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サイクル ロードレース コラム 2020年9月17日

【宮本あさかのツール2020 レースレポート】2位ポガチャルを突き放したマイヨ・ジョーヌ「この差で足りるとは思わないよ。まだ厳しいステージが残っている」 /  第17ステージ

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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ログリッチ

2位ポガチャルに15秒の差をつけてフィニッシュしたマイヨ・ジョーヌ

まるで山肌に解き放たれたリボンのように、自然な地形に逆らわず、道は滑らかなラインを描いていた。しかし、そのうねりと起伏は、挑む者たちの脚を否応なしに痛めつける。ツール・ド・フランスではいまだかつて見たこともないような風景の中で繰り広げられた、限界ぎりぎりの力勝負。ミゲルアンヘル・ロペスが今大会最高標高地点で力強く天に拳を突き上げ、マイヨ・ジョーヌのプリモシュ・ログリッチは、向こう見ずな後輩をペダルで突き放した。

「本当に幸せだ。こんな日が来ることをずっと夢見てきた。でも、果たしていつ訪れるのかは、あらかじめ予測もつかないもの。僕にとってひどくスペシャルな日となった」(ロペス)

ディフェンディングチャンピオンのいないツール。昨大会覇者のエガン・ベルナルが体の痛みに耐えきれず、この日の朝、帰宅を選んだ。残された152人のプロトン内に、ジロやブエルタの総合優勝経験者はいるが、ツールのマイヨ・ジョーヌを持ち帰った者はこれでひとりもいなくなった。すなわち4日後のパリでは、確実に新しい王者が誕生する。

それでもレースは続く。残されたイネオス・グレナディアーズの選手たちは、昨日にも増して積極果敢に攻め立てた。つかみ損ねた栄光を追い求める者たちだけでなく、さらなる栄光を求める者たちも入り混じって、スタート直後からレースは活気付いた。

なにしろ2020年ツール・ド・フランスの最難関ステージであり、標高2304m地点に達する最も空に近いステージであり、しかも3週間で最後の山頂フィニッシュだった。真っ先にラインを駆け抜けた者には、大会創始者の名を冠したアンリ・デグランジュ賞(と5000ユーロの賞金)も待っている。もちろん行く先には2つの超級峠が聳え立ち、しかも最終コル・ド・ラ・ロズでは山岳ポイントが2倍になるおまけつき!

ただし大量のエスケープは許されない。30人ほどの大きな塊が一旦遠ざかるも、すぐさま回収された。ようやく30kmほど走った後で、ジュリアン・アラフィリップのイニシアチヴにより、レナール・ケムナ、リチャル・カラパス、ダン・マーティン、ゴルカ・イザギレの5人の逃げが出来上がった。

プロトンが大集団を逃がしたくなかった理由のひとつは、山入り前の平坦区間に……この日も中間ポイントが待ち受けていたこと。それにしても改めてコースの全体図を見ると、どうやら開催委員会は、「ピュアスプリンター」にもマイヨ・ヴェールを争うチャンスを与えたかったし、最後まで走り切ってもらいたかったのだ。今大会1級以上の山岳が登場するラインステージは全部で10区間あるが、うち7ステージで、中間ポイントはステージ序盤の等級付き山岳の前に配置されている。おかげでピュアスプリンターが元気なうちにポイント収集できたし、山を利用して逃げてポイント収集……という手段は今年に限ってはあまり有効ではない。

このアドバンテージをフル活用して、サム・ベネットは総計10日間もマイヨ・ヴェールを満喫している。この日も集団先頭はベネットが仕留め、2番手にはいつも通りに、専属発射台ミケル・モルコフが悠々と滑り込んだ。史上最多7度のポイント賞に輝いたペーター・サガンは、ただ3番手に甘んじるしかなく、両者の間にはいまだ47ptの差が横たわっている。

