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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】ログリッチがマイヨ・ジョーヌを堅持して、いよいよ舞台はクイーンステージへ「明日は暴力的なフィニッシュが待っている」(ポガチャル) / 第16ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかレース前に談笑するポガチャルとログリッチ
登りで一番強いのは、間違いなく、リチャル・カラパスだった。しかし、最も冷静に、賢く立ち回ったのはレナード・ケムナだ。山頂で敵をあっと驚くようなアタックを決めると、そのまま猛スピードで初めての勝利をさらい取った。大きな逃げが遠ざかった後、総合勢たちは休息日の続きを過ごした。総合2位タデイ・ポガチャルのイニシアチヴで、最後の2kmだけは少々引っ掻き回されたが、「とても良い1日を過ごせたよ」と語るプリモシュ・ログリッチのマイヨ・ジョーヌは盤石だった。
「チームも、僕も、ようやくほっとできた。だって僕らチームは、すごく攻撃的に走ってきたけれど、決して目標を達成出来なかったから。でも決して諦めなかった。そして、ついに、区間勝利をもぎ取った。まったくもって素敵だ」(ケムナ)
2度目の休息日という超級山岳を、2020年ツール・ド・フランス一行は全員で無事に乗り越えた。第15ステージの朝と休息日に行われた「プロトンバブル」関係者のPRC検査785件は、すべて陰性で、つまり1つのチームも脱落することなくパリへと突き進むことができる。また1度目の休息日の検査が陽性で、1週間の隔離生活を送って来た大会委員長クリスティアン・プリュドムも、再びレースカーNo.1の座席に戻って来た。
おかげで不安やストレスから解消されたのだろうか。プロトンはスタート直後から、思う存分ドンパチを繰り広げた。この日出走した156人中、実に3分の1近くの選手が代わる代わる逃げにトライする。最初に出来上がった28人のエスケープは一旦は吸収されるも、その後、またしても五月雨式に前方へ飛び出していく。ようやく23人の先頭集団が出来上がったのは、約2時間もの奮闘の果てだ。
まさに雪辱戦だった。エガン・ベルナルの2連覇の望みが消えたイネオス・グレナディアーズは、繰り返し加速を試み、アンドレイ・アマドール、パヴェル・シヴァコフ、そしてカラパスの3人が逃げに滑り込んだ。「僕にはツールを途中棄権する権利なんてない。自らの誇りにかけて。仲間のためにも」と休息日に語ったティボー・ピノは、自らはもちろん、チームメート3人と共に前方へ突進し、セバスティアン・ライヒェンバッハを前方へ送り出した。
いつものように、緑を巡る野望だって入り乱れた。今大会も残り6日となり、首位との差は45ptもありながら、ペーター・サガンは決してマイヨ・ヴェールを諦めていないらしい。この日だって逃げへ飛び乗ろうと、必死に加速した。ボーラ・ハンスグローエの仲間たちも、交代で前方へと引っ張り上げた。しかし、サム・ベネットだって、緑を手放したくはない。ウルフパックが盾となり……時には自らが身体を張って、サガンの前身を食い止めた。
「本来の計画はペーターを逃がし、ポイントを獲らせるというものだった。でも結局はダニエル(オス)と僕だけが前に残った。だから『OK、こんなに大きなチャンスはないぞ』と思い直して、中間ポイント後はステージ優勝へ向かって全力を尽くしたんだ」(ケムナ)
むしろマッテオ・トレンティンが上手くやった。ベネットvsサガンの警戒合戦をするりとかいくぐり、第15ステージに続き、この日もまんまと逃げに飛び乗ったのだ。望み通りに中間ポイントで先頭通過20ptを懐に入れ(ちなみに14位フィニッシュで3ptも収集)、いまやベネットからの遅れは57ptでしかない。たった2区間前の93pt差から、急速に追い上げている。
奇妙な山岳ジャージ争いも続行中。2日目にマイヨ・ア・ポワを手にしてから、すでに14日間も赤玉で過ごしてきたブノワ・コヌフロワだが、ポイント自体は第9ステージから1ptたりとも増えていない。この日も逃げにトライはしたものの、結局は弾き飛ばされて、あとはグルペットで静かにステージを終えただけ。
それでも、なにやら呪われているフランスの諸先輩方に比べて、元U23世界チャンピオンは本人も認めるように「幸運」な男である。実は2区間連続で逃げに滑り込んだピエール・ローランが、2級峠で2度ともにわざわざ山頂手前でアタックし、多大な努力を払って1位通過を果たしたことにより、ポイント自体は同点36ptで並ばれた。ただし1級峠の首位通過数がコスヌフロワ2回に対して、ローランは1回。このわずかな違いが、2人の身分を分けた。最低でもあと1日は、コスヌフロワが山岳賞首位として過ごす。
「正直に言ってジャージを守れるとは思ってなかった。でも、前の方でライバルたちがポイントを潰し合ってくれたおかげで……僕にとってはありがたい展開となった。いずれにせよ、僕は幻想なんて抱いてない。明日がこのジャージで過ごす最後の日になるだろう」(コヌフロワ)
飛び出し合戦を見送った後、後方ではユンボ・ヴィスマが淡々とメイン集団を制御した。休息日の延長か。それとも翌日以降の激戦に備えた、体力温存のためか。おかげで逃げていった集団とのタイム差は、距離が進めば進むほど、開いていく。
