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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】マルティネスが素敵なリベンジで山頂にハートを描く。マイヨ・ジョーヌのログリッチは「僕にとってはスロベニアデー」 / 第13ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかダニエル・マルティネス
山頂にピンクのハートが描かれた。大会2日目でタイムを失い、総合争いを断念したダニエル・マルティネスが、素敵なリベンジを成功させた。2020年ツール・ド・フランス「最難関」と謳われる第13ステージで、7つの峠と4400mの獲得標高を乗り越えた果てに、初登場ピュイ・マリーの山頂で勝者として名を刻んだ。イエローを巡る争いは、ようやくはっきり順列が見えてきた。スタート前は総合首位から10位までが「1947年以来最も少ないタイム差」である1分42秒以内でひしめき合っていたが、1日の終わりには、2分54秒差にまで拡大した。
「ツールでこんな瞬間を味わえたなんて、とってもとっても最高だよ。いまだに区間を勝てたという実感が湧かない。信じられない。特別な気持ちだ。この勝利は数日後に2歳の誕生日を迎える息子と、遠くから僕を支えてくれる家族に捧げたい」(マルティネス)
中央山塊の風景は、いつだってどことなくのどかで、それでいてひどく激烈だ。牛たちがのんびりと草を食む脇で、死火山の厳しい地形が鋭いアクセントを効かせる。こんなオーヴェルニュの大地で生まれ育ったフランスの英雄は、密かな願いを抱いていた。昨年14日間マイヨ・ジョーヌを着こなしたジュリアン・アラフィリップは、区間勝利を、そして過去2回総合表彰台に上がった経験を持つロマン・バルデは、たった1日だけでもいいから……生まれて初めてのマイヨ・ジョーヌを!
真っ先に動いたのも、やはり生粋のオーヴェルニャ(オーヴェルニュ人)。ご近所で生まれ育ったレミ・カヴァニャが、たくさんの友やファンの声を浴びながら前線へと飛び出した。ただし逃げたのは、決して自分のためではない。しばらく後にアラフィリップが追いついてくると、「クレルモンフェランのTGV」は牽引役を引き受けた。
「レミと一緒に前で走れて楽しかった。だって僕ら2人ともこの辺の出身だから。すごい喜びを感じたし、いい1日を過ごせたよ。どんな結果であれ、前を走るというのはやっぱりいいものさ」(アラフィリップ)
数的有利を利用できたのは、なにも2人のオーヴェルニャだけではない。最終的に17人にまで膨らんだ逃げ集団には、EFプロサイクリングの3人、つまりヒュー・カーシー、ニールソン・ポーレス、そしてマルティネス、さらにボーラ・ハンスグローエの2人、レナード・ケムナとマキシミリアン・シャフマンも滑り込んでいた。ついでにフランス人が7人も揃い(上述ドゥクーニンクの2人+ワレン・バルギル、ピエール・ローラン、ロマン・シカール、ヴァランタン・マデュアス、ニコラ・エデ)、しかも「カヴァニャ以外」の全員が名うてのクライマーだったものだから、開催国のファンの胸は当然のように高鳴った。
前半3峠では、上りも下りも余すところなく使って、執拗に飛び出し&追走を繰り返した大きな塊だが、4つ目の峠は全員で黙々とこなした。おかげで残り40km、メイン集団に対するリードは10分45分にまで拡大した。もはや吸収される心配はない。全部で7つ待ち構える山の、5つ目へと向かう下りで、再び戦いに突入した。
口火を切ったのはポーレス。EFトリオの1人だ。単独アタックを企て、先行を開始した。続いたのはボーラデュオのシャフマン。上りで追走を開始すると、まんまとブリッジを成功させる。置き去りにしたライバルたちに、一旦は50秒近い差を奪った。ここから今春のパリ~ニース総合覇者は、6番目の峠ナロンヌへと突入する直前に、思い切って独走へと打って出た。
「チームとして勝利を狙っていた。ケムナとレース中に相談して、計画を立てた。最後の2峠は決して僕向きではなかった。だから早めに仕掛けることにした。一方のケムナは、最終盤で追いついてくる予定だった。本気で勝つチャンスがあると信じていたよ」(シャフマン)
取り残された逃げ集団内では、2年前のパリ~ニース覇者マルク・ソレルが、積極的にナロンヌ峠で揺さぶりをかけた。しかし勾配がぐんと跳ね上がったタイミングで、マルティネスが力強く加速を切ると、一気に脇へと押しやられた。そもそもついて行けたのはケムナだけで……ドゥクーニンク2人組はおろか、フランス勢は動くことすらできなかったのだ!
