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GKの川口能活(SC相模原)が引退を表明したという。
僕は、川口を特別に取材したことはないが、彼のプレーは高校生時代からずっと見てきただけに感慨は大きい。日本のサッカー史の中で一つの時代を作った名プレーヤー。“特別な選手”の一人と言っていいだろう。
僕が初めて川口能活というGKを見たのは彼が高校生の時だった。川口は清水商業高校(現清水桜が丘高校)で1年生の時からレギュラーの座をつかんでいた。Jリーグ発足前の日本では「高校サッカー」の地位は現在と比べてはるかに大きなものだった。代表入りする選手のほとんどは「高校サッカー」出身であり、トップリーグである「日本サッカーリーグ(JSL)」の試合には閑古鳥が飛んでいたが、毎年正月に国立競技場で行われる「選手権(=全国高等学校選手権大会)」の決勝には満員の観衆が詰めかけた。
そして、高校サッカーの中でも静岡県勢は特別な位置を占めていた。静岡勢は毎年のように「選手権」の決勝にコマを進めており、静岡県大会は全国大会優勝より難しいと言われていた。その、静岡勢の中でもトップのチームで1年生からレギュラーの地位を約束された選手というのは、まさにスター中のスターなのだ。たとえば清水東高校で「三羽烏」と唄われた大榎克己、長谷川健太、堀池巧の3人がそうであったように、川口はいわば「生まれながらのスター」だったのだ。
「選手権」のある試合で、川口がゴール前に立ったまま、チームメートにシューズのほどけたヒモを結びなおさせている情景を見て、「ああ、彼は本当のスターなのだなあ」と感心したのを思い出す。
そして、高校を卒業してからも川口能活は常にスポットライトの当たる道を歩くことになった。
川口が高校3年生となった1993年に日本初のプロサッカーリーグ、Jリーグが開幕した。そのタイミングの偶然一つを取ってみても、彼が選ばれた存在であるのは間違いない。そして、そのJリーグの強豪チームの一つである横浜マリノスに、川口は入団する。
スター軍団だった横浜には松永成立という日本代表のGKがいた。GKというポジションでは、たった1人の選手しか出場できない。高い能力を持ちながらセカンドGKとしてトップチームでプレーできない選手も多い。当然、周囲は川口が横浜でポジションを取るには時間が必要と思っていたが、2年目には新監督として横浜にやって来たホルヘ・ソラリによってレギュラーに抜擢され、監督と対立した松永は移籍してしまう。
そして、この年の横浜マリノスはJリーグのタイトルを獲得。川口は弱冠20歳で、Jリーグ優勝を経験することとなったのだ。そのサッカー人生のスタートからして、「何かを持っている」としか言いようがない。
Jリーグでレギュラーの座をつかんだ代表でもアトランタ・オリンピック予選で正GKの座をつかみ、日本にとって28年ぶりのオリンピック出場を成し遂げ、そして本大会の初戦ではオーバーエイジを含めた最強のブラジル代表が放つシュートの雨をことごとく防いで「マイアミの奇跡」の立役者となり、すぐにA代表のGKの座をつかむ。そして、あの1997年のアジア最終予選の戦いで日本のゴールを守るという痺れるような経験をして、そして、98年に初めてワールドカップに出場した日本代表のゴールを守った。
その後も、日本人GKとして初めての海外挑戦を果たすなど、あらゆる意味で川口は時代を切り開いていくこととなる。
このコラムは、川口能活の選手としてのキャリアを振り返るのが目的ではない。Jリーグ入りしてから、あるいは代表入りしてからの経歴は多くの方がご存じだろうし、お調べいただければいい。僕が言いたいのは、こうした華々しい、そして険しい経験の数々を彼がしっかりと吸収、消化して、GKとしても、また人間としても成長していったということだ。
川口は、もともと反射神経の良い、シュートを止めるのがうまいGKだったが、キャリアを積み重ねるとともに、経験を糧にして守備範囲を広げ、またボールをキャッチしてから素早く展開する能力も上げて、最終的にはバランスの取れた総合的なGKとなっていった。
少年時代からスターとして扱われる中で慢心して、スターの座に胡坐をかいていたら、選手生命がこれほど長くなることはなかったであろう。
川口の、食事に気を使って体重の管理を徹底するストイックな姿がよく紹介されるが、体の管理と同時に、彼は心も整えていった。
大スターであるにも関わらず、川口は取材者にも気を使うとても謙虚な選手としても知られる。ある時、僕は雑誌記事の中で川口のプレーを批判した。たしか、ボールを奪った後の展開力に関することだったように記憶している。後から聞くと、川口自身もその記事を読んで気にしていたそうなのだ。その後、何年か経ってから同じ雑誌で僕が彼の成長を評価して好意的な記事を書いたら、川口はその時になって編集部を通じて僕にも挨拶を送ってきたのだ。
今シーズン限りで引退するという川口能活が、これからどんな道を歩んでいくつもりかは知らないが、川口能活に日本の若いGKを育ててもらうことはできないものか……。
GKの育成は、日本のサッカー界にとっては喫緊の課題なのである。今の日本代表にワールドクラスのGKがいたとすれば、マジで日本代表はワールドカップの上位を目指すことができるはずだ。
いや、コーチという形式にこだわらなくてもいい。
あれだけ濃密な選手としての経験を積んだのだから、どんな形にしても、その財産をうまく若い世代に伝えていってほしいのだ。GKの技術を教えられる優秀なコーチは他にもいるだろうが、あれだけの修羅場をくぐり、4度のワールドカップに出場した経験を伝えられるのは彼しかいない。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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