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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】幸と不幸の両方がフランスを包む。ティボー・ピノ「今日はもしかしたらキャリアの分岐点かもしれない」 / 第8ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかティボー・ピノ
喜びと悲しみ。フランスの心は2つの相反する感情に大きく揺れた。ナンズ・ピーターズが独走勝利を決めた背後では、ティボー・ピノが絶望的なまでにタイムを失い、ジュリアン・アラフィリップもまた黄色返り咲きの希望を完全に断たれた。有力者たちは小突き合いと睨み合いを繰り返し、力を上手く制御したアダム・イェーツは、望み通りにマイヨ・ジョーヌ着用権利をさらに1日延長した。
「クレイジーな気分だよ。ジロで区間を勝った時もすごかったけど、さらにそれを上回るね。ツールで勝つのは夢だった。トライしない手はない、って思い切った。ホント、クレイジーだよ」(ピーターズ)
ニースでの開幕からちょうど1週間。いよいよプロトンはピレネーの巨大山脈2連戦へと挑みかる。「待ち」の姿勢から、ついに脱却すべき時が訪れた。2020年マイヨ・ジョーヌ争いも、必ずや加熱するに違いない……!こんな関係者たちの熱い期待と共に、141kmの短距離ステージは走り出した。
ただし、誰もがすぐに、ピレネー初日が総合大本命たちの手には落ちないことを悟る。スタート直後に13人が逃げ出したあと、たしかにマイヨ・ジョーヌ擁するミッチェルトン・スコットは集団先頭で隊列を組んだ。ただし気前よくどんどんタイム差を与えた。総合2位に対するリードがわずか3秒でしかないアダムにとって、最終峠の山頂にしかけられたボーナスポイント(8、5、2秒)やフィニッシュのボーナスタイム(10、6、4秒)は、逃げ選手が潰してくれたほうが好都合なのだ。
おかげで今大会すでに3度目の逃げとなる山岳賞ブノワ・コヌフロワに、2度目のファビアン・グルリエ、ジェローム・クザン、トムス・スクインシュ、ニールソン・ポーレス、さらには今大会初めて前に飛び出すミカエル・モルコフ、ケヴィン・レザ、セーアン・クラーウアナスン、イルヌル・ザカリン、カルロス・ベローナ、そしてツール初出場・初逃げのナンズ・ピーターズ、ベン・ヘルマンス、カンタン・パシェは、早い段階で逃げ切りを確信する。残り85km、1つ目の難関マンテの麓で、すでにタイム差は最大14分にまで広がっていた。
マイヨ・ジョーヌにとっても、マイヨ・ア・ポワにとっても(コヌフロワは最初の1級山岳首位通過で10pt追加)、都合の良い逃げだった。ただし数日前から熾烈にマイヨ・ヴェールを引っ張り合う2人……ペーター・サガンとサム・ベネットは、もしかしたら少々不満を抱いたかもしれない。なにしろ中間スプリントポイントは、都合よく山の前に設定されていた。しかし前方に13人もいたせいで、分け前は大幅に減ってしまった。それでもベネットは14位通過でかろうじて2ptを手に入れ、緑首位サガンとの差を7pt差に詰めている。
ちなみにベネットの発射台モルコフは、「単なる事故で」前集団へと入ってしまったそうだ。その後しばらくは「逃げを潰すために」せっせと働き(つまり一切の先頭交代を放棄)、そのくせマジソン現役世界チャンピオンは中間ポイントでスプリント2位を奪った。「逃げの他の選手たちより、きっと自分のほうがポイントを有効に活かせるから」という理由で。
3日目にひとり逃げを強いられたクザンが、逃げ集団の中で真っ先に動いた。残り60km、単独でアタックを打つと、ポール・ド・バレスをいの一番で上り始める。しかし今大会初の超級峠の、山道は長く、勾配もきつい。真のクライマーでなければ絶対に攻略はできないのだ。いつしか先頭は、2017年ブエルタ総合3位ザカリンと、昨ジロの山頂フィニッシュで独走勝利をさらったピーターズの2人に絞り込まれた。
ポール・ド・バレスの標高1755mの山頂を、2人は共に越えたが、15kmの長い下りが運命を分ける。ザカリンは「グランプール(フランス語で上る人)」ではあるが、決して「モンタニヤール(上りも下りも強い山男)」ではない。しかも2016年ジロでは長いダウンヒル中に道の外に投げ出され、鎖骨と肩甲骨を骨折した嫌な想い出もある。
「マント峠からの下りでザカリンが(よろよろと)『ヤギのように』下る姿を見ていたから、ポール・ド・バレスは全力でダウンヒルへと打って出た。振り向いちゃだめだ、と自分に言い聞かせて」(ピーターズ)
下りで40秒引き離したピーターズは、続く1級ペイルスルドの上りも踏ん張り続けた。9.7kmの上り坂で24秒差にまで詰められたが、フィニッシュまでの11.5kmはまたしてもスピードの出る下り。むしろザカリンは意志を削がれ、ずるずると後退していくばかり。最終的には後方から追走してきたスクインシュとベローナにさえ追い抜かれた。……ただ、これらのあらゆる情報は、先頭を突っ走るピーターズの耳には入っていなかった。
ナンズ・ピーターズ