「ポーレスがシャッフマンと先行していた時は、かなり心静かに過ごせたんだ。でも無線でポーレスの脱落を聞いて、決意した。僕が行かなきゃならない。これは僕の義務だ、って」(マルティネス)
8月の「ツール前哨戦」クリテリウム・デュ・ドーフィネの総合勝者が、この春の「ミニツール」覇者を追いかけた。マルティネスは毅然とペダルを回し続けた。ケムナには一切の協力を仰がなかった。そして最終7つ目の峠、観客が鈴なりのピュイ・マリーの山頂手前1.7kmで、シャッフマンをとらえた。
ボーラ2人に対して、自らは1人。たしかに不利な状況ではあった。ただ終了後に「回復には数日かかりそう」と苦笑いのシャフマンが、もはや限界ぎりぎりだったことを、マルティネスは瞬時に理解した。しかも「スプリントに持ち込めばケムナには絶対に勝てる」との確信も抱いていた。ひたすら速いリズムを心掛けた。前者を振り落とし、後者のカウンター攻撃を封じ込めるために。
大会直前に誕生日を迎えたばかりの24歳は、見事にやり遂げた。大会2日目に総合争いから滑り落ちただけでなく、落車のせいで調子がずっと上がらなかった。「メンタル面でも苦しかった」とも告白する。それでも「絶対に自分はステージを勝てると分かっていた」し、なにより勝ちたかった。ラスト700mでシャフマンを完全に突き放した。500mで早掛けを試み、さらに残り150mで大胆にスプリントを切ったケムナをも、力強く退けた。2年ぶり2度目のツール参戦で、ついに生まれて初めて、グランツール区間勝利を手に入れた。
「ドーフィネでは絶好調だったし、その後もしっかり体力を回復できた。でも不運にも落車して、タイムを失った。でも、今はずいぶんと、調子がいい。感覚が戻ってきている。だからこの先は、ウランのために、しっかり働くよ」(マルティネス)
大会初日にはティボー・ピノが、2日目にはマルティネスが、落車のせいで総合争いのチャンスを失ったが、この13日目の金曜日には、2人の総合勢が落車で大会を去った。100km地点の下りで、メイン集団の数人が将棋倒しに。巻き込まれた総合13位バウケ・モレマは、左手首の複雑骨折で即時リタイアを余儀なくされた。
また首位から30秒差の4位と奮闘するバルデは、しばらくその場から立てなかった。幸いにチーム全員の尽力で集団復帰を果たし、苦しみながらも最後まで走り切ったが……当夜遅く、「脳震盪」による帰宅を発表した。地元オーヴェルニュの知り尽くした道を走り、妻と子供が沿道に応援に駆けつけた今区間が、つまりバルデがAG2Rジャージでツールを走る最後の1日となった。残念ながら今年も、マイヨ・ジョーヌは着られなかった。
ステージ後半に入ると、イネオス・グレナディアーズがギアを切り替えた。今大会、風の強い平地で幾度も牽引を披露したディフェンディングチャンピオンチームは、この日は起伏で驚異的なテンポを刻む。逃げ集団が決定的に動いた6番目のナロンヌ峠の、山頂まで1kmの10%超ゾーンに差し掛かると、たまらず数人の有力者たちが遅れ始めた。総合4位バルデはもちろん、フランス最後の希望、3位ギヨーム・マルタンさえも後方へずるずると後退して行き……。途端にユンボ・ヴィスマが主導権を奪い返す。山頂まではわずか10秒差でなんとか追いかけていたマルタンだが、「続く平地と下りで完全に息の根を止められた」。
しかし混沌とした戦いに、大きな風穴を開けたのは、またしても例の若者だった。最終ピュイ・マリーの、山頂までおよそ2kmを残した時点で、タデイ・ポガチャルが猛然と加速を切る。反応できたのは、ただマイヨ・ジョーヌのプリモシュ・ログリッチだけ!
