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あの日。トゥールーズのピッチへと歩みを進めていく11人の青き勇者たちに、どれだけのサッカーファンが心を震わせたことだろう。川口能活。井原正巳。秋田豊。中西永輔。名良橋晃。山口素弘。相馬直樹。名波浩。中田英寿。城彰二。中山雅史。歴史の扉を開いた彼らは、日本代表史上で最も希望を託された選手たちでもある。
まず、アジア最終予選からドラマの連続だった。カズのハットトリックでウズベキスタンを粉砕した国立の初戦。永遠のライバルに逆転負けを喫した悪夢の日韓戦。加茂周監督の更迭。選手たちが1つになったとされる『アルマトイの夜』。敵地で奇跡的なリベンジを果たした2度目の日韓戦。そして、誰もが深夜に絶叫した『ジョホールバルの歓喜』。あまりにも劇的な起伏が多く、まるでフィクションのようなストーリーを経て、ようやく辿り着いた世界の舞台だったことが、我々の期待をより増幅させたことも間違いない。
右サイドの槍としてアップダウンを繰り返し続け、実はジャマイカ戦でワールドカップにおける“日本代表史上初ポスト”となる惜しいシュートを放った名良橋晃は、イラン代表との激闘の末に勝利を掴んだジョホールバルの試合終了直後に、悔しい思い出があるという。
「あのVゴールが決まった後、みんな左サイドで喜んでいたじゃないですか。もう延長まで戦っていたので、右サイドから逆サイドまで走っていく体力が残っていなかったんです。だから、あの歓喜の写真のどれを見ても僕が映っていないんですよ(笑)」。当時の数ある写真をくまなく見ても、確かに名良橋の姿は見当たらない。おそらくは本人だけが抱えている舞台裏の“痛恨事”だ。
後に世界有数の指揮官となるシメオネ(8番)、バティストゥータ(9番)らを擁するアルゼンチン代表
初戦のアルゼンチン戦は0-1で敗れる。ガブリエル・バティストゥータが28分に華麗なシュートで先制点を奪うと、日本も攻め込む時間帯を作ったものの、最後の牙城は崩せない。初めてのワールドカップの、初めての試合は、近くて遠い世界との距離を、実感として突き付けられた90分間でもあった。なお、この一戦にはのちにアトレティコ・マドリーの監督として世界有数の指揮官となる、ディエゴ・シメオネが出場していたことも付け加えておきたい。
2戦目のクロアチア戦も0-1で敗れる。中山が中田のパスから決定的なシュートを放つシーンもあったが、相手GKのファインセーブに阻まれると、77分にこの試合唯一のゴールを沈めたのは、大会得点王に輝くダボル・シュケル。結果的にクロアチアが3位と大躍進を遂げたことも、この試合に惜敗したことの悔しさが募る。2試合を終えて勝ち点0となった日本は、最終戦を残してグループステージ敗退が決定した。
3戦目のジャマイカ戦も1-2で敗れる。のちに同国を監督として率いるセオドア・ウイットモアに2つの得点を叩き込まれ、日本も中山の大会初ゴールで1点差まで迫りながら、追い付くまでには至らず。初めて挑んだワールドカップは3戦全敗という形で幕を閉じたが、この270分間の経験がその後の日本代表の礎を築いたことに疑いの余地はない。
フランスでの3試合すべてにスタメン出場を果たした名良橋は、高校年代の今を伝えるべくJ SPORTSの『Foot!』にレギュラー出演している。番組内では名良橋がインタビューを行う時、高校生の選手に「名良橋って言うんですけど、僕のこと知っていますか?」と尋ね、申し訳なさそうに「知りません。ごめんなさい……」と答えてもらうやり取りが恒例になっている。無理もない。今年の高校3年生は2004年生まれ。フランスはおろか、日韓ワールドカップの頃も生まれていなかった世代なのだから。
ただ、令和を生きる高校生たちが当時の映像を見たとしても、きっとあの熱狂の空気感を追体験するのは難しい。日本サッカーの悲願とも言うべき、ワールドカップに初めて出場したあの日の日本代表は、その渦中にいた我々の中では、いつまでも特別であり続けている。
『ジョホールバルの歓喜』の際に試合実況をされていた山本浩さんは、日本代表の選手たちを「私たちにとって“彼ら”ではありません。これは、“私たちそのもの”です」と表現する名言を残している。我々の言いたかったことを、これ以上過不足なく表現している言葉を、私は他に知らない。
激闘のアジア最終予選を勝ち抜き、フランスでワールドカップの舞台に立った彼らは、まさに“私たちそのもの”だった。どれだけ今の高校生が名良橋のことを知らなくても、あの日本代表に胸をときめかせた者にとっての名良橋は、“私たち”を代表して世界と戦った、正真正銘のヒーローなのだ。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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