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サッカー フットサル コラム 2018年7月25日

きわめて後味の悪いエジルを巡る事件 ドイツ代表は「寛容性」を象徴する存在だったはずなのに……

後藤健生コラム by 後藤 健生
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メスト・エジル(アーセナル)がドイツ代表からの引退を表明し、波紋を広げている。 ただの「代表引退」ではない。トルコ系ドイツ人であるエジルが、独裁的な統治手法で西ヨーロッパで評判の悪いトルコのエルドアン大統領と面会した写真を巡って批判を受け、エジルは「人種差別だ」と反発。SNSで長文のメッセージを発表したのだ。

エジルといえば、現在のドイツ代表を象徴するような選手である。 かつては武骨な大男の集まりといった印象で、「強いけれども、つまらない」と形容されたドイツ代表のイメージは、この10年ほどですっかり変わった。ドイツ選手がもともと持っている献身性やスピードに加えて、テクニックやアイディアの豊富さを兼ね備えたのが現在のドイツだ。2014年のブラジル・ワールドカップで圧倒的な強さを見せつけて優勝した。ドイツが国際大会で優勝する姿はこれまでに何度も見てきたが、あの時のようにパーフェクトで魅力的なドイツといえば、フランツ・ベッケンバウアーやギュンター・ネッツァーがいた1970年代以来のものだった。

そんな新世代の先駆けとなったのがエジルであり、またチュニジアにルーツを持つサミ・ケディラであり、そんな彼らが加わった2010年の南アフリカ・ワールドカップや2012年のEURO(ポーランド、ウクライナ共同開催)では大きな印象を残した。 そうした大きな功績を残してきた偉大な選手が、このような形で代表から離れていくことは大変に残念なことであり、また、ドイツ・サッカーの将来にとってもけっしてプラスになることではない。

たしかに、ロシア・ワールドカップでのエジルのパフォーマンスは期待を下回っていたかもしれない。だが、ドイツ代表が屈辱のグループリーグ敗退となったのは、エジルのせいではない。完成度が高いはずのドイツ代表がこれまでと同じサッカーに固執し、勢いやエネルギーをピッチ上で発揮できず、サッカーのチーム作りの難しさを改めて認識させられたもの。けっして1人の選手の低調なパフォーマンスが原因ではない。

それが、敗戦を受けて、チームの一体性の欠如が批判され、そして、その原因としてエジルのエルドアン大統領との写真が指摘されたのだ。まさに、「スケープゴート」である。問題のあるエルドアン大統領との写真を公開したエジルももちろん軽率だったが、それをもってエジルを批判し、敗退の原因とするというのは、まさにお門違いでしかない。

ドイツのサッカーが大きく変わったのは、1990年代にレベルが低下したことを受けて(それでも1996年のEUROに優勝するなど結果は残していた)、ドイツ・サッカー協会(DFB)が選手の育成から見直してテクニックのある選手を生み出し、また、各年代別の代表での指導方針を統一し、代表強化のグランドデザインを考えて一貫強化に成功したからだった。 ちょうど同じころ、トルコ系のエジルやチュニジア系のケディラを始めとして、ドイツ代表選手のルーツも多様化していった。

1966年のワールドカップで3位に入ったポルトガル代表にエウゼビオやマリオ・コルーナなどモザンビーク出身の選手が入っていたが、かつては、ヨーロッパ各国の代表に黒人選手の顔を見出すことはほとんどなかった。

その後、1990年代に入ると各国にアフリカ系など「異民族」の選手が増えていった。ルート・フリットやフランク・ライカールトなどスリナム独立の時にオランダ国籍を取得したアフリカ系のオランダ人選手がいたし、1998年に自国開催の大会でワールドカップ初優勝を飾ったフランス代表は約半数をアフリカ系など異民族の選手が占めており、異彩を放っていた。

当時、ドイツにはまだ異民族の代表選手はほとんど存在せず、ドイツ人はその「純潔性」を誇っており、またフランスの関係者は「フランス社会の寛容性」を自慢していたものだ。 だが、2000年代に入って、ドイツ代表のサッカーが大きく変化した時期になると、ドイツ代表にも多くの異民族の選手が含まれるようになっていった。ボアテングのようなアフリカ系もいたし、また、ドイツ生まれのトルコ系選手が台頭し、ある者はルーツであるトルコ代表を選択し、またある者は生まれ育ったドイツ代表を選択した(エジル自身もトルコ側からは代表入りを強く期待される中で結局ドイツを選択した)。

エジルらが何系のルーツを持つにしても、それがドイツのサッカーが変わった原因ではない。だが、さまざまなルーツの選手が1つのチームを作るドイツ代表の姿は、「新しいドイツ」、「多様性と寛容性のドイツ」の象徴のような存在だった。

そんなドイツも、2010年代後半になると中東からの大量の難民の流入で排他的な雰囲気が醸成され、難民受け入れに反対するポピュリズム政党が勢力を強めつつあるのが現状だ。 そんな時期に、ドイツ代表がワールドカップで早期敗退し、それに伴ってエジルの問題が起こったのだ。

これから育ってくる若い世代のトルコ系の選手にとっては、ドイツ代表を選択することが難しくなるかもしれない。スタンドでの人種差別的な事件が多発するかもしれない。ドイツとトルコの関係もぎくしゃくしたものとなるかもしれない。あるいは、民族的な寛容性を体現したような存在だったドイツ代表が、かえって人種問題に波紋を投げかける存在になってしまうのかもしれない。

エジルを巡る今回の問題はとにかく後味の悪い事件だった。何らかの和解が成立してほしいものだ。サッカー・ファンとしてはメスト・エジルという名選手の活躍をこれからも見ていたい。もうすぐ、プレミアリーグも開幕するが、クラブでの試合であれば、国籍とか人種とかいったことと切り離して純粋にエジルのプレーを楽しめるはずだ。

後藤 健生

後藤 健生

1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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