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名実ともに世界一の称号を掴んだ「神の子」リオネル・メッシ
カタールで開催されていたワールドカップの決勝戦はともに3回目の優勝を狙うアルゼンチンとフランスの顔合わせとなり、壮絶な点の取り合いの末3対3の引き分けに終わり、PK戦の結果、アルゼンチンの36年ぶりの優勝が決まった。
技術的に非常にレベルが高く、両監督の丁々発止の駆け引きもあって、すばらしい試合だった。アルゼンチンのリオネル・メッシとフランスのキリアン・エンバペという、新旧のスーパースターの競演という意味でも興味深い試合だった。
ともにPKによる得点も含めて、メッシが2点、エンバペが3点。この結果、エンバペは大会得点王に輝いた。
チームとして特別なチャンスを作らなくても、何もないところからゴールを生み出してしまうのがメッシやエンバペのすごさだ。彼らは「特別な存在」なのである。
アルゼンチンは初戦でサウジアラビアにまさかの逆転負けを喫した。そして、2選目のメキシコ戦も前半30分くらいまではメキシコに押し込まれて苦しい戦いが続いていた。優勝になど、とても手が届きそうもなかった。そんな苦しい状況で先制ゴールを決めたのがメッシだった。
64分、右からのパスを受けたものの、ゴールまでの距離は約20メートル。相手のDFもそろっていた。そんな状況から、メッシはいきなりコースを狙ったシュートを放って先制ゴールを決めてしまったのだ。強烈なシュートではなく、ただ相手GKのタイミングをはずして正確にコースを狙ったシュートだった。
エンバペも、たとえばポーランド戦では相手がしっかり守っている中で個人の力だけで2点を決めている。
アルゼンチンもフランスも、メッシやエンバペには守備の負担を免除した。その代わり、その他の9人のフィールドプレーヤーがしっかり走ってサポートするのだ。そんな戦い方ができるのは、メッシやエンバペが圧倒的な決定力を発揮するからであり、同時にまた他の9人のレベルがきわめて高いからである。
周囲のレベルが高くなかったら、メッシやエンバペも守備やゲームの組み立ての仕事も負担せざるを得ない。逆に、メッシやエンバペが十分な結果を残しているからこそ、周囲の選手たちは献身的なプレーを厭うことなくやり続けられる。
このような、突出した能力を持つ「特別な選手」はきわめて稀な存在であり、時に彼らは「神の子」とさえ呼ばれる。
メッシがしばしば比較されるのが、30年ほど前に英雄だったディエゴ・マラドーナ。1986年のアルゼンチンのワールドカップ制覇の立役者だ。
ただ、マラドーナは得点能力も高いが(1986年大会準々決勝での5人抜きゴールは有名)、同時にゲームを組み立てる天才だった。すべての選手の動きを予測して、戦術的な最適解を導き出し、それをピッチ上で表現した。
一方のメッシは「ゴールを決めること」に特化したプレーヤーだ。かつて所属したFCバルセロナではチャビやアンドレス・イニエスタなどが作る精密機械のようなチームの中で、「得点すること」に集中して結果を出し続けた。
しかし、アルゼンチン代表に戻ると、ゲームの組み立ての部分までメッシに依存したような状況となってしまっていた。つまり、アルゼンチンは彼にマラドーナの役割を求め、そしてメッシは苦しんでいたのだ。
2022年大会のアルゼンチン代表は、メッシから守備の負担やゲームの組み立ての役割を免除した。労働者タイプの選手を起用し、9人のフィールドプレーヤーが走りまくってチームを動かし、メッシを得点の部分に集中させた。こうして、メッシは代表チームでもその特徴を遺憾なく発揮してマラドーナ以来36年ぶりの優勝にたどり着いた。
一方、エンバペがプレーしたフランス代表も素晴らしいチームだった。大会前にエースストライカーであるカリム・ベンゼマなど主力選手の負傷が相次いだものの、代役として入った選手たちのレベルはきわめて高かった。その選手層の厚さは驚くほどだ。そして、ベテランのアントワーヌ・グリーズマンやオリビエ・ジルーも質の高いプレーを見せた。
もし、メッシがいなかったらアルゼンチンは優勝には手が届かなかっただろう。だが、フランスは、もしエンバペが不在だったとしても、優勝が狙えるチームだった。
アルゼンチンという国にはマラドーナがいて、メッシも出現した。さらにさかのぼれば、1950年代にレアル・マドリードでも活躍したアルフレード・ディステファノという名選手もアルゼンチン出身だった。人口約4500万のアルゼンチンは、いわば「特別な存在」を幾度も生み出す特別な場所なのだ。
エンバペが生まれたフランスも、約40年前に活躍したミシェル・プラティニや2000年代前半に活躍したジネディーヌ・ジダンといった「特別な存在」を生み出しているし、1960年代から70年代にかけて「サッカーの王様」と称されたペレをはじめ、1970年代から80年代にかけて活躍したジーコや、2022年大会でもスーパーなプレーを披露したネイマールなど、多くのスーパースターを生み出したのはブラジルだった。
今大会でも大活躍したルカ・モドリッチが生まれたクロアチアもその一部だった旧ユーゴスラビア連邦もそうした「特別な存在」の特産地だった。モドリッチの前には、あのドラガン・ストイコビッチ(セルビア)がいた。
こうした天才たちが生まれる国には、共通点があるようにも思える。それは、チームのために献身的にプレーする多くの選手を生み出しながら、同時に選手の個性を尊ぶ伝統がある国ということが言える。
アルゼンチンのサッカーの特徴は、ショートパスをつないで相手を切り崩す攻撃的なサッカーだ。フランスとの決勝戦の2点目がそうだ。中盤でスペースに走り込む味方にワンタッチでパスを出して突破。最後は、アンヘル・ディ・マリアがフリーになって決めた。
そして、もう一つは守備の強さだ。フランスのトップのジルーやエンバペにボールが入る瞬間に、DFのクリスティアン・ロメロなどがガツンと体を当てて跳ね返したり、MFのロドリゴ・デパウルが相手の前に体をねじ込んでボールを奪う。すると、スタンドのアルゼンチン・サポーターからは一斉に「ビエン(よしっ)!」と声が上がる。
個人のアイディアを生かした華麗な攻撃と献身的な守備……。これが両立しているのがアルゼンチンのサッカー文化なのだ。
個人のエゴとチームのための献身的姿勢。これが両立する国こそがサッカー強国なのであり、そうしたサッカー文化(伝統)が「神の子」を生むのだろう。
いつの日にか、日本にもそうした全国民が共通に理解できるようなサッカー文化が根付くことだろう。その時にこそ、日本はワールドカップのベストエイトの常連とる。そして、そんな日本に「神の子」が出現すれば、日本は本気でワールドカップ優勝を狙えるようになるはずだ。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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