶺(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)だ。
5番グリッドからスタートした福住は1周目にポジションをふたつ上げると、3周目には阪口晴南(P.MU/CERUMO・INGING)をオーバーテイク。その際に阪口が姿勢を乱し、僅かに接触はあったのだが、幸い福住のマシンに致命的なダメージはなく、レースを続行。この時に「今日は行けるかもしれない」と自信になったという。
18周目のピットストップで関口を逆転し、事実上のトップに浮上すると、レース後半は後続よりも速いペースで集会を重ねていき、残り10周の時点で2番手の大湯都史樹(TCS NAKAJIMA RACING)に対し、6秒ものアドバンテージを築いた。
確実に周回を重ねていった福住仁嶺(#5 DOCOMO TEAM DANDELION RACING)
独走と言っても良い状態だった福住だが、最終ラップまで常に意識していたことがあるという。それが“トラブル防止につながる走りだった。
「とにかくトラブルだけが恐かったです。今までのこともあり、自分の中で“トラウマ”になっている部分もあったんですが、そこで何をすれば(トラブルを)避けられるかということばかりを考えていました」
「例えば、シフトアップの時も(回転数を)ギリギリまで引っ張らないとか、最終コーナーでタイヤを使いすぎないとか、色々考えながら走っていました」
「もしかすると、普通に走っていても何も起こらなかったかもしれないですけど、そういうリスクみたいなものを減らすために『どうやったら何もなく終われるのか?』『それに対して何かできないか? 今、努力できることはないか?』というのが、ずっと頭の中にありましたね」
おそらく、多くのファンの脳裏には、4月の第2戦鈴鹿でのタイヤトラブルが真っ先に出てくると思うが、福住はそれ以外にも様々なトラブルに見舞われ、その都度悔し涙をのんでいた。
ミッショントラブルによる戦線離脱、トップ争いをしているところでのスピン、コースアウト、ピットストップで自動ジャッキが作動せず大幅なタイムロス、そしてタイヤトラブル……。さらにSUPER GTでは優勝目前に黄旗無視をしてしまい、ペナルティで後退する失敗もしていた。
しかし、福住はそれらをただの苦い経験で終わらせるのではなく、“それをどうすれば防げるのか?”を、このレースでは意識し続けた。
マシンを労わる走行はもちろんのこと、何か見落としていること、気づいていないことはないかと、コックピットの中で“トラブルの可能性”になりそうなものを探し続けていた。残り3周を切った時には『大丈夫』と分かっている燃費についても、本当に大丈夫なのかとチームにしつこく確認したという。
「レーシングドライバーといえば『とにかくプッシュして後ろに対して何秒引き離す』という思いを持っているのが普通だと思うんですけど、今回は『ライバルが真後ろにいたとしても、一番前でゴールすればいいんだ』という気持ちも少なからずありながら走っていました」
「とにかく、最終ラップの最終コーナーを立ち上がって出てくる時も、ずっと頭の片隅では嫌なこととか考えちゃっていて……勝ったと思ったのはチェッカーフラッグが見えた瞬間でしたね」
苦しんだ末に獲得した初優勝を果たした福住。
最後の最後まで“疑いの目”を持ち続けていた福住。無事にトップチェッカーを受けたのだが、そのフィニッシュラインを「ここで合っていたよな?」と何度も確認したほど。そこまで念には念を入れてやらないと、勝利を手にすることができない……彼の苦労が物語っているエピソードだった。
ただ、次の瞬間に福住の目に飛び込んできたのは、苦しい時でも共に努力を続けてくれたダンディライアンのスタッフたちの姿だった。
「(チームの)皆さんの顔が見えて……。一番感動したのは杉さん(杉崎公俊エンジニア)の涙でした。僕と同じ想いでずっとやってくれていましたし、走っている側と見ている側で色んな感情が出てしまったと思います。本当に安心しました。あの場で喜ぶことができて、皆さんの拍手してくれる姿も見えて……(1位を獲るのは)やっぱり気持ちいいですね!」
これまでは、レース後に福住のところへ取材に行くと、ほぼ8割近い確率で落ち込んだ姿をみてきた。だが、今回は念願の表彰台の中央にたち、何度も笑顔でガッツポーズするシーンはもちろんのこと、記者会見を終えてチームのピットに帰る時には、どこか新たな自信を手にしたような姿が垣間見えた。この1戦が彼のレース人生の中で、ひとつのターニングポイントになることは間違いないだろう。
そしてレース後に取材している中で特に印象的だったのが、彼の口から“感謝”というキーワードがたくさん聞こえてきたことだった。
今年2月には自動車系YouTuberとして活躍する佐藤あやみさんと結婚した福住。シーズン開幕以降も家族の支えの重要さに関するコメントを何度もしていたのだが、パルクフェルメでのインタビューで、改めて感謝の気持ちを伝えていた。
さらに今大会では、カート時代にお世話になった恩師のヘルメットのレプリカデザインを自身のヘルメットで採用しレースに臨んでいた。元気なうちに恩返しをしたいという思いからだったのだが、見事にそれも達成することができたのだ。
「結婚して、支えてくれている妻に感謝の気持ちでいっぱいです。今回使用したヘルメットも、カート時代の恩師への感謝の気持ちを込めて、今回から導入しました。そのタイミングで優勝できて、本当に良かったです」
「常にどんな状況でも、お世話になっている皆さんに感謝してレースはしていますが、こうして勝つことによって、恩返しというか、最高の結果を報告することができて良かったです」
初優勝を飾っても、支えてくれた方々への感謝の気持ちを忘れずに……福住仁嶺の挑戦は、まだまだ続く。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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