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ロシア・ワールドカップもいよいよ最終盤を迎えている。大会前半、ドイツがグループリーグで消えるなど接戦と波乱が相次ぎ、いつになくスリリングな大会だったが、ここに来てみるといわゆる「伝統国」が少なくてやや物足りなさを感じてしまう。いささか早すぎるかもしれないが、今回は大会全体の評価について振り返ってみたい。ロシアでのワールドカップは、とても楽しめた。あるいは「ストレスの少ない大会だった」と言ってもいい。
21時開始の試合が終われば、スタジアムから泊っているアパートに帰って来るのは日付が変わってからになってしまうが、治安的にはまったく問題がなかった。ロシア連邦の南部には治安の悪い地域もあって日本の外務省から渡航情報なども出されているが、ワールドカップが開催された11の都市はとても治安が良く、夜中でも平気で外出できた。 夜中でも平気で外出できるワールドカップ……。なんと2006年ドイツ大会以来12年ぶりのことだ。しかも、深夜でも公共交通機関が動いているのもありがたい。
モスクワというと、ガイドブックには必ず地下鉄(メトロ)のことが載っている。ただし、それは「メトロの駅が大変に豪華だ」ということについてだ。だが、モスクワのメトロは駅が豪華なだけではない。これだけ機能的な交通システムは、他に例がないのではないか。
なにしろ、頻繁に地下鉄の電車がやって来るのに驚かされる。1分に1本程度だ。階段を降りている最中に電車が行ってしまったとしても慌てる必要はない。階段を降りてホームを半分くらいまで歩いていると、すぐに次の電車がやって来るのだ。「あんなに短い間隔で運転していて追突事故は起こらないのか」と心配になってしまう。
バスやトロリーバスもそうだ。僕がこの1か月間暮らしていたアパートはメトロの駅から距離があって必ずバスかトロリーバスに乗らなければならない場所だった。「ちょっと不便かもなぁ」と思っていたが、何しろバスもひっきりなしにやって来るからストレスが溜まらない。
それだけ頻繁に運行しているから、メトロもバスもよほどのラッシュ時以外には間違いなく座れるのもありがたかった。しかも、ワールドカップのADカードを持っていると、電車、メトロ、バスがすべて無料で乗り放題というのだ。ありがたい!
ロシアでの大会が決まった時、真っ先に思ったのは「開催都市間の距離が遠くて移動が大変だろう」ということだった。なにしろ、地球上の陸地面積の6分の1を占める大きな国だ。
しかし、飛行機も安い料金で飛んでいたし、なにしろジャーナリストだけでなく、チケットを持っているファンも都市間の鉄道に無料で乗れるサービスまであった。夜行寝台列車である。しかも、この無料列車にはロシア鉄道も新型車両を投入したようで、思ったよりずっと快適に過ごすことができた。
もちろん、夜行での移動が続くとかなり疲れるのは確かだ。ボルゴグラードでのグループリーグ最終戦(ポーランド戦)の後、23時間半かけてカザンまで移動し、カザンで1泊した後、再び夜行でモスクワに戻った時は(一般列車の旧型車両だったこともあって)かなり疲れたが……。
そして、何よりありがたいことは、ロシアでは列車も飛行機も定刻通りに正確に運行されていることだ。イタリアをはじめ、西ヨーロッパでは列車の遅れなど日常茶飯事なのにここでは定刻が当たり前。ロシアという国を見直さなければならない。
メトロも鉄道も、旧ソ連時代の設備を使っている。地下鉄の電車やバスなどは、かなりの年代物の車両が今でも走っている。つまり、この国では旧ソ連時代からあれだけの頻度で、時間にメトロや列車が正確に運行されていたわけだ。
ソ連という国の共産党独裁体制は、たしかに大きな問題をいくつも抱えていた。その一方で(あるいは、だからこそ)、歴代政権は民生にもかなり気を使っていたと聞く。メトロや鉄道を始めとした交通機関の優秀さもその一部なのだろう(ただし、それは都市住民に対してであって、農村部は圧政と搾取にあえいでいた)。
また、ロシアに来る前に難しそうに思っていたのが両替問題だった。日本国内で円をロシアのルーブルに交換するとレートがとても悪い。また、ロシア国内でも日本円より米ドルの方がレートがいいということだった。もちろん、カードでキャッシングするのが最もレートは良いのだろうが、果たして日本のカードで自由に引きさせるか……と考えて、ある程度の米ドルの現金を持ってきた。
ところが、こちらに着いてみるとほとんどすべてがクレジット決済だった。スーパーマーケットでの少額の買い物でも、道端の掘立小屋のようなキオスクでの買い物でも、まずほとんどの買い物でカード決済可能なのだ(メディアセンターではVISAしか使えないが)。つまり、ロシアはキャッシュレス社会に近づいているのだ。
そんなこんなで、ワールドカップの期間中1か月滞在してみると、ロシアは意外にもとても便利で暮らしやすい国だった。大会の運営自体も、入場口の案内や荷物検査などじつにうまく運営されていた。あれだけちゃんと荷物検査をしながら、スムースに人を流せるのは大したものだ。
おまけに、気候的にもとても過ごしやすかった。大会期間中ほとんど雨らしい雨にも降られず(日本で大雨の被害に遭われた方には、お見舞申しあげます)、南部の都市では猛暑に見舞われることもあり、準決勝のサンクトペテルブルクは寒かったが、ほとんど20度台後半の乾燥した過ごしやすい気候だった。
総合的に言って、運営面では僕がこれまで体験してきた12回のワールドカップの中でも最もストレスなく過ごせた最高の大会だったように感じる。しかも、物価も安く、旅費も安上がりにすんだのだから申し分ない。
2018年にロシア・ワールドカップを観戦した人が、2020年のオリンピックで東京を訪れたとしたら、果たして満足してもらえるものだろうか……。ロシア大会の大成功によって、東京大会にとってハードルがかなり上がったように思えるのだが……。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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