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【栗村修】
一般財団法人日本自転車普及協会
1971年神奈川県生まれ
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。豊富な経験を生かしたユニークな解説で多くの人たちをロードレースの世界に引きずり込む。現在は国内最大規模のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の組織委員会委員長としてレース運営の仕事に就いている。
今年で30回目の記念大会となる 『ツール・ド・北海道 2016』 が先ほど終了し、『宇都宮ブリッツェン』 のエース、増田成幸選手が見事個人総合優勝を飾りました!
国内最大規模の地域密着型チームとして2009年に発足した宇都宮ブリッツェンは、これまでにも数多くの勝利を挙げてきましたが、個人の力だけではなく、チーム力や戦略的スキルも必要とする本格的なラインレースである 『ツール・ド・北海道』 で勝利したことで、ブリッツェンは一つの完成されたチームとして周囲に認められることになります。
ここまでチームを育てあげた監督、チームスタッフ、ファンの皆さん、多くの関係者、そして、大きな仕事を成し遂げた選手たちに心から拍手を送りたいと思います。
私は、2013年シーズンで4年間務めた宇都宮ブリッツェンの監督を退き、2014年からレース主催者の仕事をはじめたわけですが、その引き継ぎ時に自ら 『ブリッツェン史上最強の布陣』 と言い放って集めた現メンバーを、バトンタッチした清水監督が見事大きな勝利へと導いてくれたことに感謝したいと思います。
私自身、『ツール・ド・北海道』 では、監督として2006年に個人総合2位(ミヤタ・スバル/鈴木真理選手)、2012年に団体総合優勝(宇都宮ブリッツェン)などは経験したものの、伝統のマラカイトグリーンジャージを獲得したことは一度もなかったので、今回の勝利をとても嬉しく思うとともに、『現場に居たかった』 という、ちょっとだけ羨ましいと感じる気持ちも芽生えてきます...
ちなみに、今回総合優勝を果たした増田選手が 『ツール・ド・北海道』 をはじめて走ったのは、丁度10年前の2006年シーズンで、鈴木真理選手が総合2位になった年にミヤタ・スバルの新人選手として非常に光る走りをみせていました。
あれから10年、増田選手はとうとう自らの手で個人総合優勝を飾りました。
また、『地域密着型チーム』、『国内レース界の発展・整備』、『選手の発掘・育成』 というチームフィロソフィーをブレずに愚直に追求してきた宇都宮ブリッツェンは、まだまだ通過点ながらも、一つの大きな結果を残したことになります。
更に、『ブラウ・ブリッツェン(宇都宮ブリッツェンの下部組織)』 出身で今季から宇都宮ブリッツェンに加入した地元出身選手である雨澤選手と小野寺選手の若手二人が、日本代表として 『U23版ツール・ド・フランス』 といわれている 『ツール・ド・ラヴニール』 に出場するなど、『宇都宮で発掘 ⇒ 国内レースである程度まで育成 ⇒ 世界へ挑戦』 という、チームが理想として掲げる形も徐々に実現しはじめています。
今夜はこのあと 『ブエルタ・ア・エスパーニャ』 のクイーンステージですが、ひっそりと独りで祝杯を挙げたいと思います。