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【栗村修】
一般財団法人日本自転車普及協会
1971年神奈川県生まれ
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。豊富な経験を生かしたユニークな解説で多くの人たちをロードレースの世界に引きずり込む。現在は国内最大規模のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の組織委員会委員長としてレース運営の仕事に就いている。
2016年10月にドーハで開催された「世界選手権ロードレースジュニア個人タイムトライアル」に於いて圧倒的なタイムで優勝した「ブランドン・マクナルティー選手(アメリカ)」に関する興味深い記事を読みました。
要約すると、アメリカのロードレース界に久々に登場した「怪物新人」であるマクナルティー選手が、ジュニアカテゴリーを卒業して次のキャリアへのステップとして選んだチームが、意外にもアメリカツアーを中心に活動しているドメスティックな「ラリーサイクリング(コンチネンタルチーム)」だったという内容です。
「怪物級」の身体データを誇るマクナルティー選手に対しては、すでに多くのワールドツアーチームが触手を伸ばしているとのことで、ワールドツアーチーム自身が傘下に持つディベロップメントチームでの段階的な育成や、それに伴う金銭的なサポート(給与も含むある程度特別な内容)など、かなりの高条件が提示されていたと報道されています。
しかし、悩んだあげく彼自身と周囲の指導者が選択したのが、本場欧州でのフルタイムでの活動ではなく、まずはアメリカ国内を中心に徐々に経験を積んでいく、という保守的な内容だったわけです。
実はアメリカでは、これまでも多くの才能ある若者が「アメリカ国内のレースシステム(アメリカには日本よりもはるかに優れたレースシステムが存在しているが本場欧州のものとは異なる)」により発掘され、若年世代の世界大会などで結果を残した後に、早めに本場欧州へ渡ってフルタイムの活動を開始するという例が数多く存在していたとのことです。
しかし、記事によれば、アメリカ人にとって文化の違う遠い欧州でのフルタイムでの活動は精神的な負担が大きくなるケースが多く、フィジカルレベルでは世界トップクラスにあるにも関わらず、その後、精神的な部分での変化(ストレスからモチベーション低下など)から競技自体を早々と辞めてしまうケースが少なくなかったと書かれていました。
よく一部の日本の指導者が、モチベーションやハングリー精神などを比較する上で、経済や治安レベルが脆弱な国の選手と日本の若者を比べることがありますが、厳しい環境の国で生まれた選手にとって欧州で自転車選手として活動するということは、極端な表現をすれば「自分の国で普通に生活するよりも楽な選択肢」なのであり、それを日本という世界一安全な国で生まれた若者たちに当てはめようとする作業自体に無理があると常々感じていました。
今回、この記事を読んで、すでにフィジカル的には今後プロとしてトップレベルのレースで活躍できる可能性が非常に高い若いアメリカ人選手とその周りの指導者ですらこの様な認識を持っていることは、むしろ、日本人が学んで比べるべきものというのは、アメリカ人選手たちとその歴史、そして彼らの考え方とアプローチ方法だと感じます。
もちろん、ここ数年をみてみると、なんでもかんでも「本場しかない」という論調を口にする指導者は少なくなりましたが、それでも、「日本国内での選手発掘」⇒「国内に於けるある程度のレベルまでの育成システムの構築(国内のレース環境の整備を含む)」⇒「本場へ渡るタイミングとその内容・頻度の分析」などが総合的に研究されている兆候はまだありません。
殆どが、部分的、かつ、個別のアプローチとなっているのが現状です。
フィジカルレベルが若年世代で世界トップレベルに到達していない日本の若者たちが、アメリカ人以上にカルチャーショックを受けるであろう本場欧州に、なんの準備もなく乱暴に長期間放り込まれれば、そこでなにが起こるかは簡単に想像がつきます。
その様な過酷な変化を乗り越えてプロとして立派に活動している日本人選手たちもいるわけですが、むしろ、彼らのメンタルの強さというのは、ある意味で、本場欧州に生まれて地元欧州で活動しているプロ選手たちよりも遥かに上を行っているともいえます。
そんな大切な要素を改めて思い出させてくれた良い記事でした。