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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】サガンとその親衛隊が作戦決行するもステージ優勝には届かず「結局のところ、これが僕らにできる最高のことだったんだ」 / 第14ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかサガンを牽引するボーラ・ハンスグローエ
ボーラ・ハンスグローエが大胆に決行した作戦を、サンウェブが最後にぶち壊した。恐ろしいほどにスピードを上げたプロトンに、クレイジーながらクレバーなアタックを次々と放り込むと、とてつもないカオスを作り出した。そして最後に、セーアン・クラーウアナスンの鋭い一太刀。ラスト3kmをたったひとりで勢いよく駆け抜けると、日の当たる大通りで、生まれて初めてのグランツール勝利を手に入れた。4賞ジャージには一切の変動はなく、サム・ベネットはいまだ緑のジャージをしっかりと着込んでいる。
「クレイジーだよ!今朝目が覚めた時に、こんなことが自分の身に起こるなんて、考えもしなかった。でも1日中、脚の調子は良かった。チームがものすごい仕事をしてくれたおかげで、僕はこのタイミングを見出すことができた。そして飛び出した後は、ひたすら自分自身を信じ続けた」(クラーウアナスン)
ツール・ド・フランスに単純な「移動ステージ」などない。特に2020年大会に関してはこれが顕著だ。理由のひとつが、ご存知の通り、熾烈なマイヨ・ヴェール争いである!
「昨日のクレイジーなステージの後、今日は少しゆっくりできるかなと思っていたんだけど..全然そんなことはなかったね!最初から最後までとてつもなくハードなステージだった」(ログリッチ)
第14ステージの朝、首位サム・ベネットと2位ペーター・サガンのポイント差は66ptだった。決して「接戦」ではない。むしろかなりの大差である。第11ステージの降格+ポイント減点のせいで、サガンの8枚目のマイヨ・ヴェールは大きく遠のいた。ただ史上最強のキング・オブ・ポイント賞は、どうやらまるで諦めてはいない。前日の累計獲得標高4400mステージで1日中苦しみ、最下位でなんとか完走したベネットを叩くなら、そう、今しかない!
こうしてサガンとボーラ・ハンスグローエの仲間たちは、激しい1日へと走り出した。スタート直後から、力づくの作戦を次々と投下していく。
作戦1:逃げは慎重に選別し、コントロールすべし。人数はできるかぎり少なめがいい。
「逃げ向き」と呼ばれたステージの最初から、ボーラ軍団は睨みを利かせた。ただエドワード・トゥーンスとシュテファン・キュングだけが先行を始めた。実はサンウェブもケース・ボルとカスパー・ピーダスンが「作戦通りに」前に出たが、「逃げ切りできるほどの大きな集団ではない」と判断。あえて逃げを打ち切っている。プロトンはただ2人の背後で黙々と走り続け、最大6分ほどの差を許すにとどまった。
作戦2:中間ポイントは最大限に収集しよう。最初のスプリント機会は、スタート序盤38km地点に設置されていた。まさにサガンにとって御の字だったのは、直前の32km地点に、4級山岳が待ち構えていたこと。登坂距離1kmの小さな小さな山だけれど、平均勾配は8.4%とかなりきつい!
この「ジャンプ台」を利用して、サガンは急加速を切る。「ピュア」スプリンターを次々と千切り、望み通りベネットも振り払った。さらに前夜の大逃げで大奮闘したマキシミリアン・シャフマンの助けを借りて、最後までしがみついたポイント賞5位マッテオ・トレンティンをも突き放した。おかげで中間スプリントはメイン集団の先頭=3位で15ptを収集。6位通過10ptのベネットとの差を、61ptへと縮めた。
作戦3:2級ベアル峠でベネットの息の根を止めること。中間ポイントの直後から、プロトンは長い山道へと分け入った。公式データによれば登坂距離は10.2kmだが、実質は30kmもだらだらと上り続けた。山の苦手なライバルを完全に後方へ突き落とすには、絶好の地形ではなかろうか。
ドゥクーニンク・クイックステップも指をくわえて眺めていたわけではない。ベアル峠に入る前は、チーム自らが先頭に立ち、ベネットが耐えきれる程度の優しいリズムを刻んだ。しかし本格的な登りが始まると同時に、再びボーラが主導権を奪い返す。またしても速度は跳ね上がる。前方で独走を始めたキュングはみるみるリードを減らし、後方ではスプリンターたちが、ぽろぽろと脱落していった。ついには山頂まで2km、必死にしがみついていた緑のジャージも、後方へと遠ざかっていった。
サガン親衛隊はその後も手を抜かなかった。下りや平地で敵に追いつかれてしまわぬように、厳しいリズムを決して緩めない。もちろんベネットだってすぐに諦めたわけではない。ウルフパックの仲間たちに付き添われ、必死にスピードに抵抗し続けた。しかし50kmにも渡る追走を続けても、まるで距離は縮まらない。
そして残り80km。ベネットはメイン集団への復帰を断念する。その後はゆっくり安全に最後まで走り切る方を選び、区間勝者から19分48秒遅れでゆっくりと1日を終えた。
