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サイクル ロードレース コラム 2020年9月4日

【宮本あさかのツール2020 レースレポート】ヴィノクロフ以来、祖国カザフスタンに栄冠をもたらしたルツェンコ「ヴィノクロフが僕に的確な指示を与えてくれた」 /  第6ステージ

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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アレクセイ・ルツェンコ

アレクセイ・ルツェンコ

ある意味で歴史的なエスケープ「ゼロ」ステージの翌日は、総合リーダーたちの力の誇示がほぼ「ゼロ」。おかげで史上初めてのエグアル山頂フィニッシュは、2020年ツール・ド・フランス初の逃げ切りの舞台となった。独走でアレクセイ・ルツェンコが自身初のツール区間勝者をもぎ取り、カザフスタンチャンピオンジャージを誇らしげに披露した。アダム・イェーツは生まれて初めてマイヨ・ジョーヌで過ごした1日を、何事もなく上手くやり過ごした。

「ツール区間勝利はずっと昔からの夢だった。こんな美しいステージを勝てたことが嬉しいし、間違いなくキャリア最大の勝利だ。僕にとってもチームにとっても、大きな快挙だよ」(ルツェンコ)

逃げ巧者たちの鋭い「嗅覚」が働いた。真っ先に動いたのはトーマス・デヘントだったという。現役屈指の大逃げキングは、結局はプロトン内に留まるのだけれど、その動きを見て確信を抱いた選手がひとり。すかさず前方へと走り出し、人生19回目のツール逃げに乗ったニコラス・ロッシュだ。

ダニエル・オスにヘスス・エラダ、エドヴァルド・ボアッソンハーゲン、アレクセイ・ルツェンコも後に続いた。中央山塊で生まれ育ったレミ・カヴァニャに、2016年には中央山塊で区間&マイヨ・ジョーヌ着用を達成したグレッグ・ファンアーヴェルマート、さらにはこの9月3日が24歳の誕生日……というニールソン・ポーレスも、逃げに飛び込んだ!

「逃げメンバーの顔ぶれを見て、これは最後まで逃げ切れるぞ、とすぐに悟ったんだ。それに今日は『コントロールの1日になる』と読んでいた。ピレネーの週末を控えて、総合勢たちは戦術的に睨み合うだけ。特に大きな動きは見せないはずだ、と」(ロッシュ)

実力派揃いの逃げ集団は、序盤1時間をなんと時速51.8kmという超高速で突き進む。プロトンとのタイム差は6分半にまで広がり、5日目を終えた時点で総合3分17秒遅れのグレッグ・ファンアーヴェルマートが、しばらくは暫定マイヨ・ジョーヌの地位を満喫した。

もちろん、たとえ予想外だったとはしても、前夜に「マイヨ・ジョーヌチーム」へと浮上したミッチェルトン・スコットは、伝統に則って集団前線で制御に努めた。

「逃げ相手にジャージを失うことは特に心配してなかった。ただ、それでも、すごく有名な選手ばかりが前に揃っていたから、やっぱり集中してコントロールする必要はあった。この先に向けてエネルギーを節約しつつ、あまりタイムを与え過ぎぬよう気をつけた」(イェーツ)

難関山岳が待ち受けるステージでありながら、マイヨ・ジョーヌ争いだけでなく、マイヨ・ア・ポワ争いさえ起こらなかった。赤玉ジャージ保持者ブノワ・コヌフロワは、ピレネーで逃げるために、あえて体力温存グルペット入りを選択したほどだ。

むしろ活性化したのは、スプリンターたちによるマイヨ・ヴェール争いの方だった。なにしろ2日前から、「緑」の国アイルランドからやって来たサム・ベネットが、緑常連ペーター・サガンに全力で歯向かっている。第5ステージの終わりには、アイルランド人として31年ぶりにマイヨ・ヴェールも着用した。

ちなみに史上最多ポイント賞7回獲得の期間中、サガンが他人にジャージを一時的に譲り渡した経験はたったの3度しかない。2015年大会にアンドレ・グライペルに1度、2016年大会にマーク・カヴェンディッシュに2度。つまり前日第5ステージのジャージ交代劇こそ、記念すべき4度目のジャージ喪失だった。

