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サイクル ロードレース コラム 2020年9月10日

【宮本あさかのツール2020 レースレポート】堂々たる王者たちの張り合いは、最後の一瞬で均衡が崩れた。完全に自分の軌道を最後まで貫いたユアン「タイミングも場所もまさしく正解だった」 /  第11ステージ

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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カレブ・ユアン

ステージ優勝したカレブ・ユアン

静かな1日の終わりには、とてつもない大接戦が待っていた。今大会最長1.6kmのロングストレートの果てに、4選手がハンドルを投げ、車輪4分の1差でカレブ・ユアンに軍配が上がった。1978年に母国の英雄ショーン・ケリーが制したポワティエで、サム・ベネットは勝ちこそつかめなかったものの、マイヨ・ヴェールのリードはさらに大きく開いた。ペーター・サガンは、どうやら少々積極的に攻めすぎた。フィニッシュラインは前から2番目に越えたものの、審判団の協議により降格処分を下された。マイヨ・ジョーヌ護衛役とエーススプリンターとを完璧に兼任するワウト・ファンアールトは、サガンに行方を阻まれ、無念にも3つ目の勝ち星を逃した。

「去年が3勝で、今年はすでに2勝。ツール初出場からの2年で5勝もあげられたんだから、すごく満足しているよ。この先この数字をどこまで伸ばしたいか..っていう目標は具体的には考えていないんだ。もちろんできる限り勝ちたい。でも、今は、むしろ今大会3勝目が欲しい。特にパリで勝ちたい。山を乗り越えて、パリでスプリントがしたい」(ユアン)

お天気は良く、風も大して強くなく、行く先には4級峠が1つだけ。つまり絶好のサイクリング日和だった。スタートと同時にマチュー・ラダニュが飛び出すと、メイン集団は静かに見送った。大きな塊のままゆっくりのんびりと移動し、わずか18km走っただけで、孤独な逃避行に5分ものリードを与えた。

追いかけた選手がいなかったわけではない。20km過ぎで、オリバー・ナーセン、シュテファン・キュング、ミヒャエル・ゴグル、ルーカス・ペストルベルガー、ジャスパー・ストゥイヴェン、トム・ファンアスブロックが飛び出した。ただし今度はプロトンが許さなかった。1人逃げならいいけれど、強豪ルーラー揃いの6人を先に行かせては後々厄介になる。スピードをほんのちょっと上げて、ほんの10kmほど先で6人を回収した。

完全にラダニュはひとりになった。元マディソン世界ジュニア王者には、ハンドスリングする相手さえいなかった。それでも引き下がるつもりはなかった。「なにもすることのないステージ」だと分かってはいた。ただなにかやらずにはいられなかった。初日の落車で体を痛め、ピレネーでタイムを大きく落としたティボー・ピノの総合争いは終わってしまったけれど、グルパマ・FDJのツール・ド・フランスは決して終わってはいないのだ。

「昨日はキュングが逃げた。今日は僕が前に出た。みんなものすごくモチベーションが高い。なにかしてやりたい、区間を勝ちたい、ってね。まだツールは10日もある。この先に素敵な山岳ステージも残ってる。チームみんなで区間優勝を絶対に持ち帰るよ。それにしても、1人で逃げたのは、生まれて初めての経験だった。だから楽しんだよ」(ラダニュ)

幸いにもフランスの小中学校はたいてい水曜日はお休みで、沿道にはいつもの平日よりもほんのちょっと観客が多かったから..応援の声にも背中を押されたはずだ。悠々3時間半も逃げた。そしてフィニッシュまで約43kmを残し、静かに集団に飲み込まれていった。

120kmもの独走中、なにもプロトンはずっと退屈していたわけではない。今大会のツール前半戦をまさに象徴するかのように、中間ポイントでは激しいスプリントが繰り広げられた。第10ステージ終了時点でのマイヨ・ヴェールランキング上位4名、すなわちベネット、サガン、ブライアン・コカール、そしてマッテオ・トレンティンが、揃ってポイント目掛けてもがいた。しかもトレンティン以外は、誰もが発射台付きという超本気。さらにベネットの次点には専門発射台ミケル・モルコフが滑り込み、ライバルのポイント潰しも忘れない入念さ。おかげで緑の国からきたベネットは、緑ジャージのリードを21pt→25ptへとさらに拡大した。

つまりはステージ優勝を争った4人とは、半分の顔ぶれが異なった。ファンアールトにとってはもちろん、今ツール最大の任務は、黄色をまとうプリモシュ・ログリッチのアシスト役。「将来的にはマイヨ・ヴェールも争いたいな」と2勝目の直後に語ったが、あくまでも将来の話である。またユアンも、第3ステージで区間1勝目を上げた時点で、「いまのところポイント賞に全く興味はない」と語っていた。宣言通りポケットスプリンターが中間ポイントを獲りに行ったのは、この11日間で、第5ステージのわずか1日だけ。

「あまり欲張りたくない..というのは冗談だけど。ツールに乗り込んできた時点ではマイヨ・ヴェールのことは考えていなかったし、今から狙うには遅すぎる。だって他の選手たちはすでにかなりのポイントを収集してしまったからね。数年後にはもしかしたら目標にはなるかもしれない。でも今の時点では、区間を勝つことだけでも、僕にとっては重圧が大きいんだ」(ユアン)

強豪たちのスプリントをきっかけに、集団スピードはクレイジーなほどに加速していく。スプリンターチームも総合系チームも入り混じって、最前列で高速隊列を戦わせた。あまりの熾烈さに、体調不良のグレゴール・ミュールベルガーはもはや走り続けることが不可能になった。あまりに高速で道幅の細い市街地に突入したものだから、ヨン・イサギレは家壁に激突した。ミゲルアンヘル・ロペスにとって貴重な山岳アシストは、鎖骨と中手骨の骨折で、即時リタイアを余儀なくされた。

