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ちゃんとした監督に率いられた、ちゃんとした選手たちが掴んだ日本一。インターハイ決勝 桐光学園高校×明秀日立高校マッチレビュー
土屋雅史コラム by 土屋 雅史初の日本一に輝いた明秀日立高校
「ああ、ちゃんとしているなあ」と思った。明秀日立高校の選手たちのことだ。
その筆頭は、ゲームキャプテンを任されている山本凌である。今回のインターハイの取材対応は、基本的に1チームの選手2人と決まっており、そのうちの1人はキャプテンが出てくることが大半。6試合を戦った明秀日立からは、例外なく山本が取材陣の前に出てきたのだが、常に微笑みを湛え、時にはユーモアを交えながら、ちゃんと話してくれるナイスガイだ。
実はこの大会の直前まで“キャプテン”は決まっていなかったという。萬場努監督はその真相をこう説明する。「去年は凄く突出した選手がいて、彼に頼り切りになっていたので、それを避けようということで、毎日日替わりでリーダーをして、キャプテンを決めないということを夏までやってきました。今はその効果を凄く感じていますね。誰がリーダーになってもいいようなキャラクターですし、それは良かったなと思っています」
その言葉の意味を実感したのは、日大藤沢高校を3-1で下した準決勝の試合後だった。準々決勝までノーゴールと苦しんでいた熊崎瑛太は、この試合で2ゴールと躍動。チームの勝利に大きく貢献したこともあり、取材エリアへやってきたのだが、このアタッカーもとにかくちゃんとしているのだ。
質問をした人の方へ身体を向け、丁寧に、自分の言葉で答えていく。前所属チームは日立市立助川中学校サッカー部。まさに“地元の星”とも言うべき熊崎も、“チャリ通”だというエピソードを笑顔で披露しながら、しっかりと、はっきりと、話を紡いでいく。
萬場監督の選手評も面白い。「もともとは山本だけがリーダーだという感じではなく、リーダーの中に山本もいるみたいな感じで、『リーダーだと思うヤツ、来い』と言うと5人ぐらい出てくるので(笑)、石橋とか熊崎もそうですね」
さらに指揮官は、決勝でのあるシーンのことを明かしてくれた。「山本は相手のフォワードの宮下くんに、ヘディングも含めて嫌な戦いをされたのがストレスになっていたと思うんですけど、熊崎から『オマエがブレたらダメだろ』と試合中に言われていたので、アレで山本も我を取り戻した感じがしたんです」。キャプテンだけに依存しない雰囲気は、日本一が懸かった大一番でも確実にチームを覆っていた。
明秀日立はベンチメンバーも元気いっぱいだ。決勝でも印象的なシーンがあった。チームの2点目を決めた柴田健成が、ピッチサイドで待つビブスを来た選手たちの元へ走っていくと、竹花龍生がすかさずスコアラーに“指示”を飛ばす。「カメラ、あっちだ!」
この試合の1点目も柴田が挙げていたが、今大会初ゴールだったこともあってか、すぐにピッチへ大の字に寝てしまい、いわゆる“シャッターチャンス”には至らなかった。それを知ってか知らずか、2点目の際に竹花はカメラマンの方を指差し、柴田に“シャッターチャンス”の創出を促す。
竹花の言葉に耳を傾けよう。「柴田は僕が準々決勝でゴールを決めた時に悔しがっていたので(笑)、一緒に喜びを分かち合いながらカメラを探して、写真を撮ってもらったと思うので、良い記事になればいいと思います(笑)」。何という“名プロデューサー”ぶり!柴田が決めた渾身のガッツポーズを見て、ベンチメンバーは大爆笑。こんなワンシーンにも、明秀日立が積み上げてきた一体感が垣間見える。
竹花龍生(17番)に促された柴田健成が渾身のガッツポーズ!
