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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】ヒルシが悲願のプロ初勝利&ツールのステージ優勝「ついに僕はやった。信じられない」 / 第12ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかマルク・ヒルシ
3度目の挑戦は、マルク・ヒルシに微笑みかけた。第2ステージは3人の小集団スプリントで、悔しい2位に終わる。第9ステージは長い長い独走の果てに、5人の競り合いとなり、3位に泣いた。「ブラヴォー」の声だけでは、U23時代に欧州&世界チャンピオンの座を射止めた22歳が、満足できるはずもなかった。悔しくてたまらなかった。ただおかげで「モチベーションはさらに高まった」し、なにより「自信がついた」。そして3度目の攻撃。とうとうヒルシは成し遂げた。ツール・ド・フランスの区間勝利を手に入れた。
「ついに僕はやった。信じられない。僕にとってプロ初勝利であり、しかもツールで勝ったんだ。これ以上に凄い事なんてありえないよね。まるで夢みたいだ」(ヒルシ)
彼らが愛した真夏の日のように、2020年ツール・ド・フランス第12ステージの上空には、熱い太陽が輝いていた。昨秋に天に召された「国民的ププ」こと、レイモン・プリドールが暮らしたサン・レオナール・ド・ノブラをプロトンは駆け抜け……謙虚で飾らない「永遠の2番手」の思い出に浸った。緑の丘陵の奥深くに潜む、まるで宝石のようなフィニッシュ地は、ジャック・シラクにゆかりの深い土地だった。政界から多くの重鎮たちが訪れ、やはり昨秋にこの世を去った元フランス大統領に代わり、ツールの勇者たちを称賛した。
今大会最長ステージにして、翌日には今大会最大獲得標高ステージを控えている。しかもコースは細かい起伏とうねりが絶え間なく続き、まさにカスパット(足壊し)。当然のように多くの関係者が「大逃げ」を予言していた。
ところが運命を、意志の力で変えようとする男がいた。それがペーター・サガンだ。前日第11ステージのスプリント中に危険行為があったとして、降格+ポイント剥奪処分が下された。この日の朝には「決定は受け入れる」と語りながらも、あくまでも「僕としては危険なスプリントはしていない」と繰り返した。つまりは汚名を返上し、名誉と、なによりポイントを取り戻さねばならない。
集団を制御するボーラ・ハンスグローエ
だからスタート直後にルイスレオン・サンチェス、イマノル・エルビティ、ニルス・ポリッツ、マックス・ヴァルシャイドが飛び出すと、すぐさまボーラ・ハンスグローエは厳しい集団制御に乗り出した。さらにマチュー・ブルゴドーとカスパー・アスグリーンがブリッジをかけ、逃げ集団は6人に大きくなったが、メイン集団は序盤1時間を時速51km超という猛スピードで追いかけた。決して2分以上のリードを与えなかった。
それでも51km地点の中間ポイントでは、サガンは「7位争い」のスプリントで満足するしかなかった。しかもその7位争いすら失敗する。ドゥクーニンク・クイックステップが完璧な対応をしたからだ。前方でアスグリーンがポイント枠を1つ潰しただけでなく、緑ジャージ姿のサム・ベネットを先頭で解き放った後(7位通過)、いつも通りにミケル・モルコフがスピードを落とさず次点(8位)に滑り込んだ。なんとこの2人、この「連続する順位で中間ポイント通過」作戦を、2020年ツールの半分で成功させている(第2、5、6、10、11、そして今12ステージ)。ぴったり息の合うドゥクーニンクタンデムの背後で、サガンは自動的に9位通過へと押しやられた。
その後も黙々と牽引作業を続けるボーラ隊列に、ステージ後半になるとCCCチームも協力を開始する。スピードは自ずと上がる。しかも起伏も激しさを増していったものだから、当然のように前方も後方も崩壊を始めた。残り50kmではアスグリーンとエルビティが最後の可能性に賭けて飛び出し、メイン集団からは、ピュアスプリンターが次々と脱落していく。……真っ先に消えていったのはベネットだったから、「上れるスプリンター」サガンの作戦は大成功と言えたのかもしれない。ただし、ここから突入した3級クロワ・デュ・ペイで本格派パンチャーたちが総攻撃に転じると、さすがのサガンもひとたまりもなかった。
特に組織的に動いたのはサンウェブだ。まずはティシュ・ベノートとセーラン・クラーウアナスンが、まるでひとつの塊であるかのように猛烈に前方へと突進していく。そこにマルク・ソレルが合流し、さらにマキシミリアン・シャフマンやボブ・ユンゲルスが後を追うと、マルク・ヒルシも満を持して前へと向かった!……ちなみに後にメイン集団からジュリアン・アラフィリップが慌てて飛び出し、10人ほどの仲間と共に前を追い始めると……ここにもサンウェブは監視役(ニコラ・ロッシュ)を送り込む徹底ぶりである。
「今日の予定は誰かが逃げに乗ること。でもボーラが厳しく集団制御を始めたから、作戦を変えたんだ。まずは3級峠でティシュとセーランが前に出る。そして僕は誰か強豪が動くのを待って、そこに反応する。たくさんの飛び出しが相次いだけど、冷静に状況を見定めたよ。そしてユンゲルスの動きに乗ったんだ」(ヒルシ)
前に追いついたヒルシを、2人のチームメートは全力で支援した。おかげで息を整え、体制を立て直す時間が持てた。そして続く2級シュク・オ・メイで、ソレルが思い切って独走を試みた直後に、ヒルシは決定的な加速を切る。フィニッシュまで約29km。今度こそは、間違いなく、「勝利へと続く」アタックだった。
ヒルシは自らのスタイルに、あくまでも忠実だ。第2ステージも第9ステージでも示したように、上りで攻め、下りではさらに攻める。今回も2級峠の山頂から、とてつもない高速ダウンヒルを披露した。もう2度と小集団スプリントは戦いたくない。ひとりでフィニッシュラインにたどり着くために、ぎりぎりのラインを攻め続けた。
「3度とも勝てずに表彰台で終わるなんて、絶対に嫌だった。それでも自分にやり遂げられるかどうかは分からなかったし、とてつもなく苦しいものだった。最後の数キロになってもまだ疑ってた。でもようやく、残り1kmになって、勝利を確信できたんだ」(ヒルシ)
第9ステージでタデイ・ポガチャルに「21世紀における最年少ツールステージ勝者」の座は譲り渡したけれど、22歳になって17日目のヒルシは、つまり今世紀で2番目に若い勝者となった。さらには今大会2度目の敢闘賞もご褒美にもらった。1度目の時はまったく嬉しそうではなかったけれど、今回は心からの笑顔で、勇気の印「赤ゼッケン」を受け取った。
激しくどんぱちを繰り広げたアタッカーたちの背後で、ステージ最終盤のメイン集団はユンボ・ヴィスマがきっちりとまとめ上げた。当然マイヨ・ジョーヌのプリモシュ・ログリッチも、44秒以内にひしめく6人のライバルたちも、危なげなく今大会最長ステージを走り終えた。また、果たして「作戦成功」と言えるのかどうかは定かではないが、サガンは同集団の先頭でフィニッシュラインに滑り込んだ。つまり区間13位で、4ptを収集。ただ中間でベネットに2pt余計に獲られているから、結局のところ遅れを2pt取り戻しただけだった。いまだマイヨ・ヴェールまでは、66ptも離れている。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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