ぎりぎりの均衡を保ちつつ、プロトンはポワティエと突進していく。しかし、残り6.2km、一気にカオスが訪れる。ルーカス・ペストルベルガーが単独で飛び出したせいだ。2017年ジロ・デ・イタリア初日、列車牽引役ながら不意にラスト2kmで加速し、そのまま後方に大パニックをふりまきつつ逃げ切り勝利を奪った張本人である。さらにドゥクーニンク・クイックステップさえ相乗りした。ボブ・ユンゲルスとカスパー・アスグリーンの健脚が後方から追いついてくると、猛烈に前を引いた。

緑ジャージを巡る2チームのぶつかり合いだったのかもしれないし、もしかしたら、ロット・スーダル列車を痛めつけるための攪乱作戦だったのかもしれない。すでに3人がリタイアで去り、ユアンの周りにはもはや4人しか残っていない。アシストたちが必死の追走で脚を削れば、自ずと最終補佐は手薄になる。

「たしかにもはや僕を守ってくれる選手はそれほどいない。でも、ボーラとクイックステップがアタックした後、チームメートたちはとてつもない仕事を成し遂げてくれた。ロジャーが最前列に立って引っ張ってくれたし、みんなすごく奮闘してくれた。冷静に、110%の力を尽くしてくれたんだ」(ユワン)

フィニッシュ前のスプリント勝負

フィニッシュ前のスプリント勝負

幸いにも昨欧州王者エリア・ヴィヴィアーニ擁するコフィディスや、現欧州王者ジャコモ・ニッツォーロ率いるNTTプロサイクリングも追走に協力した。おかげで、残り2kmで、2チームの企ては打ち止めとなるが、もはやカオスは止まらない。この日を逃すともはや第19ステージまで..いや、もしかしたら最終日シャンゼリゼまで、スプリンターたちには一切のチャンスがない。だからこそCCCやBBホテルズ・ヴィタルコンセプトも必死で主導権争いに加わった。まるで統制の取れぬままに、プロトンは最終ストレートへと雪崩れ込んだ。

列車も発射台もないスプリントは、まさにエースたちによるバトルロイヤル。最初に加速を切ったのはファンアールトだった。一瞬で自転車1台分ほど離されたベネットだが、すぐにスプリントで追い上げた。サガンはファンアールトの右側から、フェンス際に攻める道を選んだ。

堂々たる王者たちの張り合いは、しかし、最後の一瞬で均衡が崩れる。スペースのないサガンの左肘がファンアールトの背中に軽く接触し、さらには上半身をまるまるもたれかけた。幸いだったのは2人とも落車しなかったこと。ただサガンは態勢の立て直しに手間取ったし、左側に無理に押しやられたファンアールトは、間違いなくハンドルを投げるタイミングが一歩遅れた。ついでに言えば、ベネットも余波を受けてほんの少し左側に流れた。

一方のユアンは、実は、他の3人が動き始めた瞬間ほんの少しだけ減速し、一旦ベネットの背後に隠れている。しかも右方向へと動きかけながら、瞬時に方向転換すると、左前方へ勢いよく飛び出した。

「かなり最前列にいた。でも、自分が希望していた場所よりも、少し前にいすぎるように感じんだ。だからあえて後退して、状況を見渡した。冷静に、飛び出すべきスペースを見極めた。かなり遠くからの加速だったけれど、タイミングも場所もまさしく正解だった」(ユアン)

つまり一番大外の左側を突いたユアンだけが、完全に自分の軌道を最後まで貫いた。あとは今大会2つ目の勝利へと向かって、両手を精一杯伸ばし、ハンドルを投げるだけでよかった。

2番手でラインを越えたサガンだが、フィニッシュ後に、審判団により降格処分が下された。UCIルール2.12.007「他の選手の進行を邪魔しつつ、もしくは危険にさらしつつ選択した軌道を逸脱し、イレギュラーなスプリントを行った」として、1)同時にフィニッシュした集団の最下位に降格(2位→85位)、2)500スイスフランの罰金、3)マイヨ・ヴェール用ポイントを13pt減点。一方でファンアールトに対しても、不適切な振る舞い(中指を立てる)があったとして、罰金が科されている。

つまりサガンは区間2位のポイント20ptを丸々失ったのはもちろん、中間ポイント4位通過で手にしたポイント13ptさえ泡と消えた。史上最多7度のマイヨ・ヴェールを誇るサガンだが、2020年大会は相変わらず苦戦が続いている。首位ベネットとの差は68ptと広がり、すぐ後ろの3位コカールには18pt差に接近された。8度目の緑ジャージ獲得に、黄信号が灯り始めた。

肝心の黄色いジャージは、プリモシュ・ログリッチが危なげなく守った。チームメートが勝てなかったことだけは、ほんのちょっと悔しかったようだけれど。

「スプリントの映像を見たけど、審判団は正しい判断を下したと思うよ。僕ら選手はフェアプレーを守るべきだ。たとえスプリンターたちは僕らとは違う人種で..ちょっとクレイジーな奴らでもね。ワウトがスプリントするかしないかは、最終的には彼が決めること。今日は素晴らしいスプリントをしてたよね。それに彼のような選手が側にいるのは、僕にとっても有利なんだ。だって最終盤の細道や上り下りも、彼のおかげで難なく最前列にいられたんだから」(ログリッチ)

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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