……それほどゆっくりとしたリズムであっても、ベルナルはついていけなかった。クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ以来続く背中の痛みは、もはや耐えきれないほどに大きくなっていた。しかも最終盤は膝さえ痛みだした。「身体のあらゆる部位が壊れてる」と嘆くディフェンディングチャンピオンがグルペットでもがき苦しむ一方で、昨ジロ・デ・イタリア総合覇者のカラパスが、最前列で獰猛な攻撃を炸裂させる。
残り35km、この日最後から2番目の峠に突入する前に、カンタン・パシェが単独で飛び出していた。しかしこの1級峠の山道が始まると、残された逃げグループからアマドールがアタックを仕掛ける。もちろんチームメートのカラパスもすかさず共鳴。続けて自らが力任せに2度加速し、逃げ集団を完全にぶった切った。ただついて行けたのはケムナ、ライヒェンバッハ、そしてジュリアン・アラフィリップの3人だけ。残り26kmでパシェも回収する。
カラパスはさらに畳みかける。山頂まで2kmに近づくと、豪快にがつがつとペダルを踏み下ろした。何度でも。何度でも。ライバルたちが疲弊して千切れていくまで。1回目の加速でパシェはあっけなく姿を消した。2回目にはアラフィリップが力尽き、3回目にはライヒェンバッハがとうとう落ちた。まるでゴリ押しのように、荒々しい加速は繰り返された。しかしケムナだけは踏みとどまった。ピタリと背中に張り付き、山頂まで耐え切った。
レナード・ケムナ
「カラパスの加速はとてつもなかった。振り落とされるかもしれないと思ったよ。でも彼のスピードが落ちたように感じたんだ。もはや力が尽きたようにさえ見えた。だから『よし、今こそ彼を振り払う時だ』と考えた。それに短い下りと平坦が待っていることを知っていたから、全力で飛び出した」(ケムナ)
山頂での急襲に、カラパスは一瞬動けなかった。そして自らの後輪から光のように駆け出して行ったケムナの姿を、もう2度と見ることはなかった。必死に追走を続けるも、差は開いていくばかり。なにしろ1週間前に24歳になったばかりのケムナは、独走は大の得意なのだ。ジュニア時代には個人タイムトライアルで世界王者に輝き、U23時代には同種目で欧州の頂点に立ったことがある。
第13ステージで山頂「一騎打ち」スプリントに敗れ、2位に泣いた経験から、ケムナは絶対にひとりでフィニッシュに向かうと決めていた。下りを大段に攻め、最後の3級ヴィラール・ド・ランの登りでも、決して気を抜かなかった。ちょうど1か月前の8月15日に、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネでプロ初勝利を手に入れたのは、やはりアルプスの山頂フィニッシュだった。この9月15日には、ツール・ド・フランスでの初勝利を、アルプスの山の上で祝った。最終的にはカラパスに1分27秒差をつけた。
16分48秒遅れでゆっくりとフィニッシュラインにたどり着いたメイン集団内で、小さな反乱がなかったわけではない。1級峠では総合11位ギヨーム・マルタンが、ニコラ・エデの助けを借りてタンデムアタックを打ったこともある。ただ、あくまでも、ログリッチを運ぶユンボ山岳列車が淡々と2人を回収した。また残り2kmでは、ポガチャルが攻撃に転じた。ダビ・デラクルスに引かれ、勾配10%ゾーンで試みた強烈な一発だった。ただログリッチ自らが、待ってましたとばかりに反応する。すぐにワウト・ファンアールトも先頭へ戻ってきて、事態を収拾する。
「どんな時だろうがタデイから目を離しちゃないんだ。だから集中力は決して切らさなかった。リズムの高まりを感じ取っていたしね」(ログリッチ)
そもそも他の大部分の総合ライバルたちも、想定内の動きに、きっちり反応している。総合トップ10圏内では唯一、9位ナイロ・キンタナだけが急なスピードアップに対応できず、最終的に35秒を落とす。
「僕には失うものなんかない。一か八か。攻撃あるのみ」。こんな信条を掲げるポガチャルは、ラスト450mでも加速してみた。もちろんログラにぴたりとはりつかれただけ。逆に強烈な睨み合いの裏をかいて、残り250mでミゲルアンヘル・ロペスが飛び出すと、今度はポギが大急ぎで隙間を埋めねばならなかった。
アルプス初日は総合上位12人中10人が同タイム引き分けに終わった。40秒差の優勝争い、リゴベルト・ウランとロペスの11秒差の表彰台争い、13秒差のトップ5争いは……翌日の第17ステージに持ち越された。つまりログリッチが「クイーンステージ」と呼ぶ、今大会最難関ステージだ!
「見る側にとっては面白いステージになるね。たくさんのアタックが延々と巻き起こるだろう。だってツールの最難関区間だし、大会で最も標高の高い場所でフィニッシュする。ひたすらクレイジーでハードで、しかもラスト5kmは本当に難解だ。願わくばチームと共に良い1日を過ごしたい。ベストを尽くす」(ログリッチ)
「明日は暴力的なフィニッシュが待っている。すごく暴力的だよ。誰にとっても難しいだろう。チームのみんなと下見に行ったけれど、たとえ練習でも、ひどく難しい登りだった。だからどんなものになるのかは予想がつく。数秒をかすめ取ることができると同時に、脚がなければ、とてつもないタイムを失うことだってあり得るよ」(ポガチャル)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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