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米子北の先制シーン。絶対王者・青森山田を土壇場まで追い詰めた
夏の日本一を勝ち獲った青森山田高校の黒田剛監督は、決勝後のミックスゾーンで開口一番、対戦相手の米子北高校について言及した。「やっぱりさすがにいろいろなところを食ってきただけのことはあるなというぐらい、本当に徹底した、したたかな戦い方というか、そのへんはビックリするぐらいの力があったと思いますね」。1強とも言われた優勝候補筆頭の青森山田を、残り1分まで無失点に抑え、真夏のアップセットを完遂しかけた米子北。彼らがこの大会を通じて纏ってきた確かな力は、絶対王者に対しても十分過ぎるほどに通用していた。
決勝の試合前。周囲の見方は青森山田の圧勝を予想する向きが多かった。それも無理はない。2回戦、3回戦と2試合続けて8-0という大勝を収め、今大会最大の好カードとも称された静岡学園との準決勝は、タレント揃いの相手にシュートすら1本も許さずに4-0の完勝。5試合を終えて28得点2失点。既に更新された得点の大会記録が、決勝でどれだけ更新されるのかに焦点は集まっていたと言っても過言ではない。
一方の米子北は初戦から苦戦続き。1回戦の帝京戦は後半ラストプレーでしぶとく追い付き、PK戦をモノにして何とか勝利。先制を許した2回戦も逆転勝ちで切り抜けると、3回戦もPK戦を制して、ベスト8へ勝ち上がる。準々決勝こそ各所にタレントを擁し、優勝候補にも挙げられていた神村学園に3-1で快勝したものの、準決勝の星稜戦も1点リードの後半アディショナルタイムに追い付かれ、直後の決勝ゴールで辛くも逃げ切り。決勝進出自体が大健闘と言っていいような5試合を過ごしてきた。
「青森山田は非常に強いチーム、王者ですので、現時点でのチームの力を発揮して、どこまで戦えるかというところを気負わずに、思い切って戦おうという話をしました」とは米子北の中村真吾監督。だが、キックオフを告げるホイッスルが鳴ると、ファイナルの主役は彼らがさらってしまう。
試合を動かしたのは9番を背負ったストライカー。前半9分。福田秀人が左サイドから果敢なドリブルでエリア内へ侵入すると、たまらず青森山田DFが倒してしまい、米子北にPKが与えられる。帝京戦でも先制点を奪っていた福田だが、スタメン起用されたのは3回戦から。「フォワードとしてゴールに向かうところ」が特徴だと自ら語る2年生FWが獲得したPKを、チームのエース・佐野航大がきっちり沈め、米子北が先制点を奪ってみせた。
この1点が彼らに大きな勇気を与えたことは言うまでもない。加えて、「2トップに対してセンターバックがチャレンジアンドカバーでしっかり守って、サイドがあまり絞り過ぎないように、サイドはサイドをしっかり守ろうと指示しました」と指揮官が語ったように、準決勝は躍動した青森山田の両サイドハーフ、右の藤森颯太、左の田澤夢積に対し、米子北の両サイドバック、左の海老沼慶士、右の原佳太朗が粘り強く食い下がり、良い形でクロスを上げさせない。さらに渡部颯斗と木村愛斗の両サイドハーフもきっちり守備に回り、サイドに強固な蓋を。青森山田にとって、準決勝とは逆にサイドでの主導権を握り切れなかったことは、全体のアタックが単調になる一因となった。
さらに大事なポイントは、10番の“ヘディング”。青森山田の十八番、多久島良紀が投げ入れる超高校級のロングスローは、佐野がことごとくニアサイドで弾き返す。前半29分にはロングスローから、青森山田のFW渡邊星来が放った決定的なシュートはクロスバーにヒットしたが、1試合を通じてロングスローからの決定機はこの1回ぐらい。王者のストロングを佐野の“個”で消し去ったのは、米子北が続けた無失点に大きな影響をもたらしていた。
ただ、後半34分に記録された青森山田の同点弾は、彼らの“機転”を称賛するしかない。この場面でスローインを任された多久島は、再三跳ね返されていたロングスローではなく、短いボールを小原由敬へ投げる。
「この試合はロングスローばかり入っていたので、失点の場面はボールを見ていなくて、そういうところに気の緩みが含まれていたことで、失点に繋がったのかなと思います」と振り返ったのは米子北のキャプテンにしてディフェンスリーダー、鈴木慎之介。小原のクロスに合わせた丸山大和のヘディングが、味方に当たってコースが変わり、ゴールに吸い込まれたという幸運もあったが、「常にセットをするのではなくて、ショートクイックでやってから放り込むことも常に考えておけということは言っていましたので、それは彼らの判断が良かったのかなと思います」と黒田監督。土壇場での“機転”が青森山田の息を吹き返させ、延長後半での劇的な決勝点へと繋がっていった。
勝機はあった。GKの山田陽介、鈴木と飯島巧貴のCBコンビを中心にひたすら耐え忍ぶだけではなく、カウンターから何度か追加点機も迎えていた。決して守るだけではなく、機を見て得点を狙うスタイルは、したたかなぞれ。決してただの献身的なチームではない所に、彼らの凄味があったことは強調しておきたい。
延長前半にミドルシュートとカウンターから2度のチャンスを迎えた佐野は「フィニッシュの精度が低かったので、そういうところも本当に反省しないとダメですし、あそこを決めていたらチームも勝っていたので、この経験を生かしてトレーニングしたいと思います」と試合後に語った。90分間奮闘し続けた佐野を責めることは決してできないが、彼のポテンシャルを考えれば、冬までに『経験を生かしたトレーニング』がどう実を結んでいくのかは、おおいに期待したいところでもある。
中村監督は決勝直後のミーティングで、選手たちにこう語り掛けたという。「『“もうちょっと”という考え方ではなくて、日常から変えていって、もう1回冬の選手権で決勝まで行けるように、決勝でまた違う結果が出せるように、日常から変えていこう』という話はしました」。
大舞台で味わった“もうちょっと”は、きっと確実に彼らの日常を変えていく。絶対王者を追い詰めた、したたかな献身。真夏の福井に米子北という爽快な熱風が、力強く吹き抜けた。
文 土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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