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日本サッカー協会が、育成年代のヘディング練習に関するガイドラインを発表したという。
ヘディングに関しては、ここ数年、「選手たちの脳に損傷を与えるのではないか」と言われ始めていた。イングランドでは11歳以下の練習ではヘディングを禁止するガイドラインが策定されている。あのロングボールとヘディングがその特徴だったイングランド・スタイルのフットボールの母国が、である。
日本サッカー協会もそうした世界の動きを受けて対策を検討していたのだ。
しかし、日本協会のガイドラインでは、「小学2年生以下は風船や新聞を丸めたボールを使う」とか、3年生以上は通常より軽いボールで練習するといった内容で、5年生以上についても回数制限を推奨した。
一読しただけではよく分からないような、かなり複雑なガイドラインである。
というのも、日本協会は「ヘディングと脳障害との直接的な因果関係は証明されていない」としているからだ。因果関係が証明されていない中で対策を立てるのだから、必然的に内容は複雑で曖昧なものにならざるを得ない。
世界的に考えても、「元プロ・サッカー選手に認知症が多い」などと言われているものの、世界的にも因果関係は証明されていないのだ。
だが、何らかの規制は必要なのであろう。ただ、ヘディングの練習が禁止されるにしても、当然、試合ではヘディングを試みなければならない場面は頻発する。少年少女たちの試合ではヘディングを(ハンドと同じように)禁止するしかないのだろうが、いずれ大人になってからはヘディングという技術を使わなければならないのだとすれば、危険を防ぐためにはやはり子供の時代から少しずつ「正しいヘディング」の練習しておいた方がいいのではないか……。
いずれにしても、因果関係が証明されていないものに対する対策はきわめて難しい。一刻も早く、実態を調査・分析して、果たして本当にヘディングが選手たちの脳にダメージを与えるものかどうかを調べるしかないだろう。
しかし、いずれにしてもヘディングというプレーが危険なものであることには変りない。
ボールが当たった衝撃で脳にはどういった影響が起こりうるのだろうか。
現代のサッカーで使われているボールは、空気を入れたゴムチューブの周囲を人工皮革で覆ったものだ。かつてのように天然皮革を使ったボールのように水に濡れて極端に重くなることもないので安全のようにも思えるが、同時に現代式のボールはキックの初速が速いので脳に与える衝撃もかえって昔のボールよりも大きいとも言われている。
だが、ヘディングに関する危険はこれだけではない。
両チームの選手が1個のボールを巡ってヘディングで競るのだ。いわゆる「空中戦」である。勇猛果敢な空中戦も、サッカーの中でも魅力的なプレーの一つでもある。
だが、空中戦では両チームの選手が頭と頭をぶつけて倒れるような場面をよく見かける。あるいは、より低いボールに対して頭から突っ込んでプレーする場合には、相手選手の足が頭部に当たってしまう場面もしょっちゅう見かける。今シーズンから脳震盪による交代が認められたとしても、ヘディングというのはやはり危険がある行為なのだ。
若年層でヘディングの練習が制限(あるいは禁止)されるのは当然のことであろう。
では、トップクラスの選手たちの試合ではヘディングは野放しにしていいのだろうか。
もし、将来の研究でヘディングが危険なものであることが証明されたとしたら、日本サッカー協会は、というよりもFIFAあるいはサッカーのルールを司るIFAB(国際サッカー評議会)はどうするのだろうか?
ヘディングが危険なプレーであるのだとすれば、禁止せざるを得ない。だが、ヘディングなしのサッカーなど、想像できるであろうか?
ヘディングというサッカー特有のプレーは1863年にロンドンでサッカー協会(FA)ができた当初のサッカー・ルールにはなかった。ヘディングというのは、ロンドンのFAとは別の組織で、独自のルールでフットボールを行っていたシェフィールド(イングランド中部の製鉄の町)で発明され、後にFAルールにも取り入れられたものだった。
ヘディングというプレーを禁止するために必要なのは「ハンドの解禁」である。
なぜ、サッカーというスポーツでヘディングという技術が生まれたのか。それは、サッカーでは手でボールを扱うことが一切禁止されたからだ。
1863年の最初のFAルールでは、空中を飛んできたボールを手でキャッチすること(フェアキャッチ)は認められていた。ラグビー派のルールとの違いは、ボールを持ったまま前に進んでいいのか否かでしかなかった。
それなら、当時のルールに戻って、手でボールを扱うことができるようにすれば、禁止しなくてもヘディングというプレーはなくなってしまうはずだ。
しかし、ハンドを解禁してしまってはサッカーは今のサッカーとは似ても似つかぬものになってしまうとすれば、そんなことは言語道断だ。
だが、「手でボールをつかんだり、抱えたりすること」を禁止していれば、サッカーの試合は現在のそれとそれほど変わらないのではないか。手を使っていいのは、手でボールを弾いたり、撃ったりする場合だけにすべきだ(オーストラリアン・フットボールではよく使われるテクニックだ)。
手でボールを弾くことなら、ヘディングの代わりになるし、長い距離の強いパスを使うためには手でボールを弾くのでは足りないから、パスもシュートも多くの場面で今までと同じように足を使って行われることだろう。
ただ、空中戦での競り合いの時にヘディングではなく、手でボールを扱えるようにするのだ。影響は大きい。
大きく変わるのがゴール前でのプレーだ。
つまり、誰もが「神の手」を使えるようになるのだ。GKにとっては悪夢だろうが、得点シーンは間違いなく増える。
そして、最大のメリットはハンドを巡っての紛糾が起こらなくなることだ。
VARが導入されてから、ゴール前でのハンドを巡ってで様々な事件が起こった。「腕」の範囲が明確に定められたものの、腕と体の境はやはり微妙だし、何よりも問題なのは手にボールが当たったとしても、それが意図的なものだったか、あるいはプレーに影響を与えたかを判断するのは審判団の仕事であり、とても微妙な判定を余儀なくされる。
そして、それがもしペナルティーキックの判定になったとすれば、得点につながる可能性が高く、勝敗を決定するプレーになるかもしれない。本当に超微妙なハンドの判定によって試合の行方が決まってしまうというのは、かなりフラストレーションが溜まる。
だから、ハンドを解禁してしまえば、VARの運用も今より楽なものになるはずだ。
どうだろう、一回、「ハンド解禁」のテスト試合でもやってみれば。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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