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キャプテンでウクライナ代表でもあるタラス・ステパネンコ
ウクライナの強豪、FCシャフタール・ドネツクが来日して12月18日に東京・国立競技場でアビスパ福岡と対戦したことをご存じだろうか?
福岡とスポンサー企業が企画して「ウクライナ復興支援チャリティーマッチ」として開催されたもので、試合前には大型映像装置に岸田文雄首相のビデオメッセージが映し出され、また上川陽子外務大臣も来場するなど大々的な企画だったが、サッカー界にはあまり情報が流されることがなかった。
そのため、僕の同僚のベテラン・サッカー記者たちも直前までこの試合があるということを知らなかったという。
僕自身も、半月ほど前に民放の地上波放送でCMを見て「あれっ、そんな試合があるの? 聞いていないゾ」と思って、Jリーグのメディアサイトで試合の概要を知った。ところが、なかなか取材申請がオープンしないなど、普段はサッカー試合を担当していない会社が担当しているので情報の流れがスムースではなかったようだ。
おそらく、サッカー・ファンの方でもこの試合のことを知らなかった人が多いのではないだろうか? スポンサー企業が入場券を買い取って招待した来場者も多く、また日本に避難しているウクライナ人数百人も招かれたということだったが、集まった入場者数は1万8114人。
せっかく強豪シャフタールが来日したのに、もったいないことだった。
まず、こうした試合の開催をきっかけに1人でも多くの日本人にロシアの侵略を受けて2年近く戦い続けているウクライナの事情について知ってもらいたかった。そして、収益が全額ウクライナ復興のために寄付されるとのことだったので、より多くの人に入場券を買ってもうべきだったはずだ。
そして、もう1つもったいなかったのは、試合内容がとても高かったからだ。
シャフタール・ドネツクはウクライナ東部のドネツク州ドネツクで1936年に創設されたクラブだ。当時、ウクライナはソビエト連邦の一部だったが、ウクライナでは政府(秘密警察)のクラブであるディナモ・キエフが圧倒的に強く、ディナモは全ソ連リーグでも何度も優勝経験があり、ソ連代表もディナモが主体となっていた時期もあった。
1991年にソ連が崩壊してウクライナが独立すると、1992年にウクライナ・プレミアリーグが発足。そして、21世紀に入るとディナモに代わってシャフタールが主役となり、2001/02シーズンで初優勝して以来、シャフタールはプレミアリーグで13度の優勝を果たしている。
旧ソ連圏では、民営化された旧国営企業を牛耳った「オルガルヒ」と呼ばれる実業家が台頭した。チェルシーを強豪に育て上げたロシア人のロマン・アブラモビッチなどもその1人だ。そして、ウクライナ東部を拠点とするリナト・アフメトフが巨額の資金を投入してシャフタールをウクライナのトップクラブに育て上げたのだ。
シャフタールはUEFAチャンピオンズリーグでも常連となり、西ヨーロッパのビッグクラブ相手に再三サプライズを起こし、2009年にUEFAカップで優勝。翌2010年にはCLでベスト8に進出している。
ところが、2014年には本拠地のドネツク州が親ロシア勢力によって占拠され、シャフタールはドネツクのドンバス・アリーナで試合を行うことができなくなり、以後は首都のキーフやリヴィウ、ハルキウなどで試合を行っていた。そして、2022年にロシアのウクライナ侵略が始まってからは、本拠地を隣国ポーランドに移して戦っている。
今シーズンもシャフタールはCLに出場。11月7日にはスペインのバルセロナに勝利したが、12月13日に行われたグループステージ最終戦でポルトガルのポルトに敗れてグループ3位となって、ヨーロッパ・リーグに回ることが決まったのだが、ポルトでの試合を終えたシャフタールはそのまま日本に移動して福岡戦に臨んだのだ。
福岡戦の先発メンバーは、このポルト戦から2人が代わっただけ。つまり、グループステージ突破を懸けて戦った大事な試合とほぼ同じメンバーが揃ったのだ。
最近は、ヨーロッパの強豪クラブが来日することが多い。今年も7月から8月にかけても、マンチェスター・シティやバイエルン・ミュンヘン、パリ・サンジェルマンなどが来日した。
だが、この時期は各チームが新シーズン開幕に向けて準備しているプレシーズンに当たる。本格的なチーム作りに入ったところで、選手のコンディションもバラバラなのだ。
だから、試合としてのレベルは高くない。「スター選手の顔見世」という意味合いなのだ。
だが、今回来日したシャフタールは、まさにリーグ戦とCLを戦ってきた本番モードのままのチームだった。
もちろん、シーズンの疲れもあったはずだし、ポルトからの長距離移動があり、時差調整も済んでいないのだからコンディションが良いわけはない。だが、選手の動きにはキレがあったし、コンビネーションも良かった。まさにヨーロッパのトップのプレーを見せてくれたわけだ。
一方、アビスパ福岡もJ1リーグを終えてシーズンオフに入っており、主力選手の何人かは抜けた状態だが、リーグ戦終了後もシャフタール戦に向けてトレーニングを続けており、プレー強度をかなり維持できた状態でシャフタールに挑むことができた。
もちろん、疲労の色が濃いシャフタールは後半には全員を入れ替えて、つまり控え組で戦うことになり、プレー精度は落ちていったが、少なくとも前半45分間だけに限れば、今年、日本国内で行われた試合の中で最もレベルの高い試合の1つだったことは間違いない。
とくにキャプテンでウクライナ代表でもあるタラス・ステパネンコがアンカー・ポジションからパスを展開し、同じく代表のヘオルヒー・スダコフ、23歳で将来の代表入りが期待されるアルテム・ボンダレンコの3人が組む中盤は魅力的だった。
一方、福岡はアビスパ一筋のバンディエラ城後寿をトップに置き、金森健志や亀川諒史といったベテランがドリブルで仕掛けて相手のミスを拾って見せ場を作った。
開始7分でシャフタールのダニーロ・シカンが右からのクロスを逆方向に動きながら頭で合わせるテクニカルなヘディングシュートを決めて先制。その後もシャフタールが数多くのチャンスを作ったが決められないでいると、34分には福岡がCKからの混戦の中でDFの宮大樹が決めて同点とし、さらに37分には左サイドで亀川と中村駿がパスをつないで崩し、亀川からのグラウンダーのクロスに金森が合わせるビューティフル・ゴールで逆転。さらに、後半に入ってメンバーを入れ替えたシャフタールは、53分に右へのサイドチェンジから、アリアン・シュベドがコントロール・ショットを決めて再び同点とした。
いずれにしても、ハイレベルの前半。そして、点の取り合いもあって、心から楽しめる試合となった。「意外な拾い物」の試合だった。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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