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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】スロベニア人によるワンツーフィニッシュ!初マイヨ・ジョーヌのログリッチ「最高にハッピーだ」 / 第9ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかプリモシュ・ログリッチ
1998年生まれの若き才能が、爽やかにツールに殴り込みをかけた。2020年ツール・ド・フランス出場選手の中で3番目に若いマルク・ヒルシが、90kmもの単独エスケープの果てに区間3位に食い込み、2番目に若いタデイ・ポガチャルが、初めてのツールで初めての区間勝利をつかみとった。まさにこの2人の年齢で……自転車ロードレースへと転向したプリモシュ・ログリッチが、1回目の休息日の前日、生まれて初めてマイヨ・ジョーヌを手に入れた。
「特別な気分だ。だって自転車を始めた時に、誰だって、一生に一度でいいから黄色いジャージを着たいと夢見るものだから。でも僕の目標は変わらない。パリでマイヨ・ジョーヌを着ていることこそが、一番大切なこと」(ログリッチ)
スタートの旗が振り降ろされると同時に、めくるめく1日が始まった。翌日は休息日。先のことを考えずに……いや、もしかしたら今年の特殊な状況下ではもはや先がないかもしれないことを考えて、多くの選手たちが後悔なきよう思いきり動いた。
数え切れないほどの飛び出しが相次いだ。前日、ライバルたちから19分近いタイムを失い、完全に総合争いから脱落したティボー・ピノさえ積極果敢にチャンスを奪いに行く。
しかし決して10秒以上のタイム差が開くことはない。マイヨ・ジョーヌ擁するミッチェルトン・スコットが大して動かぬ代わりに、ユンボ・ヴィスマがコントロール役を引き受けた。危険人物が加速するたびに、ワウト・ファンアールトが睨みを効かせる。中でも3月に急死したチーム監督、ニコラ・ポルタルの故郷近くを通過したせいなのか、イネオス・グレナディアーズが幾度も前方へ走り出し、そのたびに黄色い軍団がきっちり回収に向かった。
いつまでたっても逃げは決まらず、いつまでたってもスピードは下がらない。序盤1時間をプロトンは時速48km超で突っ走った。すでにステージを3分の1以上終え、1級ウルセール峠へと差し掛かると、逃げの形成の前に……グルペットが出来上がったほど!それでも無数の山男たちが繰り返し運試しに向かう。しかし、決して、ユンボの厳しい監視下から逃れることはできないのだ。ただ一人を除いては。
マルク・ヒルシはすでに、スタート9.5km地点の4級峠からの下りで、一瞬ながら単独特攻を試みていた。そして1時間半もの猛烈なバトルの末に、とうとう、ウルセール峠の上りで独走体制へと持ち込んだ。
「僕らのチームは総合を争いに来たわけじゃない。区間勝利を獲りに来た。特に今日は逃げが最後まで行ける可能性があったからこそ、絶対に逃げに乗る必要があった」(ヒルシ)
後方からはジョナタン・カストロビエホ、レナード・ケムナ、ダヴィ・ゴデュ、ダニエル・マルティネス、ワレン・バルギル、セバスティアン・ライヒェンバッハ、ダヴィデ・フォルモロ、オマール・フライレといったそうそうたる実力者の8人が追いかけてきたし、さらにその後ろではユンボ・ヴィスマ隊列が高速テンポを刻み続けた。しかしタイム差は順調に開いていく。
上れるだけではない。なにより3級スデ峠からの長い長い下りで、ヒルシは真価を発揮した。小雨で路面は濡れ、霧のせいでひどく視界は悪かった。しかし2018年U23世界選手権を見事なダウンヒル攻撃でさらい取り、その約1ヶ月前のツール・ド・ラヴニールでも、スイス下り部隊の1人として総合3位ジーノ・マーダーの総合3位を補佐した22歳にとって、なんの障害にもならなかった。「まるでアルペンスキーのダウンヒラーのようだ!」と大会開催委員長クリスティアン・プリュドムが目を丸くして絶賛したほど。下りきった先で追走集団には4分差、メインプロトンには4分半もの差をつけた。
短い谷間を抜け、中間ポイントを通過し――なんと1級山岳後もメイン集団に留まったマッテオ・トレンティンが9位通過を成功させ7pt集収、首位ペーター・サガンとの差を47→40ptへと縮めた――、「前待ち組」と「区間狙い組」が上手く噛み合わぬままに追走集団がいつしか姿を消しても、ヒルシのペースはまるで落ちなかった。
そして最終峠1級マリーブランクへと上り始めると、いよいよユンボ列車が本格的な仕事を開始する。いまだ残る5人のアシストが、1人ずつ、まさに山岳スプリント並の加速を切る。ロベルト・ヘーシンクが集団を切り裂き、ワウト・ファンアールトがライバルチームのアシスト勢を次々と振り落とし、仕上げにセップ・クスがマイヨ・ジョーヌのアダム・イェーツはもちろん、ほぼすべてのエースたちを孤立状態に陥れた。さらにジョージ・ベネットが前を引く番がやって来て……。
その直後だ。山頂まで3km。タデイ・ポガチャルが強烈なアタックを見舞う。
前日にダブルエースの座を返上し、チームのために働くことに決めたトム・デュムランが、すかさず反応する。多くの強豪が出遅れる中、おかげでログリッチは、楽々と母国の後輩に追いつくことができた。後輪にすかさずミケル・ランダとエガン・ベルナルも飛び乗ったが、ログラと3秒差で総合首位につけるイエーツは、動けなかった。