そんなチームを率いる萬場監督も、実にちゃんとしている。今大会は基本的にゲームの指揮を伊藤真輝コーチに任せ、自身は全体に目を配る役割に徹していたが、そこに至る経緯もなかなか興味深い。
「僕は茨城県の指導者養成の方にも携わらせてもらっているんですけど、インターハイの県の準々決勝の鹿島学園戦の時に、その研修で静岡に行かせてもらっていて、物理的に伊藤に託すしかないという状況で、その試合に勝ったことでチームも一皮剥けたんです」
「その時に伊藤に前に出てもらってから流れが良くなって、僕も後ろにちょっと引くことで、見える量が圧倒的に増えたというのがあって、前で伊藤が戦ってくれている分、後ろでより自分の経験を生かして、よりポイントを伝えていって、足りないところをちゃんと補うことができていたので、GKコーチの大塚(義典)も含めて3人しかいなかったですけど、日常的にも話はしているので、その連携にはかなり手応えがあります」
決勝戦のハーフタイム。後半に向けて伊藤コーチと選手たちがミーティングをしていた時、萬場監督は少し離れた位置から、静かにその光景を見守っていた。「今のこのスタイルに関して言えば、自分としては今まで来た全国大会とは違った見方ができていると思っています」。それまではすべての意志決定を1人で行っていたという指揮官も、あるいはこの大会を通じてチームの、そして自身の成長を実感していたのかもしれない。
おそらくは“ニュアンス”にもこだわるタイプだ。準決勝後の取材エリアで話していた一連を思い出す。「僕は『全国制覇』って絶対に使わないようにしているんです。子どもたちにも話したんですけど、全国を制覇するような力は正直ないと思います。このタイミングで『頂点に立つ』『日本一になる』ことはもしかしたらできるかなということは、多少なりとも自信はあります。ただ、その結果によって何かが変わるということはないので、彼らにとっては、山田のタフさ、静学の上手さ、日大藤沢の個人のスキル、そういうものを身に着けるための大会であり、気付きの得られる大会ということで、あとは気持ち良く帰れるかどうかだけだと思います」
その“繊細さ”はJリーグの世界でも選手の育成に定評のある京都サンガF.C.のチョウ・キジェ監督や長澤徹ヘッドコーチ、前ヴァンフォーレ甲府監督の吉田達磨氏に近いものを感じる。要は、1つの言葉が持つ力をわかっているということだろう。極めて理知的に、丁寧に、ちゃんと話してくれる姿勢は、日本一を勝ち獲った決勝の試合後まで、何ひとつ変わらなかった。
今年の春。彼らは難しい時期を迎えていた。チーム内で問題が勃発し、萬場監督は1か月グラウンドでの技術指導に立たなかったという。部の活動も2週間ほど止まり、その期間に伊藤コーチ、大塚コーチと選手たちは改めて向き合ったことで、自分たちの在り方を見つめ直した。
「『サッカーに集中できる環境ができていない。それを作るまでは練習には出ない』と萬場先生に言われて、そこで真剣にどういう部活にしていきたいかということと自分たちは向き合ったことで、チームを変えられたと思います」。山本は真剣な表情で当時を振り返る。
普段は保健体育科の教員でもある萬場監督も、その難局を乗り越えた選手とスタッフについて、誇らしげに言葉を重ねる。「春先の不安定な状態から、選手、スタッフ、保護者、みんながサッカーに対する環境をちゃんと作ろうと考えてくれて、今の凄く充実している状況があるというのはハッキリしているので、そのご褒美的なイメージが今大会は強いです。選手も選手で『練習したいけど、させてもらえない』みたいな状況が続いたので、本当に苦しんだ分の“跳ね返り”が、こうやってちゃんと彼らにあったことが、監督というよりも、先生として嬉しいです。教育的な立場で、やっぱり『ちゃんと向き合ってきたことが、こういうことになっているよね』ということが大事かなって」
今大会におけるコーチングスタッフの役割分担に対して、萬場監督が言及した言葉も、また振るっていた。「僕はトップチームだけの監督ではなくて、『チーム全員の監督でいたい』ということは常々みんなわかっていることなので、勝っているところでわざわざ『オレが前に』なんていう考えはなくて、チームが勝つことが大事なので、伊藤に先頭に立ってもらうというのは、僕としても新しい位置づけでやれたなとは思っています」。
ちゃんとした“チーム全員の監督”に率いられた、ちゃんとした選手たちが掴んだ日本一。明秀日立が真夏の主役を、鮮やかに、逞しく、さらっていった。
明秀日立高校を支える3人。左から萬場努監督、伊藤真輝コーチ、大塚義典GKコーチ
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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