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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】一瞬たりとも目が離せないペーター・サガンが仕掛けた一流のショー「上手く行くこともあれば、行かないこともある」 / 第7ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかペーター・サガン
一瞬たりとも目が離せない3時間半。スタートからフィニッシュまでの168kmを、選手たちは時速47.5km超の高速で走り抜けた。横風とスピードで集団は散り散りになり、多くのスプリンターと数人の総合上位選手が、後方へと押しやられた。最後まで先頭に踏みとどまった42人の小さな集団の中から、フィニッシュラインを一番にさらいとったのは、「今日は狙わない」と宣言していたワウト・ファンアールトだった!
「自転車選手の言ってることを信じちゃダメ(笑)。いやいや、実は、自分自身でもびっくりしてる。でも小集団スプリントでチャンスを狙いに行かないなんて、ありえないと思ったんだ」(ファンアールト)
誰もが十分に理解していた。ものすごく風の強い地方を通過することも、分断のリスクが潜んでいることも。スタート前から、そんなことは、分かりすぎるほど分かっていたのだ。
多くのチームは、むしろフィニッシュ残り約35km地点の、南から西へと進行方向が変わるポイントを警戒していた。「難しいステージになるだろう。特に最終盤は極めてデリケートだ」と、区間勝利とマイヨ・ヴェール保守の両方を目指すサム・ベネットがスタート前に語っていたように。
実際には、スタート直後こそが極めてデリケートだった。ほんの9km地点に待ち構える3級峠めがけて、赤玉ジャージのブノワ・コヌフロワがポイント収集アタックを打つ。たった2ptの山に、ほとんどの選手は興味さえ示さなかった。ところがフィニッシュ後にエガン・ベルナルが証言したように、「最初の山から注意深く」行かねばならなかったのだ。なにしろ1つ目の山頂にたどり着く前に……ボーラ・ハンスグローエが隊列を組み上げ、とてつもないスピードで前方牽引を始めてしまった!
あっという間に集団は3つに分割された。注意深く警戒していた総合勢たちはほぼ問題なく第1集団に居残ったが、大量のスプリンターたちが後方に取り残された。ベネットは罠にはまり、第3ステージ区間勝者カレブ・ユアンも、はるか遠くへと吹き飛ばされた。
これぞペーター・サガンの打った一流のショーだ。「僕はピュアスプリンターではない」とステージ後に改めて強調したが、そもそもマイヨ・ヴェールとはキング・オブ・スプリンターを決める賞ではない。大昔から「レギュラリテ(安定性)」を称賛する賞と決まっている。あらゆる地形に適応し、どんな天候にも耐え、3週間通して穴がない。しかもインスピレーション豊かに、起伏で逃げを打ち、風で分断を作り出す。こうしてツール107回の歴史上、サガンは誰よりも多く緑色のジャージを身にまとってきた。そして史上最多の受賞7回を誇る男曰く「2013年の第7ステージのように」、つまり115kmもチーム隊列を走らせすべてを貪りつくした時のように、大鉈を振り下ろした。
「スタート前にチームメートみんなで話し合って決めたんだ。監督たちは実は納得していなかったんだけど、結果的には監督陣も喜んでくれた。チームメートの働きが誇らしい。彼らはものすごい仕事を成し遂げてくれた」(サガン)
中間スプリントでは、マッテオ・トレンティンにぎりぎりで刺され2位に終わるも、ポイント順位は首位に返り咲いた。その後も110km先のフィニッシュラインへ向けて、サガンとその仲間たちは高速で突き進んだ。
トーマス・デヘントが単独で逃げを打ったこともあった。エーススプリンターのユアンはとっくの昔に置き去りにされ、もはや働く必要はない。好きなように走ることを許されたとき、やはりデヘントは逃げを選んだ。ただ「誰か一緒について来てほしかった」けれど、誰もついてきてはくれなかった。決して1分以上のリードを奪うこともできなかった。約60kmに渡って続いた孤独な逃避行は、2つの山岳で計3ptを収集しただけで幕を閉じた。先頭集団がさらにスピードを上げたタイミングだった。
残り35km、風向きが変わる。その瞬間を見逃さなかったのが、イネオス・グレナディアーズだ。ボーラから前を奪い取ると、追い風を利用して、突如としてスプリント隊列並みの威力で牽引を始めた。集団は細く長く伸び、あるところまでいくと、耐えきれずにぷちんっと切れた。すでに100人ほどに小さくなっていた集団が、さらに3つに割れた。
