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サイクル ロードレース コラム 2020年9月1日

【宮本あさかのツール2020 レースレポート】仲間の棄権とスタッフのコロナ感染...カレブ・ユアンが暗闇に光を差す会心の勝利「今後はみんなもうちょっとリラックスできる」 /  第3ステージ

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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表彰台で手を振るカレブ・ユアン

表彰台で手を振るカレブ・ユアン

ようやく静かな時間が訪れたような、それでいて小さな逸話に事欠かない、そんな不思議な1日だった。出場全スプリンター中で最もチームメートが少ないカレブ・ユアンが、ステージを力強く締めくくり、15日目のマイヨ・ジョーヌを堪能したジュリアン・アラフィリップは、少なくともあと1日は全力で守ることを宣言した。

雨と落車と山。ひどい緊迫感に包まれた開幕の週末が終わり、新しい週が始まった。フランスにとっては夏休み最後の日。南仏のリゾート地ニースからバカンス客の姿は消え、ツール・ド・フランスのプロトンもまた、新たな土地へと旅立った。

大部分の選手にとっては、この3日目こそが、お休みだったのかもしれない。序盤2日間の疲労をできるかぎり癒し、翌日第4ステージの、今大会初の山頂フィニッシュへ向けて英気を養わねばならない。しかもコース序盤には、細かい雨も降っていた。だからスタートと同時に4選手が弾丸のように駆け出して行くと、その背後で、メイン集団は静かにペダルを回した。

奇妙な逃げの、奇妙な結末。前日1つ目の1級峠で「抜け駆け」したブノワ・コヌフロワと、2つ目の1級峠で「いけず」をしたアントニー・ペレスが、揃って逃げ出した。両者の山岳ポイントはいずれも18pt。この日の朝は総合順位の差でコスヌフロワが山岳ジャージの着用権利を手にしたが、第3ステージ上に散らばる4つの山岳でより多くの得点を収集したほうが、夕方に赤玉を着ているはずだった。

コヌフロワは絶対にジャージを脱ぎたくなかった。チームメートのオリバー・ナーセンの協力で、まんまと逃げには滑り込めた。ところが北クラシック巧者が仕事を終えてプロトンへ後退してからは、苦戦続き。1つ目の3級峠では山頂スプリントでぺレスにしてやられた。立て続けに訪れた2つ目の山では、積極果敢に先頭で突き進んだはずが、やはり後輪で力をたっぷり温存していたぺレスに先を越されてしまう。これにてぺレス22pt、コスヌフロワ20pt。

残す2つの山(3級と4級)をいずれも先頭で越えさえすれば、コスヌフロワの逆転も可能だった。しかし元U23世界王者は、(表向きは)争うことを止めてしまう。それどころか山の小競り合いには無関心で、ただ黙々と逃げ続けたジェローム・クザンの背中を押し、前方へと送り出した。そして自らはぺレスと共に、後方プロトンへと戻っていった。

ただし、2人の物語は、ここで終わったわけではない。というのもコスヌフロワの作戦は、ぺレスを振り払うための「戦略的」退却だったから。この日3つ目の3級峠に差し掛かると……再び猛烈に前方へと飛び出した。今度はナンズ・ピーターズの助けを得た。1人ぼっちで1位通過したクザンの後方で、2位1ptもさらい取った。しかも、そのまま、加速を止めることなく、まるでタイムトライアルのように次の山へ向けて全力疾走を続けた。

ちなみに、たとえコヌフロワが最後の4級峠で1位1ptを取ったとしても、山岳賞首位を取り戻すことは不可能なはずだった。たしかに同点には並ぶ。しかし先頭通過峠が1級1回+4級1回では、1級1回+3級2回のぺレスには勝てないのだ。

それでも無謀な追走を続けたAG2Rタンデムに、まさかの一報が飛び込んでくる。ぺレス途中棄権。3つ目の峠から時速80kmでダウンヒル中に、目の前を走っていたチームカーが急ブレーキをかけ、避けきれずに激突してしまったという。肋骨を解放骨折し、そのまま救急車でツールを去って行った。山岳賞暫定1位のままで。

数奇な運命に導かれて、山岳賞ジャージはコヌフロワのもとに留まった。もはや先を急ぐ必要はなくなり、改めてメイン集団へと自主退却。実はラスト6kmでコヌフロワさえ地面に転がり落ちてしまうのだが……先頭から5分11秒遅れで無事にフィニッシュラインへとたどり着いた。

「ペレスを心の底から応援したい。彼は山岳賞にふさわしい走りをした。こんな状況でジャージを守ったなんて奇妙な気分だけれど、それでも自分を誇らしく思う。僕も落車した。3日間で2回目の落車だった。しかも同じ場所を痛めた。こんなもんさ。これがツールなんだ」(コヌフロワ)

こんな赤玉を巡る狂騒曲にさんざん振り回されたのが、フィニッシュまで127kmも残して、ひとり最前線に置き去りにされたクザンだった。2018年パリ〜ニースでぎりぎりの逃げ切りを成功させた、そんな思い出のフィニッシュ地シストロンへ向けて、再びいい走りがしたかった。なによりツールへ敬意を表するために、自分から退却する選択肢などなかった。ひたすら長く孤独な午後を過ごした。

そう、ひたすら長かった。なにしろそこまで2分程度のタイム差でつかず離れず走っていたプロトンはーージュリアン・アラフィリップのマイヨ・ジョーヌを守りつつ、サム・ベネットのスプリント勝利にかけるドゥクーニンク・クイックステップが、集団制御を引き受けていたーー、さらにもう一段スピードを落としたのだ。ステージ2時間目の時速はたったの28.1km!

