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「小さい子供たちに『自分のように小さくてもできるんだぞ』ということを見せたい」。前橋育英高校・高足善が最後の最後で見せ付けた10番の矜持【インターハイ決勝 帝京高校×前橋育英高校マッチレビュー】
土屋雅史コラム by 土屋 雅史
時計の針は、もう後半のアディショナルタイムを指していた。2か月近く遠ざかっていたゴールの歓喜。日本一を決めるこの試合でも、何度もやってきた決定機を逃し続け、ほとんど心は折れ掛かっていた。だが、諦めるわけにはいかない。応援してくれるみんなのために。自分を信じてボールを集めてくれるチームメイトのために。そして、かつての自分のようにサッカーが大好きな子供たちのために。ボールが足元に届く。ドリブルで運びながら、右足で思い切り振り抜いたシュートがゴールネットへと届いた瞬間、気付けば胸の“10番”を指さしながら、高足善は夢中で仲間の元へと走り出していた……
悪くないシーズンのスタートは切っていた。今シーズンから挑戦しているプレミアリーグでも、最初の6試合で4ゴールをマーク。チームを勝利に導くような大事なゴールも挙げるなど、当初の目標だったリーグ得点王も十分に狙えるようなペースで、得点を積み重ねていた。
だが、5月も半ばを過ぎると、なかなか結果に恵まれない日々を強いられてしまう。厄介なタイガー軍団の10番を潰そうと、明らかに厳しさを増すマーク。ファウルスレスレのタイトなプレーに、小柄な身体が何度もピッチに倒される。「相手が厳しく来ているのは自分でも感じていて、前を向いた時に相手との距離が近くて、なかなか自分のプレーが出せなくて……。でも、それはありがたいことです。マークに付かれても個で剥がしたり、自分で打開できる力をもっと伸ばして行きたいなと思っています」。言い訳はせず、自分の成長へと繋げようと必死に前を向くが、とにかくゴールが付いてこない。
夏の全国大会が始まっても、その流れは変わらなかった。チームが勝ち上がっていく中で、高足は攻守に献身的なプレーこそ披露していたものの、ゴールを決めて主役の座をさらっていくのは同じアタッカーの小池直矢や山田皓生。途中交代でベンチに下がることも多く、「自分も思い通りのプレーができなくて交代ばかりだったので、本当に悔しかったです」と率直な想いを明かす。
悩める10番を勇気付けたのは、誰よりも10番の気持ちをよく知る1人の“先輩”だ。「監督からもコーチの湯浅さんからも点を決めていないことを結構言われていて、自分も“ショボショボ”していたんですけど、1個上の翼さんがメッセージをくれたんです。『10番はオマエに与えられたんだから自信を持て』とか、自分にプラスになることを言ってくれて、それで立ち直れたというか、決勝もやってやろうという気持ちで臨めました」。
「1個上の翼さん」とは、昨年の前橋育英のエースとして活躍し、現在はV・ファーレン長崎でプレーしている笠柳翼。彼も1年間に渡って名門の10番を託され、その重圧と戦いながら結果を残していった。誰よりも自分の苦悩や葛藤を共有できる先輩からのメッセージが、高足の心を奮い立たせてくれたことは言うまでもない。
日本一の懸かった帝京高校との決勝。「善も責任を感じていて、夜に自分たちでミーティングをやっているんですけど、そこでも『自分が明日点獲って勝つんで、自分を信じてボールをくれ』ということを言っていたので、それを信じて自分たちはボールを善に集めました」と話すのはキャプテンの徳永涼。ここまで無得点の10番は覚悟を決めて、自分で自分にプレッシャーを掛けていた。
0-0で折り返した後半。前橋育英のチャンスは、ことごとく高足に集まってくる。37分(35分ハーフ)に井上駿也真のフィードを完璧なトラップで収めるも、放ったシュートは相手GKがビッグセーブ。46分は完全な決定機。GK雨野颯真のキックに、2トップを組む小池が頭で競り勝つと、高足は相手GKと1対1に。ところがループで狙った軌道は、枠の左へ逸れてしまう。
決定機を外して呆然とした表情を浮かべる高足