しかも今度は新人賞ジャージをまとうタデイ・ポガチャルを筆頭に、ミケル・ランダ、リッチー・ポート、バウケ・モレマ等々の有力者たちが後ろに置き去りにされてしまったものだから……途端に他の総合系チームも加速に協力を開始!前に5人ずつ残したユンボ・ヴィスマとグルパマFDJ、さらに多勢の7人を擁するアスタナが猛烈に先頭交代を繰り返した。
途中ではリチャル・カラパスが、パンクで先頭から消えた。ジョナタン・カストロビエホがあえて下がったせいで、イネオスは2人に数を減らしながらも、ディフェンディングチャンピオンのエガン・ベルナルはしっかりと前列に留まった。
マイヨ・ヴェール争いとマイヨ・ジョーヌ争いが交差した1日。普段なら残り3kmで踏みやめる総合系チームが、1秒でも多くライバルを突き放そうと、この日はフラムルージュをくぐってからも全力で走り続けた。スプリンターたちに主導権が戻ってきたのは、ようやく残り500mを切ってから。エドヴァルド・ボアッソンハーゲンを連れた発射台が最前列に競り上がったのを合図に、小さな集団スプリントが展開した。
それにしても最後まで、驚きに満ちたステージだった。なにしろサガン以上にスプリンターではないはずのジュリアン・アラフィリップが……風専門家集団であるはずのウルフパックから唯一最後まで先頭集団に残った稀代のパンチャーが……スプリントへ参戦したのだ!やはり2日前に失ったマイヨ・ジョーヌを取り戻すために。
「チームにとっては不運だったけれど、僕自体はすごく調子が良かった。前線で集中し続けて、スプリントも試みた」(アラフィリップ)
ただ無念にも、「ルル」はスプリント中にジャスパー・ストゥイヴェンと接触しかけ、チェーンを落としてしまう。その背後では、この日のスペクタクルの最大の功労者、サガンもやはりチェーン落ちの犠牲に。「2回ほど空のペダルを回し、落車しなかっただけでも運が良かったよ」と語ったが、無念にも13位でステージを締めくくった。
「チームがスタート直後から素晴らしい仕事をしてくれたからこそ、勝てなかったことに失望している。でもレースの成り行きは毎回違うからこそ面白いんだよね。上手く行くこともあれば、行かないこともある。まだまだツールは長いんだ」(サガン)
勝利を逃しただけではない。つまりこの第7ステージで最大限に収集できるマイヨ・ヴェールポイント70点のうち、サガンは21点しか取れなかった。ちなみに2019年大会は2位とのポイント差が68点だったから、損失は決して少なくない。もちろん自らのマイヨ・ヴェールはきっちり取り戻した。2位ベネットとのポイント差は9pt。ピレネー前に済ませるべき最も大切な仕事には、成功したのだ。
奇妙にもブライアン・コカールもラスト600mでのチェーン脱落を経て、スプリントに飛び込んだ。ボーラの集団牽引に、唯一協力したB&Bホテルズ・ヴィタルコンセプトのエースは、しかしあと一歩、追い上げが足りなかった。ボアッソンハーゲンと共にハンドルを投げたが、その前で悠々とフィニッシュラインを駆け抜ける男がいた。
フィニッシュ後に両手をあげるワウト・ファンアールト
「スプリンターの数が少なかったし、なにより列車要員がいなくなってた。だから勝算ありと踏んだんだ。風は左から吹き付けていて、右側にまだスペースが残っていた。そこにあえて飛び込んだ。すでに1勝してたからこそ、大胆にリスクが冒せた」(ファンアールト)
2日前にピュアスプリンターを蹴散らしたファンアールトが、なにより1年前の、やはり風分断でクレイジーだった第10ステージを制した元シクロクロス王者が、再び両手を上げた。今大会すでに2勝目。ユンボ・ヴィスマにとっては7日間で早くも3つ目の勝利だった。
ちなみに「君がチームエースになったら?」「今年マイヨ・ヴェールを狙えるんじゃない?」なんていう質問攻めに、10日後に26歳の誕生日を迎えるファンアールトは笑って「いつかね」と答える。果たして「自転車選手の言ってることを信じちゃダメ」なのだろうか。
「将来は僕だってマイヨ・ヴェールを狙ってみたいけど、今年はチームメートの総合優勝のために働くから無理!」(ファンアールト)
ピレネー2連戦の前日、肝心のチームエース、プリモシュ・ログリッチは危なげなくトップ集団で1日を終えた。また2度目の分断で1人になりながらも、アダム・イェーツもしっかり先頭に踏みとどまり、3日目のマイヨ・ジョーヌ表彰式へと臨んだ。一方でポガチャル、モレマ、ランダ、ポート、カラパスは風の中で1分21秒を失い、総合順位は大きく後退。2度目の山頂フィニッシュを終えた前日は総合1分以内に22人ひしめいていたが、平坦ステージで15人へと一気に数を減らした。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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