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『98パーセントの苦悩』の先にある『2パーセントの歓喜』を求めて 高円宮杯プレミアリーグEAST FC東京U-18×横浜F・マリノスユースマッチレビュー』
土屋雅史コラム by 土屋 雅史FC東京U-18は劇的な逆転勝利でリーグ戦10試合ぶりの白星を獲得!
きっと嬉しいことなんて、2パーセントもあれば良い方だろう。98パーセントは苦しくて、辛くて、悩むことばかりに違いない。でも、そのたった2パーセントのために、彼らはボールを蹴り続け、日々のトレーニングと向き合い続け、再びピッチへと足を踏み入れていく。
「選手を伸ばしながら、勝ち点を伸ばすことの間でせめぎ合っていますけど、今年はそんなゆとりがあるわけではなくて。なので、『もう洗面器に顔を付けて、どこが先に顔を上げちゃうかみたいなことをやっているんだぞ』と選手にも言っているんですけど、それで何かを諦めてしまったりすることはないですし、『クラブの指向していることをやっているので仕方ない』もないですし、『勝ちに振れたので選手を伸ばせません』もないんです。そこは本当に今まで通りで、その軸の中でどの方向にトレーニングの時間を費やすかということは考えますけど、僕たちは選手をトップチームに送らないといけないですし、絶対にプレミアから降格してはいけないですし、ということを毎日もがきながらやることが、自分の使命かなと思っています」(FC東京U-18・奥原崇監督)。
FC東京U-18は“どん底”を味わっていた。プレミアリーグEAST第14節。アウェイで臨んだ昌平高戦は0-6の惨敗。5月から続くリーグ戦の9試合未勝利へ追い打ちをかけるような負け方に、選手の心はほとんど折れかけていた。いや、もう折れていたはずだ。
「今週は『僕らの戦い方が何なのか』とか、勝ちへのストーリーの刷り込み、シナリオの刷り込みみたいなことを、マインドのところで一生懸命やった感じです。なので、ミーティングもいつもより長くやりましたし、戦術というよりもゲームの作り方とか、どういう気持ちで入らないといけないのかとか、そういうところをミーティングとグラウンド上の両方でやりました」(奥原監督)。
相手云々ではなく、課題は自分たちにあるということは、選手たちもよくわかっていた。「昌平戦はいろいろなところで意見の取り違えもあったので、みんなで話し合おうと。誰かが言ったことに対して、答えをみんなで返すということをやってきた1週間でした。劇的な変化は全然ないと思うんですけど、ポジティブな会話が増えた印象はあります」と話すのはチームの主将を務める岡崎大智。0-6で負けたチームに、1週間で劇的な変化が訪れるほどサッカーの世界は甘くない。それでも、何かを掴もうと、何かを変えようと、選手たちは、スタッフたちは、必死にもがく。その空気感には指揮官も一定の手応えを得ていたという。「あの大敗で気持ちが切れてしまったりとか、さらに雰囲気が悪くなるような“画”は、トレーニングの中でまったくなかったので、僕らスタッフとしても『何とかしたい』という想いが凄く強く出た時間でした」。
だが、横浜F・マリノスユースと対峙したこの日の試合も、チームは思ったようなパフォーマンスを発揮できない。立ち上がりから一方的に押し込まれ、先制点を献上した上に、ポストとクロスバーにそれぞれ一度ずつ助けられるピンチも。ホームチームは45分間でわずかに1本のシュートしか打つことができず、1点をリードされたままハーフタイムを迎えることになる。
FC東京U-18を率いる奥原崇監督
苦境の中で、奥原監督は自分が言い続けてきたことを思い出していた。「僕が就任してから『ポストの内側に入るか、外側に出るかは、技術でコントロールできにくいところだけど、それがチーム状況を現わす』と言っていて、クラブユースの後はピッチだけじゃない部分にも力を取られた1か月だったので、そこから選手が本当によく頑張って、みんなで這い上がってここまで来たので、ポストに当たってどっちに転がるかみたいなところも、自分としてはチームとしての積み重ねと、トレーニングの成果と、両方の面があったかなと思っています」。2つの“外側”に持たせたい意味を信じて、残された45分間のピッチへ選手を送り出す。
後半も楽な展開ではなかった。相手に2点目を獲られてもおかしくないシーンもあったが、次の得点はFC東京U-18が手繰り寄せる。ゴール前のこぼれ球を2年生ストライカーの山口太陽が泥臭く押し込む。リーグ戦では実に6試合ぶりに生まれた得点。「こぼれ球をみんなで繋ぎ合わせてのゴールだったので、本当に勇気をもらえたところはありましたね。あの点のあとに、クラブユースの舞台を踏んでいる選手は、『今日は行けるんじゃないか』という確信めいた雰囲気になったと思います」。指揮官は準優勝した夏のクラブユース選手権と同じ空気感を、この1点から敏感に感じ取っていた。
89分。途中出場の平澤大河が蹴り込んだ左CKに、同じく途中出場の岡崎が合わせたヘディングが、右スミのゴールネットへとゆっくり吸い込まれていく。「僕もジュニアユースから見ていて、彼がこういう点を獲ったのは初めてですね(笑)」と奥原監督も笑った決勝点は、シーズン開幕前に負ったケガの影響で、ようやく後半戦から戦線復帰してきた主将の一撃。劇的すぎる結末が呼び込んだ、10試合ぶりとなる白星。選手も、スタッフも、観衆も、待ちに待った勝利に笑顔で酔いしれた。
タイムアップから1時間は経った頃。試合に出ていない選手の練習を見守っていた奥原監督は、静かに終わったばかりの90分間を思い出す。「正直、クラブユースであそこまで勝ち上がった時よりも遥かに嬉しいなと。アレは勢いの掴み方を選手と一緒にやっていった感じなんですけど、今回は本当に苦しいことをみんなで乗り越えてきましたから。悔しい想いをたくさんしてきた中で、それでも試合に出られない選手もいますし、いろいろな選手のいろいろな想いがあって、でも、頑張っても頑張っても勝ち点を獲れなくて、前回なんて凄く強い想いを持って臨んだ試合でも0-6で負けてしまって。誰かが手を抜いているわけでも、誰かがチームを壊そうとしているわけでも全然ないんです。そんな中で、むしろようやくサッカーをやれる環境が整ってきた分、ここで本当に自分たちの拠りどころになる勝ち点が付いてくれたらと思っていたので、今日は自信を少し回復できるゲームになったかなって」。
試合前より少しだけ晴れやかな顔をしていた奥原監督に、「サッカーは楽しいだけではないんですね」と問い掛けると、小さな笑顔を浮かべてこう返してくれた。「選手にも『嬉しいのは一瞬だ』と。今日も98パーセントは苦しい時間だったと思うんですけど、でも、それも全部消し飛ぶだけの喜びを得るために、僕らも努力してこの仕事をしますし、選手たちにも『その一瞬のために日々を積み上げるんだよ』という話を今週はしてきたんです。なので、日々練習していることと勝ち方を両方突き詰めて、ここからまたみんなとこういう雰囲気を1試合でも多く作りたいですね」。
やっぱり嬉しいことなんて、2パーセントもあれば良い方だろう。98パーセントは苦しくて、辛くて、悩むことばかりに違いない。でも、そのたった2パーセントのために、彼らはボールを蹴り続け、日々のトレーニングと向き合い続け、再びピッチへと足を踏み入れていくのだ。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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