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肩肘張らず、軽やかに、伸びやかに、フットボールを語ることの大切さをその人は教えてくれた。無限の切り口と、無限の表現と、何より無限の愛情と。唯一無二の存在感。きっとあんな喋り手は絶対に他にはいない。今までも、そして、これからも。
#3のコラムでも触れたが、その人との出会いはリーガ・エスパニョーラの中継だった。ボールが回るたびに、ボールを触った選手の名前を、的確に連呼していく。かと思えば、いきなり試合とまったく関係のないスペイン文化の話を、解説者と笑いながら膨らませていく。それまで自分が知っていたサッカー中継の概念を根底から覆されるような、ある意味で自由気ままなスタイルは、すぐさま1人の大学生を虜にしていった。
その人がMCを務めていた番組が『Foot!』だった。プレミア、セリエ、リーガをそれぞれハイライト中心に30分ずつ扱い、トータルで90分間というのはフットボールの1試合と同じ。あるいはフットボールの1試合以上に濃厚な時間を提供してくれるその番組を、毎週のようにビデオに録画して、何度も何度も見返していた。
『Foot!』の番組に携わるということは、すなわちその人と一緒に仕事できるということ。就職活動のゴールをそこに据え、J SKY SPORTSを受験する。入社すれば、その人と仕事ができると信じて疑わず、『Foot!』に対する熱量と愛情だけを面接で訴え、幸運にも合格の通知を受け取る。制作部以外にも部署があるとか、制作部の中にもサッカー以外のコンテンツを扱うグループがあるとか、そんなことは考えたこともなかった。本当に何もわかっていない大学生だったなと、今から思う。
最初の1か月は研修期間。偶然にも制作部の研修に、リーガ中継の見学が組み込まれる。カードはレアル・マドリーとレアル・ソシエダの首位攻防戦。解説は金子達仁さん。実況はその人だった。試合前に挨拶こそしたが、ブースの向こう側とこちら側は思ったより距離があった。物理的にも。心理的にも。とても同じ空間を共有しているようには思えなかったことを、記憶している。
僕が配属されたのは制作部のサッカー担当ではあったものの、J2の中継がメイン。それ自体は充実したものだったとはいえ、リーガの中継は自分が会社にいない週末の深夜だったし、『Foot!』の収録は関わることのない仕事だった。その人と同じ空間で働く機会はないままに、最初の1年間は過ぎ去って行った。
入社2年目の4月。『Foot!』のスタッフに加わることを命じられる。すぐ近くにありながら、逆に遠いもののように感じていた憧れの番組。無論気合いが入る。2004年4月9日。これが僕の“デビュー戦”だ。しかもゲストは幼稚園の頃から愛読していた『キャプテン翼』の作者である高橋陽一先生。おそらくテンションはマックスに近かったに違いない。
収録当日。個人的に『キャプテン翼』シリーズのベスト作品だと思っている“36巻”を持参した。サインをもらうためだ。控え室にはあの高橋先生がいる。キャプテン翼への愛を訴え、サインもいただくことができ、まさに天にも昇る気持ちだった僕に、少し遅れて現れたその人は口を開く。それは叱責の言葉だった。
「自分が何者かも名乗っていないのに、そんな形で先生にサインをもらうようなことでいいの?今日から番組のスタッフなんでしょ。もっとちゃんとしないと」。
ガツンと頭を殴られたような気がした。“番組のスタッフ”。その通りだ。今までは視聴者だったが、スタッフに加わったばかりの下っ端とはいえ、もう番組を作って送り届ける側になっていたのだ。その時の僕の優先順位は、番組を作ることよりも、先生にサインをもらうことが何より一番だったのは言うまでもない。“デビュー戦”でいきなり洗礼を浴びた。しかもずっと憧れ続けてきた、その人によって。あのショックは今でも忘れられない。
今回の#10でお届けする北欧紀行は、同行した僕が撮影したものになる。憧れのヤリ・リトマネンに会ったその人は、明らかに緊張していたし、子供のようにはしゃいでいた姿が懐かしい。それから3度に渡って、そのロケシリーズは続くことになる。2回目はオランダ。3回目はイングランド。4回目はスペイン。思えばいろいろな所にご一緒したものだ。
Jリーグの中継プロデューサーへの異動を命じられたため、『Foot!』から外れることになった2011年の夏。その人は個人的な送別会を開いてくれた。“デビュー戦”から7年。少しは認められたのかなという想いと、思い入れの強い番組を離れることをより実感せざるを得ない想いと、何とも言えない感情が渦巻いた時間だったのを覚えている。
2017年の1月から、僕は“番組のスタッフ”に復帰した。その人は番組のレギュラーではなくなったものの、今でも時折スタジオに“ゲスト”としてお招きすると、収録の前後に貴重な提言を与えてくれる。“番組のスタッフ”であること。もう16年近くも前に教えられたその意味を、何かに迷った時には自分の中で常に反芻する。
今回のセレクションは僕にとって、“番組のスタッフ”として関わってきた集大成だと、勝手に思っている。視聴者だった時も、“番組のスタッフ”だった時も、“番組のスタッフ”ではなかった時も、僕は『Foot!』という番組に並々ならぬ愛情を注いできたつもりだ。でも、その愛情を形にして、視聴者の方に満足してもらえるような番組を作らないと何の意味もないことも、十分に理解している。なぜなら、僕は“番組のスタッフ”だからだ。それを教えてくれたその人の想いに応えるためにも、これからも任される限りは全力で良い番組を作っていきたいと強く、強く、思っている。
今さらですけど、あの日のこと。僕、高橋先生には自分が何者か名乗ってたんですよ。何なら名刺も交換していたんです。今でも大切に取っておいてありますから(笑) だけど、あの日に教えてもらった“番組のスタッフ”であることの意味を、今でも心の中に強く刻み込んでいます。今後もまたスタジオに来てもらうことが必ずあるので、いろいろと教えてくださいね。これからも宜しくお願いします。倉敷さん。
文 土屋雅史(J SPORTS)
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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