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日本中のスポーツ・ファンの耳目が「アイルランド戦」に集中していたのと同じ時間帯に、僕は川崎の等々力陸上競技場でJ1リーグ第27節の川崎フロンターレとヴィッセル神戸の試合を見ていた。
神戸は、「バルセロナ化」と称してアンドレス・イニエスタやダビド・ビジャ、セルジ・サンペールといったスペイン人選手たちと次々と契約したものの、一向に結果につながらず、トルステン・フィンクというドイツ人で、より現実主義的な試合をする監督を招聘。このところ、ようやく結果が付いてくるようになったところだ。
一方、川崎は風間八宏監督の時代からけっして攻め急がずにパスを回しながら相手の守備を崩すというサッカーに取り組み、一昨年、昨年とJ1リーグを連覇したチームだ。自らボールを動かし、技術と戦術眼の力で相手を崩す、きわめて“志の高い”チームだ。
バルセロナ化を目指すという神戸との対戦では、これまでパス・サッカーの完成度の違いを見せていた。2017年からは、神戸には負けなし。5回戦って、4勝1分という成績が残っている。
今回の等々力での試合も、立ち上がりからホームの川崎が完全にゲームを支配してしまった。
川崎はDF陣に故障者が多く、ボランチが本職の守田英正が右サイドバックに、左サイドバックが本職の車屋紳太郎がストッパーと、いつもと違う配置だったが、中盤での守備で上回って危なげなく試合を進める。小さなパスをつないで攻めながら、時々織り交ぜる裏へのロングボールが効果的で、10分にはDF谷口彰悟からのロングボールを飛び出した神戸のGK飯倉大樹が処理を誤り、阿倍浩之が狙うがCKに。12分には田中碧が持ち上がって縦に入れたボールに小林悠が合わせてループシュートを狙ったが、バーの上を越す……。そして、守っても神戸がエースのイニエスタにボールを集めるところに田中や下田北斗のボランチ2人が体を寄せて自由にプレーさせない。
20分を過ぎる頃まで川崎のビッグチャンスが続いていた。その後、神戸にもカウンターからのチャンスが生まれ始めたが、川崎とすれば前半の間に最低でも1点を取らなければいけない試合内容だった。
そして、前半終了間際の44分、中村憲剛と田中のパス交換を狙われて山口蛍にカットされ、そこからビジャ、そして右サイドにいた古橋亨梧に渡って、古橋が右サイドを突破して折り返したボールをビジャが強烈に叩き込んだ。
後半に入っても、川崎の反撃が続き、とくに下田に代わって入った脇坂泰斗がより攻撃的な役割を果たして、川崎の攻めはますます鋭さを増した。
だが、そこに立ちはだかったのが右からダンクレー、大崎玲央、トーマス・フェルマーレンという神戸のスリーバックだった。スペースを埋めてゴール前を固める神戸の守備に、川崎はシュートを決め切れない。そして、70分にCKからの流れからイニエスタのクロスをDFフェルマーレンが頭で落として、同じくDFの大崎が決めて、神戸が決定的な2点目を決める。そして、アディショナルタイムに川崎に決められたものの、2対1で神戸が逃げ切った。
90分のうち、60分以上は攻め込み続け、相手の4本に対して13本とシュート数でも大きく上回った川崎だが、攻めている間に点が取れずに敗れ去った。首位との勝点差を考えると3連覇に赤信号が灯ったと言っていい敗戦となった。
今シーズンの序盤、川崎には守備の甘さがあり、リードしていても追いつかれてしまうような展開が多く、引き分けが多くなって勝点が伸びなかった。そして、結果を出せないという事実が次第に攻撃陣の焦りにもつながって点が取れなくなってしまった印象だ。落ち着いて攻めるべきところを、どうしても攻め急いでしまうのだ。
これに対して、神戸はリアリズムのサッカーで川崎から勝点3をもぎ取った。フィンク監督は「川崎の方がコンビネーションは上」とあっさり認めたうえで勝利の可能性を上げるために戦った。ゴール前に分厚い守備網を設定して、シュートを撃たれても3人のストッパーが跳ね返し続けた。そして、ウィングバックには百戦錬磨の西大伍と酒井高徳を置き、攻守のバランスを取らせる。中盤は底にセルジ・サンペールを置き、ボール奪取能力に優れた山口蛍が相手の攻撃の芽を摘む。イニエスタやビジャのように、あまり守備をしない選手の周囲がハードワークして守備を支えるのだ。
こうして失点さえ最低限に抑えておけば、なにしろ前線には世界最高のパス出しの名人イニエスタと、ゴール感覚に優れたダビド・ビジャがいるのだ。90分の間には、いくつかはチャンスがあるし、個の力で相手をねじ伏せることもできる。
それが、フィンク監督の狙いであり、いかにもフィンクらしい戦い方だ。
だが、神戸にとっては、それでいいのだろうか。高額の違約金を払ってイニエスタと契約したのは、クラブをバルセロナ化=パスで崩すサッカーをしたかったからなのではないか。リアリズムのサッカーで結果を出している今の状況をどう考えるか、である。
サポーターにとっては、まだ掴んだことのないタイトルが手に入るなら、リアリズムのサッカーを支持できるのかもしれない。
サポーターはともかく、問題は「バルセロナとの関係を強化しようと動いているオーナーの三木谷浩史氏(楽天の会長兼社長)がどう思うのか」である。多額の出資をしたが、成績が上がらなかった。そんな中で、結果が出始めたのだから万々歳なのか。そうであれば、来シーズン以降もフィンク監督の下でリアリズムを追及していけばいいのだが、三木谷オーナーは本当にそう思っているのか。もし、試合の内容に不満を持っていたとすれば、再びチームに介入するのかもしれない。
来シーズン以降もフィンク路線を継続して、リアリズムのサッカーでタイトル獲得を狙うのか、再びバルセロナ化を目指す、茨の道に戻ろうとするのか……。いずれにしても、神戸は注目に値するクラブの一つである。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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