「ボーラの作戦はすぐに理解したよ。中間スプリントの時点ですぐに悟った。奴らは僕を苦しめにかかっているんだ、って。だから向こうの好きにやらせておいて、僕はこの後に向けて脚をためておこうと思ったんだ。幸いにも僕には支えてくれるチームメートがいた。もはやこれ以上は出来なかった」(ベネット)
作戦4:ステージ優勝をもぎ取り、ポイントを最大限に獲得せよ。ステージ首位なら一気に50ptが手に入る。これこそ間違いなく、サガンにとって最大の使命だったはずだ。
2013年大会にリヨンで両手を上げたマッテオ・トレンティン擁するCCCも、いつしか集団先頭を全力で引っ張り始めた。ラスト10kmに連なる2つの4級山岳が近づいてくると、総合優勝候補擁するユンボ・ヴィスマやイネオス・グレナディアーズもプロトン先頭へと競り上がる。いずれも登坂距離こそ1.4kmと短いものの、古い市街地独特の変則的なカーブや中央分離帯、さらには舗装の悪さ等々を考えると、絶対に先頭好位置でこなしておかねばならない。
プロトン内の緊迫感は、極限までに高まった。それをティシュ・ベノートが真っ先に突き破った。2連続坂の1つ目、デュシェール坂の入り口で一気に加速モードに切り替えると、そのまま一直線にてっぺんへまで駆け上がった。
「7~80人の集団に、僕らチームは6人を残していた。だから色々とトライできる状況だった。当初のアイディアは僕とセーアンがアタックを仕掛け、マルク・ヒルシはジュリアン・アラフィリップに目を光らせ、カスパー・ピーダセンは集団スプリントに備えるというもの。僕は最前列にいたから飛び出した。悪くはなかったし、小さな差も生み出せた。ただ僕には、ほんのちょっとだけパワーが足りなかった」(ベノート)
セーアン・クラーウアナスン
やはりボーラが回収へと向かう。前日の山頂フィニッシュで惜しくも2位で終わったレナード・ケムナが、下りで大胆な追走を披露した。しかも吸収と同時にカウンターを仕掛け、そのまま最終4級のクロワルス坂へと突っ込んでいく。
このリヨンの下町へと誘う残り4.5km地点の急坂で、混乱は最高潮に達する。大逃げ巧者トーマス・デヘントが、珍しくパンチャーの脚を発揮し、ここのところ2日連続でなにかにトライしてきたアラフィリップは、1日目の終盤アタック、2日目の大逃げに続き、3日目はいわゆる「ミラノ~サンレモ風」にチャレンジした。山頂間際で爆発的な加速を行い、そこから一気にフィニッシュ目指して駆け下りようというのだ。
エガン・ベルナルも前方へと突き動かされ、プリモシュ・ログリッチが自ら回収に向かう場面さえあった。なにより「アラフィリップに目を光らせる」作戦を正しく遂行し、ヒルシが得意のダウンヒルで攻めた。おそらく今大会逃がしたくない男ナンバーワンの22歳の動きに、ここぞとばかりにサガンも飛び乗った。
そこにほんの一瞬の間が生まれた。飛び出し、追いかけ、追いつき、顔を見合わせ..そんな小さな隙を突いた。ヒルシが吸収されると同時に、今度は残り3kmでクラーウアナスンが勢いよく前方へと発射した。あまりに切れ味鋭いアタックに、もはや誰も動けなかった。
「このツールでは自分の調子に確信を抱くまでに、ずいぶんと時間がかかってしまった。でも着実に上がって来ていたところだった。それにヒルシの優勝が、チーム内のモチベーションを高めてくれたんだお。あの若者が信じられないようなことを前線でやってのける姿を見ることで、インスピレーションが湧いたし、自分だってちょっとやってみたくなったしね。でもこんなに全てが上手く行くなんて、信じられないよ」(クラーウアナスン)
残念ながらフィニッシュエリアは空っぽだった。ひとりゆうゆうと観客の声を独り占めすることも、表彰台で温かい拍手に感激することも、今年は全てがお預けとなる。なにしろ新型コロナウイルス感染防止のため、最終400mから完全なる無観客で開催されたからだ。「たしかにちょっと不思議な気分だった」とこの日の覇者は認めたが、「みんなの安全のためなら対策を取るべき。それにお客さんがいようがいまいが、僕の勝利の価値は変わらない」とも語る。
クラーウアナスンから遅れること15秒、50人の集団がラインへと雪崩れ込んだ。2位争いのスプリントはルカ・メズゲッツが制し、3位シモーネ・コンソンニは今ツール初めての一けた成績を残した。つまりペーター・サガンは4位で終わった。緑ジャージ用のポイントは満額にほど遠い18ptを収集するにとどまった。19分以上もくれて静かにフィニッシュしたサム・ベネットとのポイント差は、いまだ43ptも残っている。
「目標はもっとたくさん取ることだったけど、でも結局のところ、これが僕らにできる最高のことだったんだ」(サガン)
これからはむしろマイヨ・ア・ポワの争いに焦点が移行していくのだろうか。ただ翌第15ステージも、山に入る前の「平地区間」に中間スプリントが待ち受けている。1位15ptを巡る争いが、果たして再び加熱するだろうか?そもそもこの週末は季節外れの熱波注意報が出されている。9月半ばだというのに気温は30度を軽く超える。しかも予報によれば、この暑さは、来週のアルプスまでついてくる。ツールにとっては幸いだ。まるで今が7月であるかのように錯覚させてくれるから..。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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