5人の逃げは、超級マドレーヌの麓で6分のリードを有していた。しかし平坦では比較的のんびり過ごしていたメイン集団が、上りに差し掛かると、タイム差はみるみるうちに縮まっていく。総合7位ミケル・ランダ擁するバーレーン・マクラーレンが、5人で隊列を組み上げ、猛烈なスピードアップを断行したせいだ。全長17kmの山道が終わる頃には、タイム差は1分半にまで縮まっていた。

もちろん前日の勝者と2位、今大会マイヨ・ジョーヌ着用者を含む強豪ぞろいの先頭集団は、力の限り抵抗した。それでもマドレーヌの上りでは、2日連続3度目の逃げが身体に堪えたか、ケムナが脱落していったし、下りではマーティンが、しり込みしてるうちに置き去りにされた。逆に残る3人は、アラフィリップというクレイジーな下り巧者のおかげで、リードを再び2分40秒にまで広げたことも。

もちろん山頂ではアラフィリップとカラパスがちょっとしたスプリントを繰り広げ、山岳ポイントの収集も忘れなかった(カラパス首位通過20pt)。ただ残念ながら、1日の終わりに、逃げ選手が山岳ジャージに袖を通すことはなかった。そもそもマドレーヌ山頂手前で、メイン集団からタデイ・ポガチャルがちょっとだけ飛び出し、赤玉への興味を示した。つまり15日間山岳賞首位を守り続けてきたブノワ・コヌフロワから、ジャージを剥ぎ取っていたのだ。

「マドレーヌでポイントを獲ろうと試みたし、ぎりぎりまで粘った。でも不可能だったよ。予想通りさ。僕の胸には幸せな記憶が、箪笥にはたくさんのジャージがいつまでも残ることだろう」(コヌフロワ)

21.5kmの最終峠で、再びタイム差は急速に縮まっていく。ツール閉幕1週間後の世界選手権に向けて、この朝フランス代表エースに指名されたアラフィリップが、最後のチャンスを求めてアタックを試みるも、その後にカラパスの加速に振り落とされた。イザギレもまた、「カルチの機関車」の毅然たる突進に、残り9kmでもはやついていけなくなった。

2日連続で逃げたカラパスは、チャンピオンの意地と脚を最後まで見せつけた。一旦は18秒差にまで迫ったメイン集団を、再び力任せに45秒差にまで押し戻しもした。しかし2日連続で目標には届かなかった。フィニッシュまで残り3km、マイヨ・ジョーヌ集団の争いに最前線を譲り渡した。ただ前日は「でも自由に走る権利を得て、区間勝利にトライできて嬉しい」と打ち明け、この日は「心の底から楽しかった」と言い放った昨イタリア一周総合覇者は、どうやらこんな風に語っているらしい。「明日はもっと良くなるさ!」

マドレーヌ峠で総合10位ナイロ・キンタナを吹き飛ばし、最終ロズ峠の、序盤15.5kmの「伝統的な山道」でメイン集団を13人にまで小さく絞り込んだのが、バーレーンの刻んだ早いテンポだったのだとしたら、最終6kmの「ニュータイプ」で選手たちを苦しめたのは、高い標高と不規則に変わる勾配だった。あちこちに短い壁が立ちはだかり、ほんの少し緩んだと思うと、また突如として難度は跳ね上がる。勾配の変わり目ごとに、1人ずつ脱落していく。山頂まで3.7kmで、ほぼ丸々2つの山でチームメートを働かせてきたランダも先頭との接触を失い、総合3位リゴベルト・ウランや5位アダム・イエーツも力尽きた。

ミゲルアンヘル・ロペス

ミゲルアンヘル・ロペス

ログリッチさえこの坂道を「暴力的。どの場所で崩れ落ちてもおかしくなかった」と振り返る。ポガチャルもまた「なんて残忍な山だったろう!」と表現した。こんな規格外の山で、たった1人だけ正反対の意見を述べた者がいる。それこそ残り3.5kmで真っ先にアタックを仕掛けたロペスだ!