一様に頭を抱える本人とチームメイト。「『また外したか…』と思ったんですけど、最後は決めるだろうなとは思っていました」と徳永は優しさを見せ、「善さんが何回か外していて、正直ちょっとイライラしていた部分はあったんですけど(笑)、中学校の頃から大事なところで点を決めてくれる選手だということはわかっていたので、最後まで信じて善さんに任せようと思っていました」とFC杉野時代からの後輩でもある雨野も話したが、高足は「もう本当にあの時は泣きそうでした」と率直な想いを口にする。
その4分後にもFKの流れから三たびチャンスが巡ってくるも、枠内へ収めたシュートはここも相手GKのファインセーブに阻まれる。スコアレスで迎えた後半のクーリングブレイク。山田耕介監督は苦しむエースに、こう声を掛けたという。「大丈夫だ。3回決定的なチャンスを外しても、1回決めればいいんだから。もう1回チャンスは絶対あるから」。3度目の正直がダメならば、4度目の正直で決めればいい。指揮官は10番を信じていた。
もう後半も終わり掛けていた、70+5分。青柳龍次郎が縦に差し込んだパスを、堀川直人が繋ぐと、前を向いた高足は一気にトップスピードへギアチェンジ。マーカーを外すと、ペナルティエリアの外から右足一閃。ボールは懸命に飛びついたGKの手を弾いて、ゴールネットへ力強く飛び込んでいく。
「最後はコースというよりも気合で、それがたまたま入ったという感じで、最後は本当に気合でした」と振り返ったスコアラーは、ユニフォームの胸元に縫い付けられた“10”の数字を指さしながら、アップエリアで待つチームメイトの元へと全速力で駆け出していく。
エースの大仕事にチームメイトも笑顔で駆け寄る
「もうその時は周りが見えなくて、『本当にやってやったぞ』という気持ちが大きくて、結構ウルッと来ましたね。やっぱり人一倍10番への想いと責任感はありました。自分がやらないとチームも勝てないですし、日本一にもなれないと思ったので、10番としての意地を見せてやれたと思います」。悩んで、悩んで、悩み抜いた前橋育英の10番は、最後の最後でゴールという最高の結果を叩き出し、日本一を手繰り寄せるヒーローになってみせたのだ。
以前、高足が話していた言葉が印象深い。「自分はコーチの櫻井(勉)さんからも『試合を見て何かを感じてもらえる選手になれ』と言われているので、大きい選手に立ち向かっていって、負けてもまたどんどんチャレンジして、転んでもまたすぐ立ち上がっていくようなイメージを持って、小さい子供たちに『自分のように小さくてもできるんだぞ』ということは見せたいと思っています」。
公称の身長は158センチ。あるいはもうちょっと小さいかもしれない。それでも、全国大会の決勝で、日本一を引き寄せる貴重なゴールを決め切ってしまう。「小さい子供たちにカッコいいところ、見せられたんじゃない?」と水を向けると、「自分の中でも今日は『小さくてもできるんだぞ』というのは見せられたと思うので、良かったです」と満面の笑顔。チームで一番小柄な男の背中に輝く10番が、この日の試合を見ていた子供たちにとっては、他のどの選手の背中よりも大きく見えたのではないだろうか。
夏の日本一は獲得した。それでも、彼らの目標はこれだけではない。プレミアリーグ
、選手権との高校年代三冠を掲げるチームにとって、これはあくまでもファーストステップ。そのことは高足もよくわかっている。
「この優勝で育英自体も注目されると思うんですけど、ここからは優勝したという気持ちは1回なくして、本当にチーム全体としてもっと謙虚に、もっと強くなるために、今以上に雰囲気も良くやっていきたいですし、個人としてはチームの絶対的なエースになりたいです。まだまだこれからです」。
前橋育英の10番を背負った、小さな大エース。これからも高足善はさらなる高みを目指し、どれだけ激しく倒されようとも、そのたびに何度でも、何度でも、逞しく、堂々と立ち上がっていくはずだ。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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