「最終峠では全力を尽くそうと考えていた。ログリッチが一緒に来てくれたおかげで、数秒稼ぐことができたよ。ログラは非常に強かった。ついていくだけで精一杯なほどだった」(ポガチャル)
12%近い急勾配のせいか、一気に絶望的なほどの距離は開かない。しかし、ほんの目の前に見えるスロベニアコンビを、ライバルたちは決してとらえることもできない。リッチー・ポート、ミケル・ランダ、ミゲルアンヘル・ロペスはそれでも必死に数秒遅れで食らいついた。しかしアシストたちを半日たっぷり働かせたエガン・ベルナルは、「調子も良かったし、データも見る限り、かなりいい数値が出ているのに」、後方で苦痛の表情を見せるだけ。
第7ステージの風分断の遅れを取り戻したいポガチャルは幾度も加速を切り、あらゆるライバルに最大限のタイム差を突きつけたいログリッチは、積極的に先頭交代を引き受けた。2人は区間勝者の6分05秒後に揃ってフィニッシュラインを越えた。その13秒後にポートとランダが、16秒後にロペスが山頂にたどり着く。ベルナルはウランと共に38秒後にステージを終えた。
総合2位以降の順番は大きくシャッフルされた。ポガチャルが7位から2位へと一気に浮上し、つまりベルナルから2位の座と新人賞ジャージの両方を奪い取った。これまでログラとの違いは「ボーナスタイム差」の21秒のみだったベルナルは、59秒差の総合3位に一歩後退。総合4位以降はウラン、ナイロ・キンタナ、ロペスと続く。すなわちスロベニアの上位2位独占の次に、コロンビア人が4人連続で並ぶ。
それぞれ2分半以上を失ったマルタンとバルデは二桁順位に押し出され(バルデは総合11位のままリタイア)、つまりフランス人トップ10が完全に消えていなくなった。代わりにリッチー・ポートとエンリク・マスが圏内にイン。ちなみに前日までは1位から総合10位のタイム差が1分42秒だったが、第13ステージ終了後は7位アダム・イエーツがちょうど1分42秒差につける。
プリモシュ・ログリッチ
ただプリモシュ・ログリッチの総合首位の座だけが不動だった。2位以下に対するリードは21秒から44秒へと拡大し、「僕にとってはスロベニアデー。2人のスロベニア人が、ツールの上位2つの座につけていなんて最高だね」とご機嫌な表情を見せた。もちろん、いつも通りに、慎重なセリフを繰り返すのも忘れない。
「ツールはまだ終わってはいない。たくさんのことがまだまだ起こる可能性があるし、他の選手が総合上位に躍り出てくる可能性もある。僕自身は『一番の危険人物は誰か』を探すのではなく、ただ自分のすべき仕事をしていく」(ログリッチ)
ポイント賞と山岳賞のジャージも変動はなかった。序盤に逃げを試みながらも、結局は1点も取れずプロトンへ戻ったブノワ・コヌフロワだが、フィニッシュの山では大いに観客を煽って楽しんだ。緑のサム・ベネットはチームメートの協力を得つつ、最下位ながら無事に厳しい1日を乗り越えた。
ところで2020年の黄色を巡る争いは、赤から逃げる戦いでもある。前夜にフランスの24時間の新規感染者数が約1万人に達し、ツール開幕時は21県だったレッドゾーン(人口10万人に対し週当たりの新規感染者50人以上)が、9月11日の政府決定により75県中42県に拡大した。この日ステージが走り出したピュイ・ド・ドーム県も、新たに赤色へと変わり、たとえば第14ステージはコース上に待ち受ける3つの県が全て該当する。また第15ステージの最終2峠は、県令により、観客の立ち入りが完全に禁じられた。ツールの「泡」よ、パリ到着までのあと9日間は、どうか弾け飛ばないで。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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