「最後の上りで全力を尽くした。他の選手たちを振り払うことはできなかったけれど、代わりにみんなで協力しあった」とポガチャルが語るように、4人は全力で山を駆け上がった。総合9位48秒差のポガチャルと総合12位1分34秒差のランダは、第7ステージの風分断で失ったタイムを取り戻したかったし、総合2位3秒差ログリッチと総合5位13秒差ベルナルも、「追走集団とのタイムを開くことに集中した。強い選手たちが後方にいたからね」(ベルナル)。だからこそ後方からリッチー・ポートが合流してくると、ベルナルは猛烈に牽引し、互いに顔を見合わせているうちに背後から数人が近づいてくると、ポガチャルは加速を畳み掛けた。
もちろん4人が総合争いのライバルであることに変わりはない。ヒルシが1位通過したマリー・ブランク山頂では、残る5秒と2秒のボーナス・ポイント獲得を目指して……ログリッチとポガチャルがあわや接触事故を起こしそうなほどの熱戦を繰り広げた。5秒を懐に入れた先輩はすぐに握手で和解を求め、「ログリッチをすごく尊敬している。だけどレースには僕が勝ちたい」とフィニッシュ後に語った後輩も、わだかまりなく謝罪を受け入れた。
4人よりも前にダウンヒルを開始していたヒルシは、ぎりぎりのラインで攻め続けた。残り18kmの山頂ではたった15秒に縮まっていたリードを、ラスト7kmでは26秒にまで広げた。しかし下り終えた先で平坦区間に入ると、ついにログリッチが猛烈に牽引を始める。
残り3kmで12秒。ツール開幕の5日前に22歳になったばかりのヒルシは、自ら脚を緩めた。
「チームカーの監督から、後ろを待ったほうがいいかもしれない、と言われたんだ。僕はスプリントがそれほど悪くないからね。自分としても勝てるかもしれないと考えた」(ヒルシ)
暴力的な努力を一旦打ち切り、残り1.7kmで吸収された。総合争いのために1秒でも多く稼ぎたい4人が、夢中で先頭交代する背後で、息を整え、シューズを締め込んだ。そしてフィニッシュライン手前250mで、思い切ってスプリントを切った。
「不運にもポガチャルが強すぎた。自分のパフォーマンスには満足しているけど、本当に勝ちたかった。ひどくがっかりしてる」(ヒルシ)
第2ステージですでに、3人によるスプリントを落とし2位に泣いたヒルシは、この日は、3位に沈んだ。自らがU23世界チャンピオンになった1ヶ月前に、「U23版ツール」ツール・ド・ラヴニールで総合優勝を果たした同い年に、先を越されてしまった。
「どうやってスプリントを勝ったのか分からない。可能な限り強くペダルを踏み込んだだけ。クレイジーだ。これほどハードな1日の終わりにステージを勝てるなんて、ただただ信じられない」(ポガチャル)
ツール閉幕の翌日に22歳になるポガチャルにとって、ツール・ド・フランスでは初めての区間勝利。ご存知の通り、すでに昨秋のブエルタ・ア・エスパーニャで区間3勝を手にし、総合さえも3位で終えている。「ツールには総合優勝を争うために来た」とこの日の終わりに改めて宣言した早熟な才能は、勝利を手にしたと同時に、首位のボーナスタイム10秒も回収した。
そのブエルタで自身初のグランツール総合優勝を果たしたログリッチは、ハンドルを投げ2位に滑り込む。第4ステージですでにスロベニア人によるワンツーフィニッシュが実現しているが、この日は順番が逆だった。ログリッチもやはりボーナスタイムを6秒積み重ねると共に、ついに待ちに待ったマイヨ・ジョーヌに袖を通した。
「最高にハッピーだ。なによりチームメートたちの仕事に報いることが出来て嬉しい。彼らはまたしても素晴らしい仕事を成し遂げてくれた。ただみんなには『区間勝利のために戦おう』って声をかけていたんだけどね。タデイにほんのちょっと届かなかった」(ログリッチ)
ログリッチと同時にフィニッシュしたベルナルは、総合5位から一気に2位へと浮上した。タイム差は21秒。つまりディフェンディングチャンピオンの遅れは、単純にボーナスタイムの差でしかない(第4ステージの優勝ボーナスタイム10秒+今ステージのボーナスポイント5秒+ボーナスタイム6秒)。
また11秒遅れでラインを越えたギヨーム・マルタンが、28秒差で総合3位の座を堅守。ロマン・バルデも30秒差で4位に踏みとどまり、ナイロ・キンタナとリゴベルト・ウランが32秒差で続く。今区間覇者のポガチャルは44秒差の総合7位。2日前の風分断で1分21秒を失い、16位まで後退した総合順位を、2日連続のアタックで再び上げてきた。
アダム・イェーツは4日間の黄色の日々を終えた。故郷イギリスに面した大西洋岸での休息日を、1分02秒の総合8位として静かに過ごす。そう、いつものツール・ド・フランスとは違って、ホテルにメディアが詰めかけることもなければ、家族や友が訪問してくることもない。ただオンライン記者会見や、もちろん新型コロナウイルスのPCR検査が待っている。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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