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サッカー フットサル コラム 2020年7月26日

『フットボールの熱源』

土屋雅史コラム by 土屋 雅史
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ある意味でフットボールにカテゴリーやレベルは関係ない。そこに熱量があるか、ないか。それだけが見ている者の心を震わせる。イングランドの下部リーグでも、新潟の高校生たちでも、きっとその根幹の部分は変わらない。

スペインの1月は暖かい。真冬の日本からやってきた僕は、まずそのことに感動した。試合観戦も快適だ。その時はかの有名なカンプ・ノウの横にある“ミニ・エスタディ”に赴いて、試合を見ることになった。それはFCバルセロナBのホームゲームだった。

10代半ばぐらいの選手がほとんどの“バルサB”に対し、アウェイチームは普通の大人たち。両者は体格だって全然違う。とはいえ、やっぱりバルサはバルサ。ボールを動かし、ドリブルも交え、試合を進めようとする。ところが、“大人たち”はそれを受け止め、跳ね返す。対戦相手として敬意を払いつつ、受け止め、跳ね返す。3部リーグのある1試合に過ぎないゲームは、確かな熱量を放っていた。

スタンドからピッチを見つめる我々日本人の少しだけ上に、1人で試合を見ている男性がいた。声を出すこともなく、静かに試合の趨勢を見守っていた。ふと見ると、アウェイチームのクラブグッズと思われるマフラーを巻いている。無類の“クラブマフラーマニア”である僕は、スペインの3部リーグのマフラーという圧倒的なレア度に惹かれ、同行していたコーディネーターにこうお願いした。「あの方にマフラーをもらえないか聞いてもらえませんか?」。

ほとんど観客のいない試合に訪れた極東の青年が、自らが応援するクラブのマフラーを欲しいという。喜んでくれるものだと思っていた。何の疑いもなく、マフラーを手に入れられるものだと思っていた。

「『やる訳ないだろ』と言ってます」。意外な言葉が通訳をしてくれたコーディネーターから発せられる。「え?」。予想外の回答に驚きを隠せない僕に、その男性は言葉を続けた。「これを人にやるくらいなら、死んだほうがマシだ」。そう言って、男性はニコリともせずに、その場を去って行った。

笑ってしまった。面白かったからではない。カッコよかったからだ。自分の応援しているクラブのマフラーを人にあげるくらいなら、死んだほうがマシ。どんだけカッコいいんだよ。僕はスペインで、ヨーロッパで、フットボールのクラブを応援することの意味を、あの男性に教えてもらった。

長岡の冬は厳しい。日本屈指の豪雪地帯。前の日の夜に雪掻きしても、翌日の朝には同じくらいの雪がまた積もっている。新潟県から真剣に日本一を目指している帝京長岡高校のサッカー部員は、そんな土地で日々ボールを追い掛けている。

僕らが高校を訪れた時も、雪は我が物顔をしながら、“しんしん”という表現がしっくり来るぐらい降り続いていた。選手たちはスコップや“スノーダンプ”と呼ばれる専用の器具を手に、ひたすら雪を掻いていく。1時間半ほど経った頃、ようやくフットサルコートぐらいの人工芝のスペースが顔を覗かせた。

当時は監督を、今は総監督を務める谷口哲朗の言葉が振るっていた。「自分たちがサッカーするために必要なんだから、それは雪掻きもやらざるを得ないですよね」。選手たちも納得せざるを得まい。

そもそもは縁もゆかりもなかった長岡に、谷口が高校の教員として赴任してきたのは24年前。サッカー不毛の地と言っても差し支えないような、越後の豪雪地帯に根を据えると決め、四半世紀に渡って種を蒔き続けてきた。今回お届けする放送回は7年前のもの。初めて高校選手権で全国ベスト8へと駒を進めた冬のことであり、まだそこまで多くのサッカーファンに認識されているような段階ではなかったと記憶している。

実は『Foot!FRIDAY』のロケで昨年の1月、久々に高校を訪れた。雪は相変わらず我が物顔で降りしきり、選手たちは相変わらずスコップやスノーダンプで雪を掻いていた。きっとこの地に根を張る以上、この環境はずっと変わらない。20年後も、30年後も、ずっと変わらないだろう。

そしておそらく、谷口たちも変わらない。20年後も、30年後も、降り続ける雪とそれを掻き続ける選手たちと共に、この地から日本一のチームを目指していくのだろう。

今年1月の高校選手権。帝京長岡は新潟県勢として初めてベスト8の壁を突破し、埼玉スタジアム2002のピッチに立った。最後は青森山田の圧力に屈したが、その魅力的なスタイルに多くのサッカーファンが熱狂した。それは確実に彼らが望んできた目的地へと、近付いていることの証明でもあったと思う。

おそらく彼らはいつの日か、日本一に辿り着くだろう。谷口たちが蒔き続け、耕し続けてきたものの成果として。あるいはもう、辿り着いているのかもしれない。常に自分たちへつきまとう雪をも溶かしてしまうほどに、圧倒的な熱量を有しているという意味では。

文 土屋雅史(J SPORTS)

土屋 雅史

土屋 雅史

1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。

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