「これは僕の日になるかもしれない、って思っていた。だって最終峠の地形は僕向きだし、標高は2000mを超えてるし。なんだか地元で走っているような気分になった」(ロペス)

コロンビアの、標高2800mを超える小さな町で生まれ育った「スーパーマン・ロペス」は、つまり水を得た魚のように15%ゾーンで軽々と加速を切った。8位エンリク・マスはもはやひとたまりもなかった。

ただ総合トップ2はしっかり衝撃に耐え、総合6位リッチー・ポートはヨーヨーのように行ったり来たりを繰り返し、なによりマイヨ・ジョーヌの右腕セップ・クスはーーロペスには負けるが、それでも標高1988m生まれだーーすいすいと不規則な山を駆け上がった。5人にまで小さくなった集団の先頭にすぐさま立つと、ログラのために仕事を続けた。

「クスは信じられないほど素晴らしかった。だから彼に、もしも可能なら、ちょっと前に飛び出してみてくれ、って指示したんだ。ライバルたちは穴を埋めに行くだろう。そうすれば彼らがどんな状態なのか見極められるに違いないと考えた」(ログリッチ)

残り2.8kmでクスが見せた飛び出しは、つまり軽いテストのようなものだった。ロペスはすかさず後輪に飛び乗った。ポートは積極的に追走を始めた。しかしポガチャルは動かない。果たして40秒差のログリッチを牽制するためか、それとも自らより1分05秒遅れのロペスの動きに反応できなかったのか。

おそらくログラの出した答えは2番目だ。さらにロペスが2.4kmでとてつもない一撃を振り下ろし、大急ぎで先へ遠ざかっていくと、続けてマイヨ・ジョーヌ自らが加速した。ポートは脱落し、ポガチャルは一瞬遅れて追いかける。しかし、その一瞬で出来た隙間は、埋まるどころかただどんどんと広がっていくだけだった。

「全力は尽くしたよ。たしかにロペスとログリッチの両方からタイムを失ってしまった。でもそんなに悪い1日でもなかったし、体調が悪いわけでもなかったんだ……」(ポガチャル)

ロペスはそのまま山頂まで突っ走った。すでにブエルタを4度、ジロを2度走り、いずれも総合3位を経験してきた26歳が、生まれて初めてのツール・ド・フランスで、初めての区間勝利を手に入れた。また同胞ウランを表彰台から突き落とし、自らが3位の座にまんまと収まった。

ロペスの15秒後にログリッチがライン通過。そのさらに15秒後に、ポガチャルが少々苦しかった1日を終えた。もちろん上位3名にはボーナスタイム(10、6、4秒)も配分され、つまり総合上位2人の差は、前日までの40秒から、57秒に開いたことになる。

「この差で足りるとは思わないよ。まだ厳しいステージが残っている。どんなにリードがあっても十分ではないし、常にもっと開きたいと願うものなんだ。ただどんな新たなアドバンテージだってありがたい。ステージ前の自分の立ち位置に満足していたけど、今の立ち位置の方がもっと満足してる」(ログリッチ)

ロズ峠の最後の6kmで、総合トップ10の様相も大きく様変わりした。ウランは3位から6位に陥落し、その6位からポートは4位へ浮上。2016年ツールの総合5位が過去最高成績のポートにとって、表彰台までの距離は1分39秒ある。また5位イェーツ、7位ランダ、8位マス、9位トム・デュムランは、順位こそ変わらないものの、区間上位3名=総合上位3名とのタイム差は大きく開いた。

山頂のフィニッシュ地にフランス共和国大統領が訪れたこの日、残念ながらフランス人で表彰台に上がったのは、敢闘賞アラフィリップだけだった。それでも大統領は「フランス選手が誇らしい」と語り、また「開催委員会、全選手、自治体の感染対策」を称賛した。

「ウイルスと共存するためには、可能な限り、この種のイベントを開催にこぎつける努力をしなけばならないということ。今回のツールは、我々には、規則を守りつつ物事を進めることが可能なのだと証明してくれた」

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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