「無線なしで走っていた。ステージ序盤に無線の調子が悪くなって、チームカーに返したんだ。だからザカリンとの差を常に目測しなきゃならなかった。ラスト2kmまで来て、ようやく、勝てると判断したよ」(ピーターズ)
最後は思いっきり勝利を満喫した。ジャージの前を締めて、腕をぐるぐる回しながら観客を盛り上げて、そして何度も両手を天に突き上げた。昨春のジロ初参加・初勝利に続く、ツール初参加・初勝利。開幕1週間前のフランス選手権での好走が認められ、急遽ツール・ド・フランス行きを決めた26歳は、大会入りしていた仏ジャン・カステックス首相さえも大喜びさせたのだった。
「ツールは伝統であり、魔法だ。いつだって人々のお祭りだった。仏政府の方針は、ウィルスとの共存である。開催委員会の感染対策には満足しているし、自治体や国の機関もさらなる協力を惜しまない。もちろん慎重であらねばならない。しかし人生は続いていく。この先もツールを続け、お祭りを楽しまなければならない」(カステックス)
残念ながら首相も、フランス国民も、手放しで喜べたわけではない。ピーターズが単独で抜け出した背後では、ポール・ド・バレスの上りで、総合期待の星ティボー・ピノが遅れ始めていた。初日の残り3km地点で落車し、痛めた身体が、悲鳴を上げた。
「背中が痛くて、力が入らなかった。ペダルを上手くこげなかった。落車以来、かすかな希望にしがみついてきたけど、本当はずっと苦しんできた」(ピノ)
連日3時間の治療を受け回復に努めた。恐れていた第7ステージの横風分断も上手く抜け出し、チーム全体の士気も高まっていた。しかし非情にもすべての望みは断たれた。5人のチームメイトに付き添われ、必死に最後までしがみついたが、総合ライバルから19分近いタイムを失った。
「チームメートに謝罪したい。だってこれは誰にとっても大きな失敗だ。チームにとっても、僕にとっても。今日はもしかしたらキャリアの分岐点かもしれない」(ピノ)
フィニッシュ後に突き出されたマイクに真摯に向き合ったフランスの星は、リタイアの意思は無いこと、この先はチームみんなで区間勝利を追い求めていくことを誓う。
ピノが遅れたのは、ユンボ・ヴィスマが猛烈にメイン集団を牽引し始めた直後だった。ミッチェルトン・スコットから主導権をむしり取り、隊列を組んでスピードを上げた。前日に驚異的なスプリント2勝目を奪ったワウト・ファンアールトが、またしても猛烈なテンポを刻み、弱者を振り落としていく。ペイルスルドの上りに入ると、今度はトム・デュムランが力を尽くす番だった。どうやら調子が最高ではなかった2017年ジロ覇者は、自ら仕事役を買って出たという。だから上り始めにアラフィリップが加速を試みた際も、すかさず潰しに走った。
アラフィリップはこの直後にメイン集団から脱落。3日間着用したマイヨ・ジョーヌを取り戻そうと、2日間アタックやスプリントに奮闘してきたが、この日の終わりには首位イエーツから11分42秒差へと大きく後退した。また早々に力を費やしたデュムランも、1日の終わりには約2分を失った。
一方でタデイ・ポガチャルの1度目のアタックには、プリモシュ・ログリッチ自らが反応した。昨ブエルタ・ア・エスパーニャでは時に共闘体制を組んだ2人のスロベニア人は、この日は、並走を選ばなかった。ナイロ・キンタナがすかさず追いつき、さらにはエガン・ベルナルやその他の有力勢が追いついてくると……3秒遅れで総合2位につけるログラは、単に状況をコントロールするに留まった。苦しみ、何度も引き離されながらも、必死にしがみついてくるイェーツさえも、なぜか本気で突き放そうとはしなかった。
「他の選手たちは互いに顔を見合わせているだけ」なことに気がついたポガチャルは、改めてアタックを打つ。山頂までは残り5km。全力で駆け上がった。さらに下りでも最大限を尽くした。前日の風分断で失った1分21秒を、少しでも取り戻すために。同じく罠にはまったリッチー・ポートやミケル・ランダも遅れて加速をうち、タイム回収を試みるも、2人は下りで追いつかれた。しかし21歳の早熟な才能は、マイヨ・ジョーヌ集団に対して、最終的に40秒のリードつけた。つまり損失をちょうど半分に減らしたことになる。
行きもしないが、行かせもしない。ログリッチの完全な統制下に置かれた10人の集団は、塊となってフィニッシュへと向かった。残り1km付近でロマン・バルデが小さな飛び出しを成功させ、ほんの2秒を掠め取った以外は、揃って同タイムでフィニッシュラインを越えた。イェーツは黄色のままで、ログリッチも3秒遅れの総合2位のまま。
この10人+ポガチャルは、この日38秒遅れだったエンリク・マスとエマヌエル・ブッフマンも含め、総合では上位13位・1分34秒以内に詰めている。ちなみにフランスに幸と不幸が訪れたこの日、バルデもマンテ峠からの下りで落車した。最後にアタックする体力を残してはいたが、フィニッシュ後に、打ち付けた左膝の痛みを訴えている。
宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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