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もう自分のことだけを考えていればいい存在ではない。大津高校・田辺幸久が左サイドを駆け上がる先に見据えるチームと自らの未来 【NEXT TEENS FILE.】
土屋雅史コラム by 土屋 雅史大津高校・田辺幸久
チームの中核を担わなくてはいけないという自覚は、もうとっくに持ち合わせている。この全国屈指の強豪校の中でも、進んでリーダーシップを取るべきフェーズに入っていることも、グループの成長が自身の成長に繋がることだって、もう十分過ぎるほどにわかっている。だから、勝ちたい。この仲間と、勝ち続けたい。
「去年の先輩たちはチームを引っ張ってくれる存在でしたし、そういう良い先輩たちの声掛けを意識してきました。勝ちたいという想いはもともとあったんですけど、それをチームに共有する言い方ができるようになったというか、前は『声出せよ』ぐらいしか言っていなかったんですけど(笑)、チーム全体で共有できる声が出せるようになりました」。
悲願の日本一を目指す大津高校を、サイドバックの位置から支えるスペシャルなレフティ。田辺幸久は全力で左サイドを駆け上がる先に、手繰り寄せるべきチームと自分の輝く未来を、はっきりと見据え始めている。
その3番の背中が大きく、逞しく見えた。9月3日。プレミアリーグWEST第12節の静岡学園高校戦。2か月近い中断期間を経て、再開を迎えたリーグ戦に臨む大津の左サイドバックを務める田辺は、周囲を鼓舞する声を出しながら、攻守に存在感を発揮する。
チームを率いる山城朋大監督が、笑顔でこう明かす。「この夏は碇(明日麻)がいない中で、和倉にプーマカップと2つの大会で田辺が稲田(翼)と2人でリーダーシップを取ってくれたのが大きかったんです。中学の頃の先生は『アイツがチームのためにやるなんて考えも付かなかった』っておっしゃっていましたけど(笑)」。
本人の言葉にも耳を傾けよう。「自分は監督からも『チームを引っ張るように』と言われていて、明日麻がいない時に和倉でキャプテンをやりましたし、ポジション的にも自分が点を獲って勝たせるということはそこまでできないですけど、『無失点に抑える貢献はできるかな』と思ったことが、今に繋がっているのかなと思います」。
もともとはバリバリのフォワード。1年の11月に山城監督から左サイドバックにコンバートされたことで、秘めた才能が一気に開花し、2年時からはレギュラーとして活躍してきたが、昨年度の選手権の時点でも「もう本当にゴールを決めたいという想いしかなくて、守備はよくわからないです(笑)」と話していたことも懐かしい。
この日も強力なアタッカーと対面する機会は少なくなかったが、プレミアの真剣勝負で重ねた経験値は伊達ではない。「今日もそうでしたけど、『自分が1対1で負けたら無失点は無理だな』と思っていたので、守備の責任感が増して、1対1も負けないようになってきたのは良いことですし、去年のプレミアでもいろいろなチームの選手のサイドの人たちがとても上手だったので、その人たちと対戦してきたことを考えると、自分の年代ではこれぐらいやって当たり前という感じで、今年はやれているのかなと思います」。
指揮官も田辺が苦手だったはずの“守備面”での評価を口にする。「要所要所で相手のサイドアタッカーを止めてくれていますし、かなり良くなっていますね」。結果的には静岡学園の攻撃をきっちり抑え、リーグ戦12試合目にして初めての無失点。2-0での快勝に、「夏に自分たちが和倉やプーマカップでも失点しないように心掛けてきたのが、この試合でやっと実を結んだなと。積み上げてきたものがしっかり出せたと思います」と左サイドバックは胸を張った。
実は攻撃面では“アシスト未遂”もあった。1点をリードした後半に、田辺が左から上げたクロスに碇が飛び込み、最後は稲田が押し込んで追加点を挙げたのだが、「あのクロスはたぶんキックミスだと思いますよ」と笑顔を見せたのは山城監督。その“予想”を伝え聞いた田辺は「はい。ミスです(笑)。蹴った瞬間に『あ、キーパーが(中村)圭祐だったこと忘れてた!』と思って、『ボールを取られてカウンターかな』と思ったら、明日麻が競ってくれたので、あのゴールは奇跡でしたね」と苦笑い。正直な物言いも微笑ましい。
ただ、反省を口にすることも忘れない。「今日の前半も得点のチャンスがあったんですけど、アレをちゃんと決めないといけないですし、明日麻に流したパスも強くなって流れてしまったので、ああいうところをちゃんと合わせて2得点分にしたら、代表の人も評価してくれるのかなって」。
この冬に参加した高校選抜の合宿でチームメイトだった静岡学園のGK中村圭佑や、同じ九州のチームで、同じ左サイドバックを本職にする神村学園高校のDF吉永夢希たちが年代別代表の経験を積み重ねている中で、田辺にまだその声は掛かっていないが、少し前までは意識すらしていなかった舞台に立つことも、今は実現すべき目標として捉えている。
「冬に1つ上の世代の高校選抜に呼ばれて、その頃から自分の立ち位置というものが少しずつ把握できてきました。監督からも『代表には凄く価値がある』と言われていて、自分も本当に代表を意識し始めてきたので、今は入りたいという想いしかないです」。今のパフォーマンスを続けていれば、その資格を得る可能性は決して低くない。もうそういうステージへの飛躍を期待される選手なのだ。
残された高校生活も4か月を切っている。ここからの時間は、中体連から全国レベルの強豪へと身を投じ、仲間と切磋琢磨してきた2年半の集大成。為すべきことは、明確過ぎるほど明確だ。
「今まで自分を育ててくれた親や平岡先生、自分をサイドバックにコンバートしてくれた山城先生にも恩返しをしないといけないと思うので、ここからプレミアリーグは全部勝つ勢いでやって、選手権もまずは県大会を勝って、日本一になるために頑張りたいです」。
いつでも温かく見守ってきてくれた周囲への感謝を形にするのも、毎日の練習で丁寧に磨いてきた自らの左足次第。世代有数の左サイドバックにまで成長を遂げた“元フォワード”。田辺幸久は望んだ未来の光景に辿り着くべく、今日も、明日も、明後日も、左サイドを駆け上がり続ける。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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