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ロンドンから来た記者は「55%の出来だ」と言った。
「Jリーグ・ワールドチャレンジ」で川崎フロンターレに敗れたイングランド・プレミアリーグのチェルシーの話である。
それはそうだろう、
新監督(フランク・ランパード)が就任して新シーズンに向けて始動した直後。3日前に来日したばかりで、時差調整もまだ終わっていない。そして、気温役28度、湿度70%の蒸し暑さ……。
今年のヨーロッパは異常気象で暑さが続いているといっても、こういう蒸し暑さは彼らは経験していないし、まして、そんな環境でフットボールをするなど未体験に違いない(本来なら、この時期にはスイスかオーストリアの涼しい気候の静かな環境の中でじっくりとチーム作りに励みたいところなのだろうが、現代のサッカーではビッグクラブにはそんな余裕は与えられないのである。
そんなチェルシーがボールを握って攻めてはいたものの、動きに鋭さがなく、なかなか得点できない。すると、川崎の鬼木達監督は83分になって相手のDFが疲れ切ったのを見て、中村憲剛を投入。中村は素晴らしいお手本のようなスルーパスを次々と通して、川崎がチェルシーを押し込んでしまう。そして、ショートコーナーからつないだ中村が脇坂にボールを預けて一気にペナルディエリア内にダッシュをかける。そして、ボール受けた中村が逆サイドに高いボールを送ると、そこに走り込んだレアンドロ・ダミアンがヘディングで叩きつけた。
中村憲剛は、ピッチに入ってからわずかに4分で得点を生み出し、MVPまでさらってしまった。なんという、効率の良さだろう!
こうして、川崎は1対0で勝利を収めたのだ。相手が疲れてきた終盤にエースを投入して一気に勝負をかけたあたりは、ゲーム戦術として見事なものだった。だが、内容的には川崎はチェルシーに完敗。大きな差を見せつけられてしまったのだ。
チェルシーの出来はどうせ55%なのだから、試合前に僕はもう少し川崎が優位に立てるのではないかと思っていた。おそらく、鬼木監督などもかなり期待していたのではないだろうか。
風間八宏前監督が作り上げたのが川崎のサッカー……。けっして急ぐことなく、ボールを正確に止めて、正確に蹴ることによって、パスのタイミングやスペースに顔を出すタイミングさえ正確なら、スプリントを繰り返したりしなくても、つねにボールを持って相手の裏を突くことができるのだ。
鬼木監督は、就任以来それにさらに磨きをかけ、効率的なものに仕上げてきていた。
日本のサッカーの特徴はパス・サッカーだ。そして、川崎のサッカーはそれを突き詰めたものだ。Jリーグでも、ACLでも、川崎のパスの技術は群を抜いているのだ。
その川崎のサッカーが、チェルシーにどこまで通用するのか、それがこの試合の一番の注目だった。
しかし、試合が始まってみると、パスを回すことによってゲームを支配したのは、チェルシーの方だったのだ。
日本チームが外国チームと試合をするとき、パスワークなどでは日本は他のどこの国と比べても見劣りしないはずだった。ただし、スピードや高さなどで押し込まれて失点をしてしまう。それが、お決まりのパターンだった。
相手からすれば、日本と戦う時には、中盤でボールを持たせておいて、ロングボールを使ったカウンターで個人勝負に持ち込んでしまえばいいのだ。
だから、スピードやパワー、高さなどでチェルシーに完敗してしまったとしたら、それは予想通りと言わざるを得ない。
だが、川崎は得意のパス回しの技術の部分で完敗を喫したのだ。
鬼木監督は「圧を受けた」と表現したのだが、チェルシーのプレッシャーはかなり強烈だったようで、チェルシーが積極的にプレスをかけてくると川崎の選手は後ろで回すことはできても、前に付けることもがきなくなってしまった。しっかりとボールを支配して、前を向いてプレーできたのは中村憲剛のほかには、家長昭博と田中碧くらいしかいなかった。
そして、逆にチェルシーの選手にプレスをかけていっても、簡単にはずされてパスを回させられたのだ。それも、日本では経験したことがないほどのスピード溢れるパスだった。
川崎得意のパス・サッカーの部分でも、チェルシーには通用しなかった。
パワーやスピードなどで完敗したのなら、諦めるしかない。それは、もともと日本の弱点だったのだ。だが、川崎は、自分たちの得意分野であるパス回しの部分でチェルシーにい完敗してしまったのだ。
チェルシーがいつもほどコンディションが良くなかっただけに、余計に立ち止まった状態でプレーすることが多かったので、パス技術の部分が浮き彫りになったようにも思える。
つまり、「55%」のコンディションでも、あれだけできてしまう。「80%」の川崎を上回ってしまうのだ(川崎もJリーグの最中だけに、無理はしていない)。それが彼らのベースなのだ。
とにかく、川崎の選手にとっては、自分たちがやりたいことを相手にやられてしまったわけで、勉強にはなったことだろう。さらに上を目指してテクニックのレベルを上げていってほしい。そして、今回は「55%」の相手に勝利したわけだが、将来は、もっと最高の状態に近い相手に挑戦する機会を作りたいものだ……。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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