山入り前に設定された中間ポイントでも、ベネットは果敢にスプリントを打った。10位通過で6ptを積み重ね、13位3ptサガンとの差をまたほんの少しだけ広げた。

「この伝統あるジャージを着て走れたなんて、とてつもない経験さ。サガンはきっと3週目に急ピッチでポイントを収集すると思うけど、それでも僕は、できるだけ長くマイヨ・ヴェールを守るために全力を尽くす。ただ、今大会には、まずは区間1勝を目標に乗り込んだ。明日こそは勝利が欲しい」(ベネット)

なにやらベネットのセリフは、アダム・イェーツのコメントと重なる。英国人もやはり「今大会には区間勝利を追い求めに来た」と、繰り返し強調する。また、こうも言う。マイヨ・ジョーヌ着用は間違いなく「喜び」であり、「素敵な経験」ではあるけれど、決して「夢」や「目標」ではないのだ、と。「あと少なくとも3日間は守りたい」程度の、極めて現実的な存在だ。

残り45km、この日最初の山岳でグレッグ・ファンアーヴェルマートの首位獲りの希望を潰した後も、イェーツとミッチェルトン・スコットは淡々と集団制御を心がけた。

1級リュゼット峠に入ると、逃げ集団は一気にばらばらになった。ひどく勾配のきつい長い山道で、ルツェンコが速いテンポを強いたせいだった。是が非でもついていこうと奮闘するファンアーヴェルマートやポーレスのような選手もいれば、とにかくエラダのように、ひたすらマイペースで粘り強く上り続ける者もいた。しかしツール初登場の山ながら、監督たちと共に下見を済ませていたというカザフ王者が……つまり「山頂まで4〜5kmにものすごくきついゾーンがある」と身体で知っていたルツェンコが、まさに山頂まで4km地点で大きな加速を切る。

「(ゼネラルマネージャーの)アレクサンドル・ヴィノクロフが、背後のチームカーから、僕に1日中的確な指示を与えてくれた。おかげで冷静でい続けられたし、自分のリズムを保ち続けることができた。そして僕は、最難関ゾーンで、アタックを決めたんだ!」(ルツェンコ)

最終17kmはひとりで走り抜けた。エラダだけが諦めずに、執拗に追いかけてきたけれど、「頭の中で自分は勝てると確信していた」と決して慌てなかった。むしろ「全力を尽くしつつ、レッドゾーンに入らぬよう」出力をきっちり制御し、最終的には2位エラダ以下に55秒もの大差をつけた。ルツェンコ本人にとっては初めてのツール区間制覇であり、祖国カザフスタンにとっては……まさにヴィノクロフの2010年大会第13ステージ優勝以来の快挙だった!

マイヨ・ジョーヌを着たアダム・イェーツ

マイヨ・ジョーヌを着たアダム・イェーツ

このリュゼット峠は、イェーツに言わせれば「あまりにも難しい山」。しかも総合勢がなにか仕掛けようにも、フィニッシュから遠すぎた。また逃げ集団が前にいたせいで、山頂にかけられたボーナスポイント(8、5、2秒)も、フィニッシュのボーナスタイム(10、6、4秒)も、プロトン内の選手には一切関係なし。だからこそ元ブエルタ王者にして、タデイ・ポガチャルの頼れる補佐役であるファビオ・アルが単独で飛び出しても、メイン集団はまるで興味を示さない。

唯一関係者たちの目を引いたことと言えば……今大会ここまでユンボ・ヴィスマに圧倒され気味のイネオス・グレナディアーズが、集団制御に名乗り出たこと。ただ、やはり、あくまでも制御のみに留まった。

一方で最終の上りは、やはりイエーツに言わせれば「難しさが足りない山」。結局あらゆる総合本命たちは、40人ほどの中集団に混ざって、エグアル山頂へとたどり着いた。前夜マイヨ・ジョーヌを失った直後に、「この日すぐにでも立て直す」と誓っていたジュリアン・アラフィリップだけが、ラスト数百メートルで跳ねるような加速を切った。しかし課された20秒ペナルティに対して、取り戻せたのは、わずかに1秒だった。

「僕にとってはとても良い1日だった。明日は普通に考えればスプリント向きだから、簡単なステージなるはずだ。とにかく、そう祈るしかないね。それからピレネーの2日間。山が多いから、かなり難しくなるだろう。ただ僕には強力なチームがついているから、ジャージをきっと守れるはずだ」(イェーツ)

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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