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2月12日、ゴードン・バンクスが亡くなったという知らせが届いた(残念ながら、日本ではあまり大きく報道されなかったが)。
イングランドが1966年に自国開催のワールドカップで優勝した時のGKであり、イングランド・サッカー史上最高のGKであることは間違いない。世界では史上最高の座はバンクスとレフ・ヤシン(ソ連=ディナモ・モスクワ)の2人のどちらかだろう。
1966年のワールドカップでは、準決勝でポルトガルのエウゼビオに1点を決められるまで開幕戦から5試合を無失点でしのぐ大活躍(決勝戦では西ドイツ相手に2失点)。
しかし、バンクスの名を今に伝える伝説的なプレーは、4年後のメキシコ大会のブラジル戦で生まれた。
前回優勝のイングランドと1958年、62年を連覇したブラジルの新旧王者対決はグループリーグの2戦目で実現した(グループ3はイングランドとブラジルに加えて、ルーマニア、チェコスロバキアがそろった“死の組”だった)。
そのイングランド対ブラジル戦の前半、右から持ち込んだブラジルのジャイルジーニョがクロスを上げた瞬間、GKのバンクスはジャイルジーニョを警戒してニア側のポスト脇に位置を取っていた。
ジャイルジーニョのクロスに合わせたのは、この大会で自身3度目のワールドカップ優勝を遂げることとなるペレだった。高い打点で完璧にとらえたペレのヘディング・シュートは、バンクスのポジションとは反対のファーサイドを狙ったものだった。誰もが「ゴール!」と思った。しかし、その瞬間、反転したバンクスが指先にボールを当ててCKに逃れたのだ。
シュートを放ったペレ自身を含め、ピッチ上にいた両チームの選手の多くが「何が起こったのか分からなかった」と述懐する世紀のセービングだった。
試合はジャイルジーニョのゴールでブラジルが勝ったが、両チームはともに“死の組”を突破した。
だが、1966年大会の決勝戦の再現となった西ドイツとの準々決勝を前に、バンクスは腹痛を起こして欠場してしまい、ピーター・ボネッティがイングランドのゴールを守ったが、延長戦の末に西ドイツに敗れて連覇の夢が絶たれたのだ。「バンクスさえいてくれたら……」というのが、イングランド・ファンの偽らざる思いだった(メキシコ大会では、多くの選手が腹痛を起こした)。
あの、ペレのシュートをセービングで逃れた場面もそうだったが、バンクスの特徴は何と言っても動きの俊敏性だったのではないか。
今から20年ほど前、20世紀の偉大なプレーヤーを表彰する祭典がドイツのフランクフルト近郊で行われたことがある。フランツ・ベッケンバウアーやヨハン・クライフといった大物も数多く参加した表彰式。僕も、招待されて会場を訪れ、エレベーターに乗ったら同乗したのがゴードン・バンクス夫妻だった。「今晩は」と挨拶して握手を求めると、バンクスは微笑んで小さな声で挨拶を返してくれた(イングランド北部の訛りもあって、残念ながらよく聞き取れなかったが……)。
「世界最高のGKは、こんなに小さな人だったのか」というのが、僕の印象だった。
資料を見ると、身長は185センチほどあったらしいが、60歳を過ぎたころだったせいかい、それとも静かな物腰のせいか、僕には「思った以上に小さい」という印象だった。いや、そういう印象を抱いたのは、現役時代のあの俊敏な動きの記憶があったからだったのかもしれない。
同じ会場で見かけたベッケンバウアーやクライフの持つようなカリスマ性はなく、とても親しみやすい人のように見えた。
20世紀のイングランドは、名GKの宝庫だった。
バンクスは、そのサッカー人生の前半をレスター・シティで過ごしたのだが、1966年のワールドカップで優勝を遂げた次の1966-67年シーズンを終えると、レスターから放出されてしまう。ピーター・シルトンという若いGKが台頭したせいだった。シルトンや、北アイルランド籍だったがパット・ジェニングスなど、イングランドは世界的なGKが目白押しだった。
サッカーの母国であり、20世紀前半までは間違いなく世界最強国だったイングランドには、優れたGKと優れたCFが何人もいたのだ。
レスターを離れたバンクスは、その後のGK人生の多くをストーク・シティで過ごすことになる。レスターからの移籍を巡ってトラブルがあったせいか、出場試合数はレスターでの方が多かったもののバンクスの心はストークにあったようで、引退後もバンクスはストークに住み続け、先日亡くなったのもストークにある自宅でのことだったという。
ストーク・シティのホーム・グラウンド、現在の「BET365スタジアム」を訪れると、同じくストークで活躍したサー・スタンリー・マシューズの銅像とともに、バンクスの銅像が迎えてくれる(バンクスが活躍したのは、もう取り壊されてしまった古い「ビクトリア・グラウンド」でのことだったが……)。
ストーク・シティで活躍を続け、ストークにとって唯一のビッグ・タイトルであるリーグ・カップをもたらしたバンクスだったが、1972年に交通事故にあって、ガラスの破片が刺さって右目を失明することになる。その後も、現役続行を目指したバンクス。北米サッカーリーグ(NASL)のフォートローダーデール・ストライカーズでリーグ最優秀GKに選ばれるだけの活躍をしたのは驚異的だったが、イングランドなどトップリーグ復帰は果たせなかった。
もし、あの交通事故がなければ、ストークでの活躍もさらに長く続いたことだろうし、あと数シーズンはイングランド代表でもゴールを守っていたことだろう。
あのドイツでの思い出とともに、ご冥福を祈りたい。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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