「でも僕にとっては素敵な1日だったよ。それにツールはたったの21日間しかないのに、そのうちの1日を最前列で過ごすことができたんだから。おかげでパリに着いた時に、今ツールで僕はたしかに存在していたのだ、と胸を張って言うことができる」(クザン)

逃げ総距離180km、単独逃げ距離110km。フィニッシュまで残り16kmで、クザンは静かにメイン集団へ飲み込まれた。

ここからはスプリンターたちの時間だ。数少ない大集団フィニッシュのチャンスを逃したくない俊足たちが、それぞれに列車を走らせた。「集団内の場所取りで落車の危険を冒すよりは、風を真正面に受け止めてでも最前列で走った方がいいからね」と、黄色いジャージの男さえ、ウルフパック最前列で隊列牽引を引き受けた。

フラムルージュで数的有利を作り上げたのはサンウェブ列車だ。欧州王者ジャコモ・ニッツォーロ擁するNTTサイクリングも、ど真ん中から競り上がった。残り500mを切ると、中間ポイントで集団1位(=逃げクザンに次ぐ2位)を奪ったペーター・サガンが、ダニエル・オスに連れられて好位置に入り、300mころから気の早いスプリンターたちがトップスピードに乗り出した。

250mから明らかな違いを見せたのはベネットだ。横一列でもがくライバルたちを加速一発で退けると、待望のツール初優勝へ向けてまっしぐら!……のはずだった。

しかし、夕方遅いブエッシュ峡谷には、ひどく強い風が吹き降ろしていた。おかげでベネットは向かい風にスピードを殺され、ライン手前でのひと伸びを阻まれた。しかしもっともっと悔やまれるのは、「他の奴の発射台を務めてしまうなんてね」と語るように、自らの背後に、1人のライバルがすっぽりと入り込んでいたこと。風の影響を一切受けることなく、まんまとラスト150mまで体力を温存していたのがユアンだ!

「ラスト1kmの時点で、僕はあまりにも前から遠かった。だから体制を整え直し、改めて後輪に入る必要があった。リスクを冒して、チャンスをつかみ取らなきゃならないと分かっていたんだ」(ユアン)

そもそも列車作りに関しては、ユアンは不利な立場だった。開幕初日にジョン・デゲンコルプを、2日目にフィリップ・ジルベールという経験豊かなベテラン2人が大会を去り、頼れるチームメートはわずか5人に減っていたからだ。しかし他チームの力を拝借し、ライバルの後輪を渡り歩く器用さが、幸いにもユアンにはあった。右フェンスをぎりぎりですり抜けて、一気に進路を左斜め前に切る大胆さも。

「内側にかなり素早く切り込んだから、もしかしたら僕の動きが他の選手には見えなかった可能性もあるね。(フェンスとの間に)挟まれそうになったけど、ちょうどすり抜けられるくらいの隙間が残っていた。あとはライン目掛けてすごくいい走りができた」(ユアン)

フィニッシュ後にガッツポーズを見せるユアン

フィニッシュ後にガッツポーズを見せるユアン

とてつもなくパワフルに、ツール区間4勝目をさらい取ったユアンは、記者会見では「ほっとした」と打ち明ける。デゲンコルプとジルベールの棄権はもちろん、4人のチームスタッフが新型コロナウイルス感染(と濃厚接触)で帰宅したことで、チーム内の雰囲気はどうしても暗くなりがちだったから。それに自身としても、初日に、目標だったマイヨ・ジョーヌをもたらせなかった。

「この勝利はチーム全体にとって朗報だし、今後はみんなもうちょっとリラックスできるよ。そしてリラックスしている時にこそ、ベストパフォーマンスが出せるものなんだ」(ユアン)

そうそう、昨日の勝利で、アラフィリップはこの大切な「リラックス」感覚を取り戻したと言う。シーズン序盤から絶好調のままツールに突入し、14日間マイヨ・ジョーヌで大暴れした1年前には、特に必要としなかった感覚らしい。

「昨日からリラックスできているし、なによりマイヨ・ジョーヌを全力で守りたいという強いモチベーションが湧いてきた。とにかく明日は絶対に守る。全力で行くさ。だってマイヨ・ジョーヌを着てツールを走れることは、この上ない誇りだし、最高の喜びだから。まずはあと1日。その先も、1日、1日、守っていく」(アラフィリップ)

総合2位アダム・イェーツとの差は4秒。チーム全体でレースをコントロールしていくつもりだし、なにより「自信もある」。

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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